水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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四国お遍路の旅 第六十五番札所 三角寺(さんかくじ)

  午前7時、カップラーメンで朝食を終え、お参りの準備を始める。納め札に氏名と住所を記入する作業である。その日巡るお寺の分だけ納め札を事前に用意しておく。これは、旅に出てから欠かさずやっている。しかし、この作業は結構時間が掛かる。今日巡るお寺を地図で調べたら、88番札所まで残り23寺である。長かったお遍路も、もうすぐ終了しそうだ。今日は6寺分の納め札を用意した。
  朝霧で霞む「道の駅マイントピア別子」を後に、愛媛県最後の札所「三角寺」へ向って出発した。今日は日曜日。お寺は、たくさんのお遍路さんで賑わうことだろう。
  伊予三島の街中に入った所で道に迷い、うろうろしていたら、幸運にも、お遍路さんを乗せた観光バスが通りかかった。それからはその観光バスを道案内にして後ろを走り、無事、三角寺に到着した。日曜日は観光バスもたくさん走っているのだ。
  三角寺という名前が面白い。お寺の屋根が三角なのだろうか。実は、このお寺の名前は、「弘法大師が三角形の護摩壇を築いて、21日間降伏護摩秘法を修した」というところから付けられたということである。
  お参りは、旅人を案内した観光バスの団体さんと一緒になった。ローソクや線香を立てるのも、納め札を入れるのも行列ができている。お坊さんの「ではみなさん元気に般若心経を上げましょう」の大きな号令には驚いた。大きなお経が狭い境内にこだましている。迫力満点の般若心経だった。
  大師堂の横に立っている巨大な地蔵尊をスケッチした。かすかに微笑みながら、お参りに来る人たちの幸せを祈っているように旅人には見えた。
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[ 2008/08/07 09:59 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)

四国お遍路の旅 第六十四番札所 前神寺(まえがみじ)

  石鎚山山麓にあるお寺である。駐車場から境内へ入ると、納経所と大師堂があるが、本堂は参道のずっと先だという。木立に囲まれた参道を歩いて行くと、視界が開け、その先に巨大な本堂が見えた。銅板で葺かれた青い屋根が、なだらかな曲線を描いて広がっている。お遍路寺を巡ってきたが、これほど立派な本堂を見たのはここが初めてだった。
  前神寺の歴史は、天武天皇の時代に始まるという。前神寺は、石鎚山頂天狗岳にある石鎚権現の別当寺で、毎年、7月1日から10日間、このお寺から石鎚山頂を目指して、白衣に身を固めた数万人の修験者が登るという。
  本堂は見事な左右対称の建物である。幾何学の勉強を思い出した。スケッチを始めてしばらくして、誰かが覗いてる雰囲気を感じた。見上げると、白い帽子を被った親父さんだった。「向こうでも、絵を描いている人がいたよ。絵が書けるとは羨ましい。あんたも上手だよ」と親父さんは言ってくれたが、細かい部分に捕らわれ、鉛筆の走りが悪いスケッチだったので、穴があったら入りたい気分だった。
  この日は、「道の駅マイントピア別子」で野宿した。そこで幻想的な光景に出会った。夕暮れ近く、辺りは薄暗くなりかけていた。散歩を兼ねて遊歩道を歩いていると、道に、2匹のシマヘビを見つけた。2匹のシマヘビは喧嘩しているのかと思ったが、よく見ると情交を交わしていたのだ。激しくもつれ合うその様子は、実に妖艶で、官能の世界に引き込まれそうだった。一人旅の旅人には、あまりにも刺激的な大師様からの贈り物だった。
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[ 2008/08/06 09:11 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(1)

四国お遍路の旅 第六十三番札所 吉祥寺(きちじょうじ)

  吉祥寺は宝寿寺から1kmほどの所にあり、お遍路さんも多く、お寺は賑わっていた。このお寺の本尊は毘沙門天だそうだ。毘沙門天は、四天王の一つ、七福神の一つで、甲冑を身に着け、片手に宝塔を捧げ、片手には鉾を持つ勇ましい神様だ。四国のお遍路寺の中で毘沙門天を本尊としているのは、このお寺だけで、「米持ち大権現」として農家の信仰を集めているという。 
  境内の角にある大きな石に向って、金剛杖を突き出しているお遍路さんがいる。不思議なことをしている。「目をつぶり、この石の所まで歩いて行って、石の穴に杖の先が入ると願いが叶うのです」と近くにいたおばあさんが教えてくれた。成就石というのだそうだ。おみくじを引くより、こちらの方が楽しそうだ。
  本堂と大師堂のお参りを済ませ、納経も終えた。大師堂をスケッチする。時刻は、午後4時を過ぎている。今日はたくさんのお寺を巡り、このお寺で九つ目になる。ようやく紙の大きさにも馴れ、だいぶ楽な気持ちでスケッチできるようになってきた。
 
  お寺の出口で、お遍路さんが托鉢をしていた。白装束は身に付けているが、身なりは酷いものだ。「お遍路さんまがいのホームレスもいるよ」と聞いたことがある。本当にこの人はお遍路さんなのだろうか。托鉢していれば、お金を差し出す人もいるのだろう。お遍路寺には、「托鉢禁止」とか「物品販売禁止」の張り紙が出ている所もある。お金持ちのお遍路さんをターゲットにしてトラブルが起きているようだ。
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[ 2008/08/06 09:08 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)

四国お遍路の旅 第六十二番札所 宝寿寺(ほうじゅうじ)

  宝寿寺は香園寺から2kmほどの距離にあった。道路に面したお寺の入口には「一国一宮宝寿寺」と刻まれた大きな石碑が立っている。天平時代、聖武天皇の勅願により伊予国一の宮の御法楽所として、建立されたのが始まりだという。お寺の屋根が幾つも重なり合ったこじんまりしたお寺だ。香園寺をお参りした後なので、お遍路寺としてはこういうお寺が落ち着く。
  本堂でお参りを済ませ、大師堂へ行くと、納札箱の中を覗いでいるおばさんがいる。「何をしているのかな。納め札を間違えて投入したのかな」と思った。旅人も、自分の名前を記入した納め札を2枚同時に投入したことがあったからだ。おばさんは、納札箱の中に手を突っ込み、探し物をしている様子だ。旅人が近づいて行っても、おばさんは納札箱の中を覗き込んでいた。
 「何か探し物をしているのですか」と旅人はおばさんに声を掛けると、「素晴らしいお札がないか探しているのです」とおばさんは答えた。
  納め札には、お遍路した回数によって色分けがある。白札は1回から4回、青札は5回以上、赤札は8回以上、銀札は25回以上、金札は50回以上、錦札は100回以上お遍路した人が使う。もちろん旅人は白い納め札だ。
  「金色のお札がないか探しているのです」とおばさんは言った。「人が納めたお札を、持って行ったらよくないのでは」と旅人が言うと、「仏壇に供えてお参りするとご利益があるのですよ」と真剣な顔でおばさんは言った。他のお寺でも納札箱を覗いている人を見たことを思い出した。お遍路の世界は、理解できない不思議なことが一杯ある。
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[ 2008/08/05 20:00 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)

四国お遍路の旅 第六十一番札所 香園寺(こうおんじ)

  参道を歩き、境内へ入ると、正面に紫色をした巨大なビルが見える。美術館か博物館だと思っていたのだが、これが香園寺の建物だった。「お寺にはお寺の屋根がある」ずっと、そう思っていた。まさか、巨大なビルがお寺であるとは、信じられない。たぶん、ここを訪れたお遍路さんは「えっ、これがお寺!」と、旅人と同じような感想を持つのだろう。
  手元にある資料によると、お寺の歴史は古く、聖徳太子が創建した。この地を巡錫した弘法大師は、安産、子育てのお身代わりに女人成仏の四誓願と秘法をこのお寺に伝え、ここを霊場に定めたという。
  大正時代に入って、先住の住職が、子安講を組織し、20万の信者を持つに至り、現在、信者は40万を超えているという。この建物は、現在の住職が、昭和51年に6億円の費用をかけて本堂にかわるものとして建てたとのこと。鉄筋コンクリート地下1階、地上2階。2階の本堂には金色に輝く本尊の大日如来を奉り、827個の椅子が並び、椅子に座ったまま移動しないでお参りができるようになっていた。300名が宿泊できる宿坊もあるという。お遍路寺の先頭を走っているようなお寺だった。
  1万坪あるという広い境内の隅で、超近代的なお寺をスケッチした。大都会では、ビルの中にあるコインロッカーのような所が、お墓になっているという話も聞いたことがある。こういうお寺があっても不思議ではないのだが、お遍路寺には、歴史を感じさせるお寺らしい建物が似合っているのではないかと、旅人は思った。
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[ 2008/08/05 10:03 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)

四国お遍路の旅 第六十番札所 横峰寺(よこみねじ)

  石鎚山中腹にあり、昔から山岳仏教の霊場として栄えた横峰寺へは歩いてしか行けなかったそうだ。近年になって林道が整備され、近くまで車で行けるようになったとのことだ。
  険しい山道を上って行く。対向車が来れば、退避しなければいけないような細い道が続く。「この先料金所あり」と看板が見える。有料道路になるようだ。道の真中に、料金所の建物が見えて来た。坊主頭の親父さんがいる。「小型車は1400円です」と料金を請求された。「片道ですか」と驚くと、「いや、往復だよ」と親父さんは笑った。それにしても高額な料金だった。
  駐車場に車を停める。お寺までは10分ほどだそうだ。駐車場の階段を下りた所に真っ黒に日焼けしたお遍路さんが托鉢していた。身なりはぼろぼろで、口髭が伸び、薄汚い姿である。菅笠を被り、数珠を手に、托鉢用のお椀を手の平に載せ、お経を唱えている。足元には、衣服の入った粗末なキャリアカーが置かれていた。弘法大師もこういう姿でお遍路していたのだろう。お椀の中には、小銭が幾らか入っていた。托鉢に応じる余裕は旅人にはない。「ご苦労様」と声を掛けてその前を通り過ぎた。男の白い目が寂しそうだった。
  正面に立派な社が見えて来た。お寺と神社が合体したような建物だ。これが本堂である。こういう建物を権現造りというのだそうだ。お参りを済ませ、本堂をスケッチした。「お寺を細かく描くのではなく、風景の全体を描く」という気持ちでスケッチした。鉛筆が走り、ようやく満足できるスケッチになった。
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[ 2008/08/04 14:35 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)

四国お遍路の旅 第五十九番札所 国分寺(こくぶんじ)

  仙遊寺から次の札所「国分寺」へ向う。お寺の道路標識を見落とし、道に迷ってしまった。道標がしっかりしている愛媛では初めてのことだ。コンビニを見つけて道を尋ねた。「国分寺は、ここに地図がありますからどうぞ」と手作りの地図を渡された。お遍路さんに対して店員さんは親切だった。
  国分寺とは、西暦741年、聖武天皇の勅願により、五穀豊穣、国家鎮護のため、国分尼寺とともに国ごとに建てられたお寺である。このお寺、伊予の国分寺で、立派なお寺だった。阿波の国分寺、土佐の国分寺、讃岐の国分寺もお遍路寺の一つになっている。
  お参りを済ませ、大師堂をスケッチした。まだ紙の大きさが掴めないようだ。「絵を描いているのかい」と野球帽を被った親父さんが声を掛けて来た。「お遍路しながらお寺をスケッチしています」と旅人は答えた。親父さんは、この近くに住む人だった。いろいろ話をする内に、お遍路寺で見掛けた作業着姿の不思議な男たちの話になった。
  「あの人たちかね。あれは、巡礼代行といって、誰かに代わって、納経帳や掛け軸や白衣に朱印を貰い、それを高いお金で売っている商売さ。お遍路に行きたくても、仕事が忙しくて行けないとか、病気とか高齢になってしまって、行けなくなったとか、そういう人に頼まれてお遍路しているのさ」親父さんの話はなかなか面白い。「値段も凄いらしいぜ。掛け軸が20万円近くいるという話だ」お遍路の世界にそんな商売が存在しているとは、信じられない話だった。「がんばりなよ」親父さんは、励ましの言葉を残して去って行ったが、興ざめした旅人だった。
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[ 2008/08/04 10:36 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)

四国お遍路の旅 第五十八番札所 仙遊寺(せんゆうじ)

  のどかな田園から急な山道になった。仙遊寺は山の中にあるお寺のようだ。ぐんぐん山道を上って行く。眼下に今まで走っていた田園の風景が広がり、遠くの町並みも見え出した。山道を上り詰めた山の上に仙遊寺はあった。天気がよければ瀬戸内海も見えるのだろう。
  参道を歩いて行くと、菅笠姿のお遍路さんが歩いて来る。豊橋の青年だった。「今日は歩き遍路に挑戦しています」と青年は元気そうだ。「前のお寺でお弁当を貰ったのです。お弁当は歩き遍路さんへのお接待だというのです。びっくりしました」青年は栄福寺の話をした。あのお寺は、歩き遍路さんにはずっとお握りを配り続けていたのだ。本当にすごいお寺がある。青年は元気に山道を下って行った。次のお寺までは、8kmあるという。青年の行動力には感心する。若いから発想も、エネルギーも豊かなのだと旅人は思った。
  境内で絵を描いている人がいた。はがき大の紙に力強いタッチで描いている。細かい所まで観察した絵であった。その人の前には絵の具も並んでいる。色も付けて仕上げるようだ。この人はプロなのだろう。
  お参りと納経を済ませ、旅人も、スケッチすることにした。このお寺で描きたい建物は、やはり本堂だ。どっしりした大きな屋根が特徴の建物だ。勇気がいるが、その人の後ろで、スケッチを始めた。前のお寺では、散々な絵になった。画面の大きさを考えながら、緊張しながら鉛筆を走らせて行った。結局、紙の大きさが十分に掴めていない絵になった。苦行はまだまだ続きそうだ。 
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[ 2008/08/03 08:03 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)

四国お遍路の旅 第五十七番札所 栄福寺(えいふくじ)

  栄福寺の大師堂でお参りをしていると、お遍路さんが続々とやって来た。泰山寺で見た歩きお遍路さんの一団だった。栄福寺は、泰山寺から3kmほどの所にある。出発して40分ほどで到着するとは、歩くスピードは結構速いのだ。
  納経を済ませ、大師堂をスケッチしていると「今日は、20kmほど歩くから少し大変だけど、日頃の運動不足解消にはもって来いね」と中年の女性が話しているのが聞こえる。「川あり、山あり、谷ありのコースだから景色はいいよ」と隣の旦那さんらしい人が相槌を打っていた。
  「歩き遍路の皆さんご苦労様です」とお寺の人たちが、お遍路さんを出迎え始めた。「冷たいお茶を用意しましたから、どうぞ召し上がってください」と、お茶を勧めている。「どうもありがとうございます」歩き遍路さんたちはニコニコ顔だ。
  「歩き遍路さんには、お接待としてお握りを用意しました。ぜひお受け取りください」とお寺の人たち は、お握りも配り始めた。「歩き遍路さんならだれでもお握りをどうぞ」ということなのだ。喜ぶお遍路さんやら、恐縮するお遍路さんやら、和やかなお接待風景が栄福寺の境内で見られた。「お接待とは、本当はこういうことなのよ」と間近にその場面を見せ付けられ、驚いた旅人だった。愛媛県伊予の国は「菩提の道場」と言われるが、「菩提」とはこういう風景を指しているのだろう。もちろん歩き遍路でない旅人に、お握りが配られなかったのは当然である。
 新しいサイズで取り組んだお寺のスケッチは散々だった。日頃描き慣れた大きさと微妙に違うことで、画面の大きさが掴めないのだ。これからしばらくは苦しみそうだ。
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[ 2008/08/03 07:59 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)

四国お遍路の旅 第五十六番札所 泰山寺(たいさんじ)

  時刻は午前9時。泰山寺の駐車場に、たくさんの車が停まっていた。バスはいないから、団体さんではないようだが、それにしてもたくさんの車だ。
  境内には、白装束のお遍路さんが集合していた。50人はいるだろうか。たくさんの車はこの人たちだった。バスではなく、それぞれが車でやって来た不思議な団体さんだ。何事が始まるのだろうか。しばらくお遍路さんたちの様子を見ていた。
  リーダーらしい人が、メガネの男性が、「今日は、このお寺から、国分寺まで歩きます。途中、少々きついお寺もありますが、無理をされないように楽しく歩いてください」と、挨拶を始めた。休日の土曜日を使い、都会で実施されている「歩け歩け大会」をもじった「お遍路健康ウォーク」を実施するようだ。お遍路寺がある四国らしい催しだ。ユニークな取組みに感心した。団体さんたちは、元気よく出発して行った。納経所で納経しない人が多いようだ。俄かお遍路さんが多いのだろう。
  本堂と大師堂のお参りを済ませ、本堂をスケッチした。お参りするお遍路さんを見ていて、新しいことを発見をした。それは、帽子だった。徳島や高知では、菅笠を被ったお遍路さんが多かったのだが、愛媛では、白い帽子を被った人が多いのだ。「所変われば、品変わる」ということだろうか。
  スケッチを終えたが、スケッチするために持って来た3号大のスケッチブックが底を突いてしまった。次のお寺からは、予備に持って来た一回り大きい4号サイズのスケッチブックを使うことになる。サイズの大きいスケッチブックにお寺を上手く描けるかな?プレッシャーを感じる旅人だった。
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[ 2008/08/02 06:42 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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