水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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名古屋市南区 笠寺商店街

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  年賀状で「今年の夏に笠寺で個展を開きます」と知人に宣言した八月がやって来る。個展が本当に開けるかどうかは分からなかったが、とにかく絵を描かなくてはと、笠寺観音かいわいの風景を描き続けてきた。そして、この絵が、三十枚目になる。
  絵画展の話は、笠寺の町おこしに取り組んでいる「かんでらmonzen亭」の強力な支援がつき、四月頃から本格的になり始めた。旅人の水彩画が、商店街の各店に飾られはじめ、行事の折には、ミニ絵画展と称して水彩画が展示された。正月には夢のような話だったが、たくさんの人たちの協力があり、ついに実現することになった。
  笠寺観音副住職さんの写真展も同時に開催されることになり、笠寺かいわいに住んでいる人に喜んでもらえるのではないかと思っている。

   八月九日(日)~十五日(土)
   笠寺西門にある旧ユニー一階フロア
   「Monzenギャラリー8月展」 
             細入村の気ままな旅人 「笠寺観音かいわい風景画展」
             笠寺観音副住職     「やろみゃあ笠寺写真展」

[ 2009/07/28 14:33 ] 笠寺観音かいわい | TB(0) | CM(0)

富山市吉野 豪雨の片路峡

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  何年か前のことになる。旅行雑誌「サライ」の表紙を、細入の風景が飾ったことがある。「激しい豪雨に耐えて、山桜が待っていてくれた」というタイトルの神通川の写真だった。
 「こんな風景が神通川にあったかな」とその写真をみて不思議に思った。よくよく考えて、片路峡ではないかと思ったのだが、濁流が渦巻き、いつも見慣れていた片路峡の風景ではなかった。知人に見せたら、「これ、本当に片路峡かい」と知人も驚いていた。
  梅雨前線が居座り、豪雨が降った日、その光景を目にした。いつもは、川原が広がる片路峡は、濁流が渦巻き、見たことのない風景が広がっていた。
  さっそく、吉野橋の上でスケッチを始めた。通り過ぎる車が、クラクションを鳴らしながら走り去っていった。「こんな日にスケッチとは、物好きな人がいるものだ」と思ったのだろう。
  家へ帰って、「サライ」を引っ張り出して見てみると、その時の豪雨はもっと凄かったようだ。本当に、決定的瞬間だったからこそ、表紙を飾ったのだと理解した。
[ 2009/07/23 08:28 ] 富山市 | TB(0) | CM(0)

富山市吉野 神通川第一ダム放水中

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  梅雨前線が北陸地方に居座り、雨模様の天気が続いている。一時的ではあるが、雷が鳴り、激しい雨が降る。神通川は濁流が渦巻き、轟轟と流れている。 
  不謹慎ではあるが、こういう時でないと描けない絵を求めて家を出発した。目的地は神通峡吉野。ここは、片路峡と呼ばれる景勝地で、そこには、深い谷を堰き止めたダムがある。今日は、そのダムの放流をスケッチしようというのだ。
  神通川に架かる吉野橋に到着。予想した通り、第一ダムのゲートが開き、濁流が放水されている。その数は三本。落下する濁流が、水面に衝突し、水煙が立っていた。吉野橋の真中から見ているからなのだろうか。吸い込まれそうな恐怖心を覚えた。
  吉野橋から片路峡を眺めると、いつもは、川原が広がつているのだが、今日は深い谷がすっかり濁流で埋まっていた。「この写真、どうみても片路峡のようですが、こんなに水が流れる時があるのですかね」と去年、知人と一枚の写真を見て話していたことを思い出した。目の前の片路峡はその時の写真そっくりだった。この景色も絵に描かなくてはと、スケッチを始める旅人だった。
[ 2009/07/19 20:19 ] 富山市 | TB(0) | CM(0)

富山市岩稲 神通川第二ダム放水中

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  梅雨も終盤を迎え、雷が鳴り、雨が降り続いている。「飛騨北部で激しい雨が降り、洪水注意報が出ています」とラジオから注意を呼びかけるニュースが流れて来る。細入は富山県だが、気候は飛騨である。
  「細入を流れる神通川は、どうなっているのだろうか?」。野次馬根性が働き、川の様子を見に出掛けた。災難に会う人は、きっと、旅人のような人が多いのかも知れない。
  予想した通り神通川は、黄土色の濁流になっていた。日頃は平穏な神通川第二ダムも、口が四本開き、轟々と音を立てて濁流が落下している。川面は、落下する濁流で、激しく波打っていた。
神通川第二ダムには、九つの門がある。旅人が今まで見た中では、六つの門が開いていたことがある。四年前に宮川が氾濫する洪水があり、神通川流域でも大きな被害があった。その時は、きっと、全部の門が開いていたのかも知れない。
  今回の大雨では被害は出なかったが、神通川第二ダム湖は、流木で埋まっていた。この流木の除去には相当の日数がかかりそうである。まだ梅雨は明けていない。この先、大雨が降らないことを願う旅人だった。

[ 2009/07/14 21:24 ] 富山市 | TB(0) | CM(0)

名古屋市南区 笠寺観音 春の仁王門

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  桜が満開の石橋を渡ると、厳つい顔の二体の仁王様が出迎えてくれた。仁王様は、今は、鳩などが入らないように金網で守られているが、旅人が子どもの頃は、金網はなかったように記憶している。
この仁王様には、忘れられない思い出がある。それは旅人が小学校二年生のことである。笠寺観音で写生会が開かれた。母親に連れられて参加した。白い画用紙とクレパスではなく、なぜか絵の具が手渡された。絵の具はその時初めて触った。
  そして描き始めたのが、仁王門の右に立つに王様だった。絵の具を扱う技術を何一つ知らない旅人は、チューブから絵の具を出すと、いきなり紙に塗りたくったようだ。白い紙の中に、真っ赤に塗られたに王様が、描かれていたことを、今も鮮明に覚えている。
  「あの時描いた仁王様は、子どもの絵だったけど、迫力があったよ」とお袋がいつも自慢していた。きっと金網がなくて、直接、仁王様と対峙したから、描けたのではないだろうか。
  遅まきながら、ようやく桜が満開の仁王門を仕上げることができた。今度は仁王様を描こうかな?
[ 2009/07/10 13:55 ] 笠寺観音かいわい | TB(0) | CM(0)

富山市笹津 笹津商店街

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  先日、知人に、猪谷商店街や笠寺商店街を描いた絵を見せたら、「大沢野にある笹津商店街も絵に描いて残したらどうかね」と言われた。笹津商店街は、時々、車で通る所である。小さな商店が並んでいて、買物をするには一番近い所なのだが、旅人の買物は、もう少し先にある大型スーパーがほとんどで、笹津商店街で買物をした経験はほとんどない。
  昔は、旧道沿いに商店がずらりと並び、映画館やパチンコ店などもあって、笹津商店街は大変賑わっていたという話だ。去年、この商店街で火事があり、酒屋さんが燃えてしまい、それ以来商店街には酒屋さんがなくなってしまったという。駅前に二軒あった旅館も廃業してしまった。「町おこしといっても、大変難しい話だね」と知人は、複雑な表情だった。
  「商店を営む人も高齢化し、店の数はさらに少なくなることが予想される。描くなら、大急ぎでやってほしい」と知人は言った。ひょっとしたら、笹津商店街の役に立てるかも知れないと思いながら、駅前の風景を描き始めた。
[ 2009/07/09 13:17 ] 富山市 | TB(0) | CM(0)

富山市加賀沢 JR高山線 加賀沢鉄橋

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  細入地域に加賀沢という廃村になった集落がある。ここに、「狐に化かされた山伏」という民話が残っている。再話にしてパンフレットで紹介しようと取組みを始めた。
  ほぼパンフレットは完成したのだが、現在の加賀沢を紹介するスケッチがない。最近、加賀沢を描いたことがないのだ。細入に移り住んだ頃、加賀沢をスケッチした記憶があったので、古いスケッチブックを引っ張り出して、見つけたのが、この水彩画である。
  宮川に架かるJR高山線加賀沢鉄橋の秋の風景である。3年前のことになるが、秋に大洪水があり、宮川を縫うようにして走る高山線が寸断された。この鉄橋は無事だったが、この下を走る道路は流失した。高山線は全線復旧したが、道路の復旧はなく、この絵を描いたこの場所へは、もう行くことができない。この貴重な絵を表紙にしてパンフレットを完成させた次第である。
  神通峡周辺に残る伝説や民話は、旅人のホームページ「神通峡周辺に残る伝説・民話の舘」に収録している。まだまだ、たくさんの民話や伝説が残っている。歩みはのろいが、パンフレットにして、紹介していこうと思っている。
[ 2009/07/04 05:45 ] 富山市 | TB(0) | CM(0)

名古屋市南区 笠寺商店街 光写真機店

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  光写真機店は、本笠寺駅前にある。名前が、「カメラ店」ではなく、「写真機店」ということから老舗の店だということが分かる。
  旅人がカメラをいじり出したのは、高校へ入ってからだが、フィルムの現像や撮影の仕方などでは、この店にはお世話になった記憶がある。
写真ということでは、子どもの頃、月刊誌の付録に、日光写真というものが付いて来たことがある。ネガフィルムと、印画紙がセットされていて、太陽に当てると印画紙が変色して、画像が映るというものだった。
  今考えると、子どもだましの付録なのだが、結構興味を持って、遊んでいた。そんな体験からカメラをいじるようになったのだろう。高校時代のとっておきの一枚は、京都寂光院の多宝塔を撮影したもので、今もアルバムに残っている。
  カメラはその後もいじり続け、全国を放浪し出した頃は、一眼レフのカメラを持っていた。しかし、フィルムや現像に充てるお金が心細くなり、支出するお金が少なく済むのではないかという邪悪な考えから、スケッチを描くようになった。また、デジカメという便利なカメラができ、この何年間は写真屋さんのお世話になっていない旅人である。
  パソコンが普及し、家庭での印刷技術も向上し、ますます写真屋さんには厳しい時代が到来している。どの写真屋さんも四苦八苦しているのだろうが、老舗の光写真機店には、これからも暖簾を守り続けて行ってほしい。
[ 2009/07/03 17:58 ] 笠寺観音かいわい | TB(0) | CM(0)

名古屋市南区 笠寺観音 鐘楼

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  笠寺観音に鐘楼がある。江戸時代の建物で、尾張名所図会にも、この鐘楼の絵が載っている。この鐘楼に吊り下げられている梵鐘は、鎌倉時代に作られたもので、野間大坊、甚目寺の梵鐘とともに、尾張三大古鐘といわれているそうだ。
  この鐘楼の周りで、かくれんぼをしたり、鬼ごっこをしたりした思い出があるが、大晦日の出来事は忘れられない。
  今から20年ほど前のことだ。旅人の子どもたちが成長し、大晦日も夜中まで起きていることができるようになった頃だった。初詣に出掛けることにした。この辺りでは、熱田神宮へお参りに行くのが普通なのだが、夜中であるし、大変遠いので、近くの笠寺観音へ出掛けることにした。
  暗い夜道を歩いて行くと、遠くから鐘の音が聞こえて来た。これから向かう笠寺観音の方から聞こえて来るようだ。笠寺観音で除夜の鐘を突いているのをその時初めて知った。不思議なことは、鐘の音の間隔が決まっていないことだった。長い時もあれば短い時もあるのだ。不思議な除夜の鐘だった。
  笠寺観音に着いて、その理由が分かった。何と、除夜の鐘は、お参りに来た人たちが突いていたのだ。だから、不定期だったのだ。もちろんその後、旅人の家族が除夜の鐘を突いたことは言うまでもない。
  笠寺観音の除夜の鐘は、108をはるかに超え、列に並んだ人が途切れるまで鳴り響いている。その当時、一突き100円だったように記憶しているが、現在は、200円になっているという話だった。大晦日には、笠寺観音の梵鐘を突きに出掛けてみてはどうですか・・・。
[ 2009/07/01 17:25 ] 笠寺観音かいわい | TB(0) | CM(0)
プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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