水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

団塊世代の親父のブログです。
水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記 TOP  >  2012年03月

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ふらり きままに  厳冬の親不知行き3

親不知の海岸で

 激しく雪が舞う国道を歩いて行く。このまま歩道が続いていれば、親不知まで行けそうだ。しかし、親不知インターチェンジ横を過ぎた所で、突然歩道がなくなった。後は、白い路側帯が続く道だ。車がすごい勢いで走る国道の路側帯をとても歩く気にはなれなかった。親不知の海岸の一部が見られたということで我慢し、歩くことを止めることにした。

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 来た道を戻り、海岸へ下りてみた。橋脚をくぐると荒れた日本海が視界に飛びこんで来た。高い波が海岸線に並ぶ巨大な橋脚に激しくぶつかっている。そして、荒れ狂う波間をカモメが飛んでいた。これが現代版親不知の風景だと思った。今日やって来てよかったと思った。
 港の横にある道を通り、少し行くと広い広場に出た。道の駅という表示がある。車が何台も停まっていた。その向こうにレストラン漁火という大きな看板のかかった建物がある。おばあさんが話していた建物だ。
休憩を兼ねて昼食を取ることにした。階段を上り、扉を開けると、店内はたくさんの客で賑わっていた。親不知の海を見ながら食事の出来る感じのいいレストランだった。私は、海岸にある大きな岩がよく見えるテーブルに席を決めた。シーフードカレーとビールを注文した。美味しいカレーだった。ふと、海岸を見ると、高い波が押し寄せる波打際を、毛糸の帽子をすっぽり被った1人の男性が何かを拾いながら歩いていた。

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 天候はますます悪くなり、海岸にある大きな岩を波が乗り越えるほどになった。衝突する波の高さは、20メートルを超えていそうな気がした。荒れる日本海の厳しさが伝わって来た。
 帰りの列車を時刻表で確認し、親不知駅に戻ることにした。巨大な橋桁をくぐると再び味気のない風景に変わった。巨大なコンクリートの塊を見ながら駅に急いだ。行く時には気づかなかったが小学校がある。歌外波小学校と校名が下がっている。どう読むのだろう。
 親不知駅の待合室に着くと、中年の男性が着替えをしていた。リュックとカッパ、長靴姿は私と一緒だ。
「写真を撮りに来たのですか」と話し掛ける。「いえ、石拾いに来たのです」と男性は気さくに話をしてくれた。「石拾いですか。海岸で何かを拾っていたのは貴方だったのですか。」「そうです。ずっと、石を探して三日間が過ぎました。今日は4つ拾いました。」と、ポケットから拾った石を取り出して見せてくれた。石は真っ白で、素人の私にはよく分からなかったが、少し緑がかった所がヒスイだと教えてくれた。男性は九州から毎年正月になると、石を探しに、この辺りへやって来ているという。「こんな馬鹿なこと、止めなくてはと思っているのですが、今年も家族の反対を押し切ってやって来てしまいました。」と笑いながら話してくれた。変わった趣味を持っている人がいるものだ。そういう私も同じ仲間だ。
 強風のため30分遅れてやって来た14時20分発富山行普通列車に乗車。列車は強風が吹く親不知駅を発車した。車窓に広がる荒れる日本海を見ながら帰路に着いた。 

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[ 2012/03/31 06:12 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)

ふらり きままに  厳冬の親不知行き2

富山から親不知

10時22分発糸魚川行普通列車に乗車。車内はがら空きである。海側のボックスを確保する。列車が走り出し、しばらくして遠くに青い日本海が見え始めた。白い波頭が見える。かなり風が吹いているようだ。魚津駅を過ぎる。この辺りは蜃気楼現象で有名な地域だ。ぜひ見たい景色だ。黒部を過ぎ、列車は海岸沿いを走るようになり荒れた日本海がよく見えるようになる。越中宮崎駅にはヒスイ海岸という看板が立っている。日本海のどこかで翡翠が拾える海岸があるという話を思い出した。糸魚川だったように思ったが、ここでも拾えるのだろうか。市振駅に到着。海岸がすぐ駅の横まで迫っている。波しぶきが飛んできそうな距離た。風除けの壁がプラットホームの横に立っていた。いよいよ次が親不知だ。
 長いトンネルを抜け11時半過ぎ列車は親不知駅に到着。寂れた無人駅に下車したのは私一人だった。巨大な橋脚がずらりと並んでいる。北陸高速道路と国道8号線の橋脚だ。橋脚が海岸線をさえぎって、日本海はその隙間からしか見られない。駅前に親不知を案内する地図が立てられている。景勝地親不知まで4キロ、バス15分と表示されている。バスが走っているのだろうか。

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 地図を見ている所へおばあさんがやって来た。 「親不知へはバスも出ているのですか」と、聞くと、「以前はバスもあったのですが、今は走っていません。15分位行った所に漁火というレストランがあります。そこから親不知の海が見えますから、ぜひそこへ行かれたらどうですか。」と、おばあさんは、にこにこしながら親切に説明してくれた。
 この道を歩いて行けば、親不知まで行けるようだ。とにかく歩いてみようと、防寒具に身を固めて、雪が舞う強風の吹く道を歩き始めた。
突然、男性が停まっている車から飛び出した。フェンスを飛び越してホームへ駆けて行く。手にはカメラを持っている。写真を撮りにやって来た人のようだ。しばらくして特急列車が親不知駅を通過して行った。
 被っている帽子が飛ばされそうになる。どの位の風が吹いているのだろうか。20メートルを超えていそうな気がする。すぐ近くに海があるのに道路や橋脚が邪魔をして見えない。こんなふうに景観が変わってしまったことを、この土地に住む人は喜んでいるのだろうか。





[ 2012/03/30 06:18 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)

ふらり きままに  厳冬の親不知行き1

 楡原から富山へ

 ラジオからは「富山県は朝から冬型の気象配置が強まり、海岸地方には強風波浪注意報が出ています。山間部では雪が降り続くでしょう」と天気予報が流れている。「冬の荒れる日本海が見たい。それも、ずっと前に見た高倉健の映画『海峡』にあった親不知の海岸の岩にぶつかっている凄い波を自分の目で見てみたい」と前々から思っていたのだ。今日は最初のチャンスとばかり、雪の中を出掛けることにした。スキーウエアーに身を固め、長靴を履いて家を出発。道は、夜に降った湿った雪が積もり、ぐしょぐしょになっている。長靴を履いて出たのは正解だったようだ。
 国道に出る。融雪装置から流れる水を、車が勢いよく跳ね飛ばして、走って行く。雪国の国道は、融雪装置のおかげで、車にとっては大変走り易い道になったが、歩行者にとっては、ずぶ濡れになることを覚悟しなくてはいけない辛い道になった。「国道を歩いていて頭から水を浴び、大変だったよ」と言うおばあさんの話を思い出した。
 
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 楡原駅に到着。プラットホームにある待合室で列車を待つ。正月3日だからか、列車を待つ人はいない。午前9時発富山行普通列車に乗車。車内には20人ほどの客がいる。富山へ買い物に出掛けるのだろうか。
 神通川に沿って列車は山を下って行く。しだいに周りの雪が少なくなっていくのが分かる。笹津ではとうとう雪がなくなってしまった。あれだけあった雪が、僅か1駅でなくなってしまうとは、改めて、自宅のある楡原の雪の多さに驚かされる。
 列車が走る車窓からいつもは見える立山連峰も今日は厚い雲に覆われて見えない。時折舞う雪から、強い風が吹いていることが理解できた。
 列車は富山駅に到着した。プラットホームは冷たい風が吹きぬけている。その中で、重い荷物を持った帰省客が列車を待っていた。私は40分近い待ち時間をステーションビルの本屋で過ごすことにした。本屋の富山県コーナーには面白そうな道歩きの本が何冊も並んでいる。発作的に3冊も買ってしまった。出費した5000円は痛いが、これからの旅人生活には欠かせない本になりそうだ。
[ 2012/03/29 06:45 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)

ふらり きままに  冬の富山湾・雨晴海岸・氷見へ3

氷見へ

  雨晴の見学を終え、12時11分発氷見行普通列車に乗車する。せっかくここまで来たのだから、昼ご飯は氷見の町で食べようということになったのだ。「氷見の町は、懐かしい思い出があったちゃね。家族みんなで美味しい魚をしっかり食べて、もう魚の顔も見たくないと思ったことを覚えとるけ」とかみさんが笑って言う。今でもあの時の家族みんなで食べた料理の味を、私も思い出すことがある。その氷見の町で今から美味しい魚料理を食べようということなのだ。
 12時19分氷見駅に到着した。氷見線の終着駅だ。駅は大きくて売店もあり、賑わっている。駅の構内には大きな観光案内所があり、受付に男性が座っている。雨晴は高岡市。ここは氷見市。どちらも、観光に力を入れている様子が伝わって来る。駅前に出てみたが、食事のできる店は見当たらない。案内所で貰ったパンフレットを見ながら、氷見漁港にある道の駅「海鮮館」まで歩いて行くことにした。
 
 道は除雪された雪が積もり、歩きにくい。だからといって車道は車が激しく行き交い、歩けない。踏み固められた細い道を歩いて行く。「ごめんなさい。先に失礼します。雪道でたいへんなことになってしもうて」と、おばあさんが申し訳なさそうにあやまりながら擦れ違って行った。大きな通りに出る。立派なアーケードがあって、歩きやすくなった。両側に店屋がずらっと並んでいる。土曜日の昼だというのに人通りはほとんどない。この雪では買い物どころではないのだろう。その商店街を、物好きな2人がきょろきょろしながら歩いて行く。氷見と云えば鮮魚なのに、鮮魚店は見当たらない。氷見市役所前を過ぎた所で、鮮魚店を見つけた。店の中を覗いたが魚はあまり並んでいなかった。海が荒れて漁ができないのだろうか。

 30分ほど歩いて氷見漁港に到着した。漁港のすぐ隣りに道の駅「海鮮館」がある。大きな駐車場には車がたくさん停まっている。建物の中にはお客さんがたくさんいるのだろうか。

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 大きな建物に入って右手に何軒も魚屋が並んでいた。カニが並べられている。大きなズワイガニが1匹2000円。まあまあ手ごろな値段だ。ハマチ、まぐろ、イカ、ホタテなどが並ぶ。店を一軒一軒見て回る。家の近くの大きなスーパーで見ている値段よりも高い。天然ブリと表示がある。小さな切り身に何と5500円の値段が付いている。「ええ、これは高いちゃ」とかみさんも声を上げた。「いや、氷見産天然ブリは最高級なのだ。どうだ買えるか」というのだろうが、氷見という名が値段を釣り上げてしまったように私には思えた。

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 店内の日本料理店で昼ご飯にした。どれも立派な値段が付いている。1200円の刺身定食を注文した。しばらくして女性が注文の料理を持って来た。「これは、天然ブリだから美味しいですよ」と力を入れて説明した。ブリの刺身が3切れ、マグロの刺身、タラの子をまぶしたタラの刺身が皿に盛ってあった。それにワタリガニの味噌汁が付いていた。上品な料理で美味しかった。しかし、食べ終わった私には何か物足りない料理に感じた。きっと、氷見の町に残るあの思い出が、そうさせているのだろう。
[ 2012/03/28 07:56 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)

ふらり きままに  冬の富山湾・雨晴海岸・氷見へ2

雨晴海岸

 10時40分発氷見行普通列車に乗車する。2両編成のワンマンカーである。家々が建ち並ぶ狭い間を列車はゆっくり走って行く。細い路地の中を走って行くという感じだ。ここでも屋根から大きなツララが下がっている家が目に付く。
 伏木港が見えて来た。石油タンクや化学工場の煙突が並んでいる。しばらくすると海が見えて来た。富山湾である。空は雲におおわれているが、波は静かである。やがて頂に数本の木が生えた島が見えて来た。有名な女岩である。この島から見た立山連峰は美しく、富山を宣伝するポスターに使われることが多い。私も今日はカメラを持って出掛けてきたのだ。
 
10時59分雨晴駅に到着した。駅のすぐ前が海水浴場になっているようだ。夏はたくさんの家族連れで賑わっているのだろう。列車を下りて、駅の待合室へ入って行くと、りっぱな観光案内所が設置されていて、受付に老人が座っていた。雨晴海岸を宣伝したパンフレットや絵はがき、ポスターなどが置いてある。冬でもたくさんの観光客がここを訪れるようだ。

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 道路を歩いて行く。歩道があっても、そこは除雪した雪が溜まり、人は仕方なく車道を歩くことになる。冬の雪国の道は歩く所でないということを今年、痛感している。危険を少し感じながら、駅前の道を5分ほど歩いた所に義経岩があった。その昔、源義経が奥州落ちの途中、にわか雨にあって雨宿りしたしたというのがこの岩である。
雪の積もった細い道を歩いて線路を横切り、階段を下りて海岸に出た。砂浜には雪が積もり、冬の雨晴海岸だった。静かな海の向こうに女岩が見える。黒い岩肌に雪が薄っすらと積もっている。その向こうに立山連峰が微かに見えた。雨晴の海は澄んでいて、小さな貝が波打ち際にある小さな岩にたくさんくっついていた。

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 観光バスが駐車場に停車し、しばらくするとたくさんの人が海岸に下りてきた。手に手にカメラを持ち、絶景ポイントに向けてシャッターを切っていた。「晴れたらここから立山の美しい姿が見えるのに残念だね」という声が聞こえて来た。誰の想いも同じだなあと思った。天気のよい日に再度訪れよう。
[ 2012/03/27 05:16 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)

ふらり きままに   冬の富山湾・雨晴海岸・氷見へ 1

富山から高岡へ

 1月20日土曜日。今日の天気予報は「日中は曇り時々雨」。家で静かに過ごせばいいのだが、冬の「青春18きっぷ」が使用できるのは今日が最終日。列車に乗って氷見まで出掛けることにした。切符が2人分残っていたので、かみさんを誘う。「いっしょに行ってもいいがけ。雨晴は何十年振りだろかね」とすっかり富山弁に戻ったかみさんの嬉しそうな声が返って来た。久しぶりにかみさんとの2人連れになった。
 
楡原駅から富山行普通列車に乗車する。高山本線を走る普通列車はワンマンカーになってしまったが、高山から来る列車には車掌が乗車していることが多い。楡原9時発の列車は高山から来ている。やはり車掌が乗車していた。やって来た車掌に青春18きっぷを渡し、検印を貰う。普通列車に乗って旅をするには格安の切符である。
 今日は土曜日だが、列車は空いている。ボックスシートに座り、車窓の景色を眺める。笹津を過ぎた辺りから立山が見られるのだが、残念ながら雲に霞んでいる。越中八尾を過ぎ速星を過ぎてもかなりの積雪だ。正月から降り続いた雪は里雪だったようで、細入村と変わらないくらい多い。家々の屋根からずり落ちそうになっている雪に大きなツララが下がってている。「お化けだぞ」と手をだらっと下げた姿に似たツララもある。これをそのまま真夏に持って行けたら、商品価値の高い品物になるのは間違いないだろう。

 9時43分富山駅に到着した。雨晴に行くには、ここから北陸本線に乗換えて高岡に行き、高岡で氷見線に乗換えなければならない。列車の待ち合わせ時間があり、少し不便な所もあるが、待ち時間をいろいろな方法で過ごすのも旅行の楽しみである。

 待ち時間を使って、富山駅のホームで売られている駅弁を調べてみることにした。時刻表にいろいろ紹介されている。「ますのすし弁当(650円)」「柿の葉すし(850円)」「立山弁当(900円)」「えび釜めし(1000円)」「かにめし(1000円)」「祝ずし(1000円)」「押寿し日本海(1000円)」「田舎ずし(1050円)」「ますのすし(1100円・2100円)」「ニ味笹すし(1100円)」「加賀彩時記(1100円)」「夫婦釜めし(1200円)」「ぶりのすし(1300円)」「ますぶり重ねずし(2370円)」実にたくさんの種類の駅弁が紹介されている。

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  ホーム売店のウィンドーに駅弁の見本がずらっと並んでいる。「いらっしゃいませ」と売店の女性の声が掛かるが、「いえいえ、私は買うのではありません。眺めるだけの客ですから、申し訳ありません」と声にならない声で答えながら、並んでいる駅弁を眺めていった。「やっぱ富山といったら、ますずしだちゃ」とかみさんが言う。売店の上にドーンと「ますのすし」が山積みになっている。2段重ねの寿司である。昼の弁当に買うには少々高価である。富山へ行った土産として買う人が多いのだろう。その横に、見たことのない小ぶりの「ますのすし」が並んでいた。「ますのすし」を切り身にし、3つで450円という手ごろな値段だ。富山の名物を少しだけ味わってもらおうと考えられた商品のようだ。ヒットしそうに思った。

 10時11発高岡行普通列車に乗車する。列車は混んでいる。若者の姿も多い。年輩の客は長靴を履いているが、若者はほとんどがスニーカーかブーツである。若者は雪をあまり気にしていないようだ。呉羽、小杉を過ぎ、間もなく高岡だ。何処もたくさん雪に埋まっていた。屋根からずり落ちようとしている雪に、家が悲鳴を上げているようだった。

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 10時32分高岡駅に到着した。高岡は鋳物の街だ。江戸時代に鍋・釜・鋤・鎌などの日用品の鋳造が始まり、やがて、釣鐘や仏像など銅器鋳造の技術が発展し、今では全国唯一の銅鉄器産地となっている。駅の構内にはたくさんの銅像や大きな皿などが飾られている。市内には歴史を伝える施設もたくさんある。ゆっくり時間をとって見学したい町である。
[ 2012/03/26 08:23 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)

神通峡をたずねて  猪谷かいわい26

猪谷に残る民話・伝説 その11

狐に騙された

 この辺りでは、昔から狐が変身したり、人を化かしたりする時は、後足で立ち上がり、木の葉を一枚頭に乗せて、前足で祈るような仕草をするそうです。

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 ある晩、夏の頃、隣村にたくさんの用事がたまっていた一人の男が、朝早くから出掛け、仕事を終えた頃には、すでに辺りは薄暗くなっていました。
 疲れ休めにと一杯ひっかけて、山道を家へと急いでいると、遠くにほのかな明かりが見えます。「こんな処に家があったかな?」と思いながらも、急いだ上に、背には重荷を背負い、酔いもまわって来て、非常に疲れを覚えたので、その一軒の家の戸をたたき、しばしの休息を願い出ました。

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 囲炉裏には、赤々と火が燃えており、うら若き一人の娘が出て来て、「ちょうど、風呂を沸かしております。疲れなおしに、一風呂浴びていかれてはいかがですか」と言ってくれますので、「これはありがたい。では、さっそく・・・」と、手ぬぐいをひっつかんで、好意に甘えることにしました。
 さて、田舎の百姓たちは、毎日、朝早くから晩遅くまで、野良仕事に精を出しています。その日も、朝早く、一人の百姓が、畑へと山道を上って来ますと、風向きのせいか、何だか、肥の臭いがプンプンします。

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 「はて、俺より早く仕事に出ている奴がいるのかな・・・」と、立ち上がって周囲を見てみると、前方の道路そばの肥の溜桶の中で、一人の男が、まるで風呂にでも入っているかのように、気持ちよさそうに、肥の付いた手ぬぐいで、顔をふいたり、頭から肥をかぶったりしています。
 いやはやなんの、その臭い、臭くないったら・・・。
 百姓は、唖然として、しばらく見ていましたが、やがて、糞尿まみれの男を、溜桶から引きずり出し、小川の水を打ち付けて、ようやく正気に返らせました。
 背負ってきた荷は、近くにありましたが、嫁さんから頼まれた乾魚や油揚げなどはなくなっていました。
 男は、百姓から借りた半てんを身にまとい、軽くなった荷を背負って、すごすごと家へ帰っていったそうです。
             (加藤あやさんのお話)「村の今昔」細入歴史調査同好会編 より


お知らせ
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このブログで紹介した「猪谷かいわい」の手作り文庫本が完成しました。
道の駅「細入」「ほそいり遊々企画」で販売しています。1冊400円です。


道の駅細入「飛越ふれあい物産センター林林」
〒939-2186 富山市片掛3-5 TEL076-484-1815

ほそいり遊々企画
   〒939-2184 富山市楡原380-33 TEL076-485-9103

     

神通峡をたずねて 猪谷かいわい25

猪谷に残る民話・伝説 その10

黒いオバケ 

 子供が、一人で暗い夜道を歩いていると、「負ばりょか、抱かりょか、ザク、ザク、ザク」「負ばりょか、抱かりょか、ザク、ザク、ザク」と言いながら、真っ黒で、目ばかりが大きいオバケが、たくさん、体に取り付いて来るんです。

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 しかし、明るい所へ来ると、不思議なことに、いつの間にか、いなくなっているんですよ。
             (加藤あやさんのお話) 「村の今昔」細入歴史調査同好会編 より

神通峡をたずねて 猪谷かいわい24

猪谷に残る民話・伝説 その9


狐の嫁入り その二 
 
 田口のばあちゃんが、前庭で孫と一緒に十五夜のお団子を作りながら、何気なく川向かいを見ると、東猪谷から舟渡にかけて、提灯の灯が長々と点滅していました。

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 「ウアー狐の嫁入りだ。見て御覧。ほれ、あれが狐の嫁入りだよ・・・」
ばあちゃんが、せっせとお団子を作りながら、狐の嫁入りを見ている間に、お団子の数が、だんだん少なくなって行くのを、そばの孫は、不思議そうに見ていました。
                  (加藤あやさんのお話)「村の今昔」細入歴史調査同好会編 より

神通峡をたずねて 猪谷かいわい 23

猪谷に残る民話・伝説 その8

狐の嫁入り その一

 「狐に騙されて、暗い夜道を歩き回された」という話を、子供の頃よく耳にしましたが、これは、四~五年前の話です。
 孫娘が朝、「今日は帰りが遅くなります」と言って出掛けたので、そろそろ終列車(二十三時)が着く頃と、表に出て、猪谷橋の方向に目をやりますと、蛇場見の辺りに、チラチラと灯りが見えるではありませんか。
 「こんな真夜中に、しかもあの様な高い処で、一体何をしているんだろうか」などと思いながら、しばらく見ていましたが、灯りはなかなか消えません。
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「狐が人を騙す時は、その人の近くに、狐がいるんだよ・・・」と聞いていましたので、何だか薄気味悪くなって、急いで家に入りました。今でも、「狐の嫁入り」なんてあるのでしょうか。
              (森川津や子さんのお話)「村の今昔」細入歴史調査同好会編 より


プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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