水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

団塊世代の親父のブログです。
水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記 TOP  >  2012年05月

北海道スケッチ旅行 第11日目

第11日目(5月26日) 紋別~宗谷岬

 オホーツク海に面する紋別町は漁師町でした。港には百隻を超える漁船が繋留されています。それも、隊列を組んで、きちんと並んでいます。たくさんの大漁旗が風に揺れて、壮観な風景を作っていました。その中に見たことのない不思議な形をした大きな漁船が5隻停泊していました。白い船体は錆びで赤茶けています。船体の後尾の形が変わっていて、海の中から何かを引き上げるような構造になっているのです。誰か来たら、聞いてみようと思っていると、船の中から親父さんが下りてきました。「不思議な形の船ですね」私は親父さんに声を掛けました。

image5301.jpg
 
 「この船はトロール船だよ。海の中へ網を下ろして、海底の物を根こそぎ獲ってしまうという船なのさ。以前はこの船が15隻もあったんだよ。それが、魚を獲り過ぎるということで、9隻に減らされ、今はこの5隻だけになってしまったのさ。この辺りの海の底は、今では平になってしまって、魚もあまり獲れなくなってしまったよ」トロール船を恨んでいるような話振りです。どうやらこの親父さんは、船の乗組員ではないようでした。港に繋留されているたんさんの漁船もこの近くの海ではなく、ずっと沖の魚を追いかけているのでしょう。

 街中に「はまなす通り」というスナックや飲み屋が連なる賑やかな通りがありました。北の外れの町にこんなにたくさんの飲み屋があるのには驚きました。この町に住む人が飲みに行くには、その数が多すぎるように思いました。「最近は不漁続きで、漁師が減って店を閉じてしまった所が多いです。この時期はサンマが獲れるのですが、今年はさっぱりのようです」昨夜泊った旅館のお上さんが話していました。紋別の町は全国から魚を求めてやって来る漁師たちで支えられているのです。その魚もめっきり少なくなり、町は喘いでいるようでした。

 宿の女将さんが、素敵な絵を見せてくれました。女将さんのお父さんが描いたスケッチでした。ペンでしっかり描き込まれ、色が丁寧に塗ってありました。「もう、父は亡くなってしまったのですが、これは父の形見として大切にしているのです。父は油絵も描いていたのですが、それは全部売ってしまいました。1枚残しておけばよかったと今は反省しているのですが」女将さんは私の描いたスケッチを見ながら話してくれました。「なかなか素敵な絵を描いていますね。頑張りなさい。きっと素晴らしい絵が描けるようになりますよ」女将さんに励まされて宿を後にしました。紋別港でトロール船をスケッチしました。先ほど見たお父さんのスケッチのようにはいきません。努力を積み重ねれば、私もあのようなスケッチが描けるようになるのでしょうか。そんなことを考えながらスケッチブックを閉じました。港の漁船は動き出す気配もなく、静かに停泊していました。

 久しぶりに青空が覗き、オホーツクの海を見ながらの旅は快適でした。何処までも続く真直ぐの道をどんどん走って行きました。「枝幸町道の駅」がありました。休憩することにしました。近くに大きなオートキャンプ場があるので、そこでお湯を沸かし、昼ご飯にしました。また、今日の昼もカップラーメンになりました。「そんなものばっかり食べているといかんよ」家族の声が聞こえて来るようです。

 ところで、このキャンプ場にも立派な施設が建っていました。全国いろいろ旅していますが、特にこの2~3年、こういう施設がやたら建てられているように思います。それは温泉施設だったり、保養施設だったり、キャンプ場だったりです。また、道路建設も著しく、巨大な橋や立派なトンネル、広い道路など至る所に作られているのです。確かに、使用して快適ですが、果たして採算が取れているのでしょうか。たとえば、この施設も使用は夏だけに限られています。しかも、使用するのは全国からやって来るドライバーやライダーが主なのではないでしょうか。とても採算ベースにはのっていないと思われます。建設費は、施設を作ったゼネコンや建築会社に流れたのでしょうが、そういう建築会社は、現在どんどん倒産しているのです。莫大な借金だけが残されたということになります。今、国や地方自治体は、巨額の借金を抱えています。まだ、その借金は返済し始めてはいないのです。何と、これからもさらに借金を増やそうというのですから、日本はどうなってしまうのでしょうか。「庶民は心配しなくてもいい」というのかも知れませんが、実際に自分の目でこういう施設を目の当たりにすれば、心配するなという方が無理です。

 カーラジオから「日本の国債評価が、三流国の仲間入りをしました」というニュースが流れて来ました。「そんな馬鹿な話はない」と塩川財務大臣が怒っているということですが、「その通りでないか」と私は思いました。「このまま行けば、日本が近い将来潰れてしまうのではないか」と私は心配しています。

image5302.jpg

 かなり固い話を書いてしまったようです。枝幸町の三笠山展望台(もちろんここにも立派な施設が建っています)からオホーツクの海と雄大な大地が見えました。思い切り時間を使って、スケッチブック一杯に描きました。「自分にもこういう景色が描けるようになったのだ」と少し自信の持てる作品になりました。  

image5303.jpg

 宗谷岬へ到着しました。三角形の記念碑が見えます。今から4年前、私は大きなリュックを背負ってこの記念碑の前に立っていました。今でもその時のことをはっきり覚えています。当時、私は小学校の6年生を担任していました。担任していた学級は崩壊状態でした。長い夏休みを迎え、ストレスから逃れるように北海道へやって来たのです。「宗谷岬から歩いてみよう」という目標を立て、この記念碑の前に立ちました。バイクや自転車でやって来た若者たちで記念碑の前は賑やかでした。

 リュックを背負い、私はここから歩き始めました。焼けるような熱いコンクリートの道をがむしゃらに歩き続けて1週間。羽幌町で私の挑戦は終了しました。途中、多くの人に出会い、助けてもらったことも何度かありました。バイクや自転車で旅している若者たちともいっぱい話をしました。がむしゃらに歩いた旅でしたが、北海道の人や北海道の風景、それから北海道を旅して若者たちからたくさんのエネルギーを貰いました。その年の3月、子どもたちは卒業して行きましたが、「北海道へ歩きに来なかったら、私の手で卒業させることができなかった」と思っています。そんな思い出のある記念碑です。

 あれから4年。私の環境は大きく変わりました。教員を退職し、名古屋から富山県細入村へ引越しました。そして、「気ままな旅」を続け、何時かは原稿が売れる物書きを志す身になりました。そして、今回は、スケッチ旅行に出掛けて来たのです。今回も思い掛けない出会いがあり、新しいヒントを幾つか貰えたように思います。とにかく、自分の目指している道は、時間が掛るのです。5年、10年というスケールで見なくていけないのです。「あせらず、じっくり」。宗谷岬に来て、そのことがはっきりしました。「北海道へスケッチ旅行に来てよかった」と思いました。

 「いつまでのんびり旅行しているの?我が家も忙しいのよ」上さんの声が聞こえて来そうです。今回のスケッチ旅行はここで終了しようと思いました。しかし、ここは日本の最北端。ここから富山は遠いです。まだ4日ほどは掛りそうです。気ままな旅はまだまだ続きそうです。(完)

北海道のスケッチ 宗谷~小樽

「サロベツ原野の廃屋」    
image5304.jpg
    
「苫牧町の風車」
image5305.jpg

「苫牧町の風車」 
image5307.jpg

「厚田村農昼港にて」
image5308.jpg

「留萌の風車」
image5306.jpg

「小樽港にて」
image5309.jpg







[ 2012/05/30 06:17 ] ふらり きままに | TB(1) | CM(0)

北海道スケッチ旅行 第10日目

第10日目(5月25日) 羅臼~紋別 

 昨夜は羅臼町にある民宿「マルマン」で泊りました。温泉はありませんでしたが、小奇麗な民宿で1泊6500円でした。びっくりするような豪華な料理がたくさんで出て来ました。カニ鍋には食べきれないほどのカニが入っていました。羅臼の「道の駅」で紹介してもらったのですが、いい民宿でした。
 
  朝早く、羅臼港へスケッチに行きました。天気がよければ見えるという羅臼岳も国後島も霧の中に隠れていました。昨日、知床半島を横断する国道を走りました。天気がよく、ウトロから、のんびりドライブを楽しんでいました。高度が高くなるに連れて、道の横には、雪が見えるようになり、フキノトウがやっと顔を出したという所でした。キタキツネやエゾシカの姿も見つけました。峠の展望台からは羅臼岳の頂きが雲の合間にチラッと見えました。峠には遅い春がやっと来たという感じでした。しかし、山を下り始めた頃から、霧が出始めました。しまいには、ライトを付けて走行するほどの濃い霧になりました。「羅臼は、いつも濃い霧に包まれています」と宿のお上さんが話していましたが、今朝も羅臼は濃い霧に包まれていました。

image5291.jpg
 
 スケッチをしていると、漁船の船団が、凄いスピードで目の前を通過して行きました。モーターボートのように船先を浮かせた船には、黒いドライスーツを来た漁師たちが、7~8人ずつ乗り込んでいます。今からコンブ漁に出掛ける姿に見えました。国境の海での漁がこれから始まるのです。男たちの逞しいエネルギーが猛スピードで疾走する船から伝わって来ました。
 
  しばらくすると、小型の漁船が港へ入って来ました。漁を終えて帰って来たようです。桟橋には、6人ほどの人が船を待っていました。家族のようでした。やがて、船から魚の入ったトロ箱が下ろされ、次に長い網が下ろされました。網には小さな魚が一杯掛っています。家族総出で、長い網から魚を外す作業が始まりました。桟橋のコンクリートの床に座り込んでの作業が始まりました。みな、実に手際よく魚を網から外していきます。感心しました。魚はタラとホッケがほとんどでしたが、大漁とまではいかなかったようです。カモメがおこぼれを貰おうと空を舞っていました。

  霧が晴れて、国後島が見えます。羅臼から国後島までの距離は僅かに20数km。その姿をはっきり見ながら、私は車を走らせて行きました。「知床の岬に…遥か国後に白夜は明ける」と歌われる「知床旅情」が、羅臼で詠まれた詩だということがよく分かります。カーラジオから、「今日、尾身北方大臣が国後島へ行きます」というニュースが流れて来ました。羅臼の人たちは、鈴木宗男氏のこともあり、複雑な気持ちでこのニュースを聞いているのでしょう。羅臼は国境の町でした。

  標津町から知床半島を横断して斜里町へ抜けました。羅臼はいい天気でしたが、知床半島を横断するころから雲が多くなり、網走へ着く頃には雨になっていました。今年の冬、私は流氷を見に網走へやって来ました。その時見学した所へ寄って行くことにしました。
 
  美しい花が咲くという「小清水原生花園」は、野焼きをしたばかりで、真っ黒な野原が見えるだけでした。花はどこにも咲いていませんでした。それなのに、観光バスが引切り無しにやって来ました。スケジュールが決まっているので場所の変更ができないのでしょう。たくさんの観光客が、黒く焼けた野原をバックに記念撮影をしていました。たいへん奇妙な風景に見えました。「日本的な風景」というのは、こういうのをいうのでしょう。

image5292.jpg
 
  白鳥がたくさん群れていたトーフツ湖はひっそりとしていました。白鳥たちはシベリアへ無事帰ったようです。
JR釧網本線北浜駅へ行きました。「網走番外地」の映画で有名になった駅です。駅舎の壁は、相変らずたくさんの切符が張り巡らされていました。駅の中にあるコーヒー店も繁盛しているようでした。
 
  網走港へ行きました。たくさんの観光客がいたオーロラ号の発着場は扉が固く閉まり、ひっそりしていました。真冬、陸に上げられていたたくさんの漁船は、港の桟橋に繋がれて、雨に濡れていました。今日は漁が休みのようです

image5293.jpg

  赤レンガ塀が続く網走刑務所へ行きました。たくさんの観光客が刑務所の門の前で、にこやかな顔で記念撮影をしていました。門の中には受刑者がいるのですから、不思議な風景に見えました。日本は平和なのでしょう。

  真冬に列車やバスを乗り継いで苦労して見学した所を、車であっという間に通り過ぎてしまいました。車で作る思い出はかなり軽いようです。 

image5294.jpg

  雨が降り続く中、車を走らせました。能取湖の横を走っているようです。大きな湖で、対岸が霞んで見えます。駐車場で休憩し、車の中でスケッチしました。水辺にある立派なキャンプ場は固く扉が閉まり、雨に濡れていました。北海道のキャンプ場はどこも立派な施設が建っています。真夏にはライダーたちで賑わうのでしょうが、採算は全く合わないのではないかと思いました。
 
  サロマ湖の横を走りました。北海道で1番大きな湖です。大きな波が岸辺に打ち寄せていて、湖でなく海のようでした。この湖は塩水ですから岸辺にいたら海そのものに感じるでしょう。

  サロマ湖のドライブインで遅い昼食にしました。漁協直営の店があり、新鮮な魚や貝が並んでいました。大きなホッキ貝が3つで500円でした。「焼いたのは美味しいですよ」おばさんが勧めてくれました。貝柱が3つ載った皿をおばさんが運んで来ました。「あの大きかった貝がこんなに小さくなるのですか」とつい口が滑ってしまいました。「腹も食べる人がいますが、お客さんには勧められません。貴方、食べたかったの?」おばさんは笑っていました。ホッキ貝の貝柱は甘味があって、こりこりしていました。サケ、タラ、サクラマス、イカ、ホッケ、カニ、ホタテ、ツブ貝…。新鮮な魚がたくさん並んでいます。「買い込んで、料理したら美味しいだろうなあ」と思いました。しかし、キャンプ場で寝るのはこりごり。やはり、ホテルか旅館に泊る方がいいです。そう思って買うのを止めました。雨の中、私は車を発車させました。今晩はどこの町で泊るのでしょう?



[ 2012/05/29 15:57 ] ふらり きままに | TB(1) | CM(0)

北海道スケッチ旅行 第9日目

第9日目(5月24日) 斜里~羅臼 

 小雨が降る朝でした。昨夜、斜里にある温泉宿「湯元館」に一緒に泊ることになった親父さんと話が弾み、夜遅くまで飲んでしまいました。その親父さんは九州宮崎からやって来たライダーでした。絵画展や写真展の企画・運営が本業だということでしたが、旅をするのが楽しくて、今回は北海道を一周するのが目標だということでした。「1日500kmは走っています。大きなトラックと擦れ違うとバイクが振られて、恐いです。北海道の道路は命がけですよ」ライダーの親父さんは笑っていました。
 
 「スケッチしながら旅をしています」私が話すと、「絵を見せてください」と言われてしまいました。「まだ、絵を描き始めて2年。やっと色が付けられるようになりました」と今回描いたスケッチを見てもらいました。「なかなか面白い絵を描いていますね。ここなんかいいですね」と錦大沼公園の絵を誉めてくれました。「どの絵もスケッチでは遠近がしっかり描けていますから、色の塗り方を勉強されるといいですね。遠くは薄く、近づくに連れて濃く着色できるようにすると、色でも遠近感が出せます。これからしっかり勉強すればいい絵が描けるようになりますよ」親父さんはプロの目で誉めてくれました。そういうことがあって、盛り上がってしまったのでした。
 
 ライダーの親父さんは私より少し早く温泉宿を出発していきました。今日は知床半島を巡るということでした。私も知床へ行く予定です。ひょっとしたらまた、どこかで会うのかも知れません。

 image5281.jpg

 知床半島の入り口にある「オシンコシンの滝」へ行きました。観光バスも停まっています。知床では有名な滝のようです。滝を真正面にしてスケッチしました。観光客が私の絵を覗いていきます。下手な絵を覗かれるのは本当に恥ずかしいものです。スケッチだけして、その場を後にしました。これから努力を続ければ、その内、人ごみの中でも描けるようになるのかも知れませんが…。
 
 知床半島の先端にあるウトロ港へ行きました。「知床の岬にハマナスの咲く頃…」と森繁久弥の歌う「知床旅情」が港に流れています。知床半島を巡る間、何度もこの歌を聞くことになるのでしょう。観光船「オーロラ号」が知床半島巡りにこの港から出航しています。桟橋に2隻のオーロラ号は停泊していました。歌はオーロラ号から流れているようでした。「オーロラ号」は、真冬は、流氷観光船として網走港から観光客をたくさん乗せて出航していました。夏は知床半島巡りの観光客がたくさんやって来るので、この時期は知床で活躍しているのです。

image5282.jpg

 私は港の漁船をスケッチすることにしました。数人の男たちが魚の水揚げ作業を忙しそうにしています。あまり魚は獲れていないようでした。その横でスケッチしているのですから、胡散臭い目で睨まれてしまいました。カモメが漁船の周りを飛び交っています。おこぼれの魚を貰おうというのでしょう。しかし、今日は魚が少なく、おこぼれはないようです。
 
 スケッチを終え、車の所へ戻りました。そこへ10人ほどの観光客が、黄色の目立つ制服を着た若者に連れられてやって来ました。「オーロラ号とは違う桟橋に何の用があるのだろうか」と見ていると、小さな船がやって来ました。それは小型の観光船でした。観光客はその船に乗り込んで出航していきました。黄色い制服の若者が戻って来たので、「小さな観光船もあるのですね」と私が声を掛けると、「ええ、オーロラ号とは違う小さな会社でやっています。よかったら乗りませんか。3000円です。オーロラ号は2700円ですが、車の駐車代が410円掛かりますから、こちらの方が割安です」若者は詳しく説明してくれました。それにしても、1時間近い乗船で3000円とは高い乗り物だと思いました。

 車を見て、ビックリ。ボンネットや窓ガラスが真っ白に汚れているのです。「こりゃあ何だ!」よく見るとそれは鳥の糞でした。見上げると、車の真上に街路灯があり、そこに止まっていたカモメが糞をしたのです。車の掃除をすることなりました。お陰で汚れていた車はピカピカになりました。カモメに感謝しなければいけないのかも知れません。
 
 知床半島の先端へ向って車を走らせました。「知床自然センター」という建物を見つけました。中には知床半島の自然を紹介したパネルやパンフレットなどが置いてありました。ハイキングコースがあるというので歩きに行くことにしました。「ヒグマが出るかもしれないと書いてありますが」受付の女性に質問しました。「この知床にはヒグマがたくさん住んでいます。どこで出会っても不思議ではありません。ヒグマの生活圏の中にわれわれ人間が入りこんでいるのですから。鈴や笛で居場所を知らせたりすれば安全ですよ、もし、ヒグマに出会っても慌てないで、目をそらせないでゆっくり後ずさりしてください」女性は丁寧に説明してくれた。「鈴を貸しましょうか」とまで言ってくれた。私の胸のポケットに小さな鈴が付いています。もちろんクマ避けのために付けているのですが、「これで大丈夫です」と小さな鈴を鳴らしてみせました。「少し音が小さいように思いますが、たぶん大丈夫でしょう」と受付の女性に笑っていました。たぶんクマは出ないのでしょう。

 自然歩道を歩いて行きました。クマザサが生い茂り、確かにクマが出ても不思議ではない風景です。しばらして視界が開け、遠くに展望台と白い燈台が見えました。展望台と燈台は断崖の上にあるようです。展望台へ行くことにしました。向こうから3人の女性が歩いて来ました。皆、手に大きなビニル袋を下げています。見ると、ビニル袋にはワラビがぎっしり詰まっていました。「ワラビがたくさん顔を出していて、少しの時間でこんなに採ってしまいました」女性が興奮しながら話してくれました。

image5283.jpg
 
 展望台からは真っ青な海が見えました。高い断崖の途中から大きな滝が流れ出て、海に注いでいます。「フレペの滝(乙女の涙)」と表示されていました。スケッチをすることにしました。絵を描いていると、滝の真下にオーロラ号がやって来ました。「海から見た景色は凄いのだろうなあ」と思いました。スケールを感じさせるスケッチにはなりませんでした。

 帰りに、自然歩道横の野原へ入ってみました。足の踏み場もないほどたくさんのワラビが顔を出しています。知床も山菜の宝庫のようです。

 「→岩尾別温泉」という看板を見つけました。鄙びた温泉宿があれば、予定を変更してそこで宿泊するのも面白そうです。行ってみることにしました。舗装されてはいますが、道は車1台がやっと通れるくらい幅しかありません。鄙びた宿を期待しながら走って行きました。道の終点が岩尾別温泉でした。何と、立派なホテルが建っていました。がっかりしていますと、外国人の女性3人がホテルの玄関から出て来ました。小さなリュックを背負っています。どうやら宿泊を断られた様子でした。彼女たちはこのホテルまで、あの道を歩いて来たのでしょう。ここまで来て断られるとは、運の悪い話だなあと思いました。ホテルの近くに「無料露天風呂あり」という看板が見えます。露天風呂に入るのも面白いかもと、覗いて行くことにしました。残念ながら、露天風呂は若い二人連れが使用していました。早々に戻り、車を発車させました。知床の観光化はかなりのスピードで進んでいるようです。

 狭い道を向こうから自動車が進んできます。岩尾別温泉へ行くのでしょうか。すれ違うことが難しいので、少し広くなつた所でその車を待ちました。その車の運転台に何かゴチャゴチャ立っています。商売の品物が並んでいるのだろうかと思いました。私の車の横でその車が停車しました。見ると、お婆さんが運転しています。ゴチャゴチャ立っていたのは絵筆でした。「たくさん面白いものが並んでいますね」私が声を掛けると、「いやあ、スケッチしながら旅しているから、ここへ並べているんや」お婆さんの元気な声が返って来ました。「えっ、スケッチしながら旅してるの!私と似たことをしている人がいる!」私は慌てて車を降り、お婆さんに詳しい話を聞くことにしました。

 お婆さんは、静岡県三島の人でした。年齢は70才。スケッチ旅行をするのが老後の楽しみで、改造した軽自動車で旅を続けているということでした。車の中には簡易ベッドを据付け、自炊道具も全部揃っていました。私よりも遥かに上手を行く、大ベテランでした。

image5284.jpg
 
 「今から一緒にスケッチしよう」ということになりました。スケッチを始めましたが、川の流れの向こうにある景色を描くのは難しく、途中で私は、描くのをあきらめました。それからは、お婆さんが描くのを眺めることにしました。
 
 「絵を描き始めて20年になります。先生に付いて勉強したこともありますが、お金ばかり掛かって、しっかり教えてもらえず、それからは独学でやっています。油絵や日本画は時間が掛かるから、今は短時間でできる水彩画を楽しんでいます。個展も何度かやりましたが、お金が掛かるから、今は自分で楽しむだけです」お婆さんは私の質問に真剣に答えてくれました。「何といってもスケッチが大切ですね。あまりしっかり描き込まなくてもいいですが、物の特徴をきちんと掴むことが大切です。色は薄い所から順に付けていきます。手前の物は後の物よりも濃い色できちんと塗ると、描きたいものが浮び上がります」1時間ほどでしたが、水彩画の描き方について丁寧に教えてくれました。初めて聞くことばかりでしたが、実際に描くのを見ていたので、私には本当に勉強になりました。きっと今日も、お婆さんは、あの軽自動車でスケッチ旅行を楽しんでいるのでしょう。旅には不思議な出会いがあるものです。


[ 2012/05/28 06:52 ] ふらり きままに | TB(1) | CM(0)

北海道スケッチ旅行 第8日目


第8日目(5月23日) 釧路~斜里 

 昨夜、釧路駅前の飲み屋で会った女性から、「釧路湿原を見るなら、もっといい所があます」と別の展望所を教えてもらいました。今日はまずそこへ出掛けることにしました。
 
 釧路から弟子屈へ向かう国道の途中に「細岡」というJR釧網本線の駅があります。その駅のすぐ近くに釧路湿原展望台があり、そこへ上ると「湿原を流れる釧路川の曲がりくねった蛇行」が見られるというのです。女性は釧路市内を抜けるための詳しい地図まで書いてくれました。北海道には親切な人が多いのです。
 
 国道を80kmのスピードで飛ばし、釧路市内から30分ほどで「細岡」に到着しました。釧路川が駅のすぐ横を流れ、川ではカヌーを楽しむ人の姿も見えました。自然の流れをカヌーで下る気分はどんなでしょうか。釧路川は、カヌー下りには日本で最高の川だということです。

image5271.jpg
 
 細岡展望台へ行きました。昨日よりももっと間近に釧路湿原を望むことができました。釧路川が蛇行しながら流れているのがよく分かりました。スケッチを始めました。そこへ30人ほどの中学生がやって来ました。修学旅行のようでした。私は場所を少し移動し、スケッチを続けました。態度のよくない男生徒も5人ほどいます。写真屋さんが苦労しながらポーズをとらせて記念撮影をしていました。

 しばらくして、男の先生が釧路湿原について説明を始めました。「みなさんの目の前に広がる釧路湿原は、面積が2万6千ha、東西10km、南北30kmもある広大な湿原です。日本の湿原の60%を占めています。今から3千年くらい前に誕生したと考えられています。以前この湿原を改造して大牧場にしようと考えた政治家がいました。田中真紀子さのお父さんの田中角栄という人です。しかし、『湿原を守ろう』という声が大きくなり、その計画は中止されました。1980年『ラムサール条約』という水鳥の生息地として国際的に重要な湿地を守ろうという条約に釧路湿原は登録され、1986年に国立公園に認定されました。タンチョウヅルをはじめ、貴重な生物がこの湿地で生活しています…」男先生は熱弁を奮っていました。ぐうたらしていた生徒たちもこの男先生の熱弁はしっかり聞いていました。男先生の迫力に圧倒されたようでした。「先生は、ああでなくてはいけない」と私は思いました。私にも大変勉強になった一時でした。

 タンチョウヅルの来る駅として有名な「茅沼」へ行きました。今年の冬に、ここを列車に乗って通りました。雪が激しく降る中に2羽のタンチョウヅルの姿を見つけ、興奮した思い出があります。

 小さな駅には「タンチョウヅルの来る駅」と看板が立てられていました。冬になれば、ここへタンチョウが帰って来るのでしょう。

 弟子屈へ向けて車を走らせて行きました。「→釧路湿原方面」という看板が出ています。まだ時刻は10時過ぎ。行ってみることにしました。

 アスファルトだった道路が突然砂利道に変わりました。しばらくして右側に川が現れました。釧路川の堤を走っているようです。行けども行けども砂利道が続きます。ガタガタ道を砂埃をもうもうと立てながら走って行きました。釧路湿原の真只中を走っているようです。こういう道が延々と続くのでしょうか。もう走るのが嫌になりました。しかし、どこかでUターンして引き返そうにも、道が狭くて進むより他に手はありません。仕方なく、走って行きました。堤が少し広くなった所を見つけました。車をUターンしようと茂みに入ると、小さな空き地があって、車が2台停まっています。釧路ナンバーの車でした。すぐ近くで親父さんが2人、ルアーを投げていました。「サクラマスを狙っているのです」メガネの親父さんが教えてくれました。釧路湿原を流れる釧路川は禁漁区ではないということでした。

image5272.jpg
 
 その近くで、釧路川をスケッチすることにしました。緩やかな流れの中には、小さな魚の群が泳ぎ、芽吹いたばかりの木々の葉が、川面に映っていました。日曜日にはこの流れをカヌーに乗って下る姿が見られるのでしょう。のんびり描いたことがよかったのか、新緑の風景になったようです。40分ほどその場にいましたが、釣り人のルアーには魚は掛かりませんでした。釧路湿原は人々の貴重な憩の場にもなっているようです。
 
 摩周湖を見学しました。切り立った崖に囲まれた湖で、透明度が高いので有名です。学生時代に訪れたことがありました。30年以上も前のことですから、薄っすらとしか記憶がありませんが、青い湖の色が頭に残っています。天気がよく、青い湖と、崖に生えるシラカバの木と新緑がよくマッチしていました。あまりの強風でスケッチどころではありませんでした。
 
 川湯温泉へ向かいました。「いい温泉があるから入るといいよ」昨日会った女性が教えてくれたのですが、大きな温泉街で入る気分になれませんでした。

image5273.jpg
 
 川湯温泉にある硫黄山へ行きました。登別温泉の地獄谷のような火山でした。火口からは噴煙が上がっています。観光場バスが引切り無しにやって来て、観光客が記念撮影をしていました。その横でスケッチを描きました。面白い絵になりました。

image5274.jpg
 
 東藻琴村の芝桜公園へ行きました。白色と赤色のシバザクラが山一面に植わっていました。スケールの大きさはさすがに北海道です。開花時期を迎え、素晴らしい景色でした。公園はたくさんの観光客で賑わっていました。
 
 「どういう育て方をしているのですか」係のお爺さんに声を掛けました。「ずっと植えたままですよ。草取りとか水遣りとか冬を除けばずっと世話をしています。これまでになるには30年近くかかりました。富良野の近くの美瑛にもよく似た景色の所がありますが、ここのシバザクラは北海道1の景色だよ」係のお爺さんは胸を張って話してくれました。スケッチに挑戦しましたが、スケールの大きさは表現できそうにありませんでした。
 
 今日の宿泊地は知床半島の斜里町と決め、車を走らせました。これからは太平洋沿岸からオホーツク海沿岸を走ることになります。まだまだ旅は続きます。




 
[ 2012/05/27 06:45 ] ふらり きままに | TB(1) | CM(0)

北海道スケッチ旅行 第7日目

第7日目(5月22日) 広尾~釧路

 昨夜は、広尾町の「ホテル東陽館」に宿泊しました。部屋もゆったりとしていて、美味しい食事が出て来ました。1泊2食で6500円と格安のホテルでした。しかし、この日宿泊したのは、僅かに5人、このすぐ近くの庶野にある民宿は満員だったのですが、ここはビジネスホテルではないので、ビジネスマンは敬遠するのでしょうか。民宿に比べればやはり割高なのでしょう。こんな少人数の客では、経営は火の車なのではないかと思いました。
 
 このホテルのフロントで私を出迎えてくれた若者は、ホテルの料理作りを担当していました。物静かな若者でしたが、食堂で料理を運んで来た時に、丁寧に挨拶をして、料理が盛ってある皿をテーブルに載せていました。精一杯努力して料理を作っていますという感じが伝わってきました。朝の食事は和食メニューでしたが、やはり若者から丁寧な挨拶がありました。そのうち彼は一流のシェフになるのではないでしょうか。一生懸命働いている姿を見るのはいいものです。

image5261.jpg

 ホテルの窓から見える日高山脈と広尾の町並みをスケッチしました。今日は上天気のようです。日高山脈の高い山並みには、まだ雪が残り、朝日に白く光っていました。遠くからはカッコーの鳴き声も聞こえてきます。

 朝食の後、広尾港へスケッチに出掛けました。港は波もなく穏やかで漁船が何隻も停泊しています。しかし、人影は見えません。港の横の防波堤に行きました。堤防へ上ると外洋が見えました。何と大きな白波が激しく押し寄せています。これでは出漁できないのは当然だと思いました。

image5262.jpg
 
 漁船をスケッチしました。今回の旅では初めて漁船を描くことになります。漁船のスケッチもこれからたくさん描くことになるのでしょう。
 
image5263.jpg

 堤防へ押し寄せる荒波をスケッチしました。堤防からは、昨日走ってきた「黄金道路」のトンネルが見えています。険しい断崖の下に道が付いているのがよく分かりました。
 
 写真に撮ろうとデジカメのシャツターを押しました。そこで、思ってもいなかったハプニングが起きました。「フロッピーが一杯になりました」という表示が出たのです。これから先、デジカメが使えないのです。「どこかでパソコンショップを見つけてフロッピーを購入しなければいけない」と焦りました。
 
 慌ててホテルへ戻り、フロントで聞いてみましたが、「電気屋は大通りにありますが、帯広まで行かないとパソコン屋はありません」とフロントの男性からは冷たい返事が返って来ました。
 
 とにかく電気屋へ行ってみることにしました。「デジカメのフロッピーは生憎ですが置いていません」ここでも冷たい返事です。今日は諦めて、インスタントカメラにすることにして、写真屋へ行きました。何とその写真屋にデジカメのフロッピーがあったのです。「燈台下暗し」と言いますか、時代は変わり、写真屋はデジカメ写真を現像するようになり、デジカメを置くようになつたのです。もちろんフロッピーもです。無事フロッピーを手に入れることができ、「めでたし、めでたし」でした。

 広尾町から釧路へ向かいました。天気は快晴です。心地よい風を受けながら、時速80kmで車を走らせました。忠類村のナウマンゾウ発掘地を見学し、大樹町に入りました。

 10時過ぎ、道路脇に車を停め、休憩にしました。ふと見ると、車の横にウドの新芽があるのです。思わず手を伸ばし、ウドを採りました。ひょっとしたらまだ、ウドがあるのではと思い、その辺りを歩き回りました。3本もウドを見つけてしまいました。

 ちょうどそこへ、軽トラックがやって来ました。私の車の横に軽トラックは停車し、2人のお婆さんが下りてきました。「山菜取りですか」声を掛けると「ええ。少し向こうで探していたのですが、さっぱりでした」少し肥ったお婆さんから返事が返って来ました。「この辺りにはあるようですよ」私は手に持っていたウドを見せました。

 「じゃあ、ここで少し探しますか」少し肥ったお婆さんは、もう1人の小柄なお婆さんに言いました。お婆さんたちは、身なりを整え、大きなビニル袋を持ち、山菜取りに出発します。北海道での本格的な山菜取りのチャンスです。私も仲間に入れてもらうことにしました。「どうぞ、2人よりも3人の方が心強いですから」小柄なお婆さんが言いました。この辺りは熊の出没地帯なのです。私たちは道路から外れて、山の中へ入って行きました。

 「ありました!」まず、見つけたのは、ウドです。ウドの枯れ枝があちらこちらに横たわっていました。その根元から新芽が芽吹いていました。次に見つけたのは、ゼンマイでした。本州で見るゼンマイと少し色が違っていましたが、白い綿帽子を被ったゼンマイでした。斜面に沿って生えていました。「これは、行者ニンニクという山菜ですよ」と小柄なお婆さんが教えてくれました。名前は聞いたことがありましたが、見たのは初めてでした。手に取ると、ニンニクの香りが漂ってきました。瞬く間に、持って来たビニル袋は、ウドやゼンマイで一杯になってしまいました。車の所まで戻ることにしました。小太りのお婆さんは、大きなビニル袋を担いでいました。1番たくさん山菜を取っていました。

image5264.jpg

 もう一度出掛けることにしました。今度はクマザサの間を歩いて行きました。親指ほどの太さの立派なワラビがたくさん生えていました。一抱えもワラビを収穫し、車に戻りました。北海道は山菜の宝庫だということを実感しました。私は、収穫した山菜のうち、ウドとワラビを袋に一杯もらいました。2年前に行った釧路の飲み屋へのお土産にすることにしました。

 山菜取りで困ったことが1つあります。それは、真っ赤な色をしたヤマダニが一杯、体に付いたことです。釧路へ向かう間中、体が痒くなって何度も車を停めて、シャツを点検する破目に陥りました。「山菜取りは、よいことばかりではない」ということも学びました。もちろん、その夜行った釧路の飲み屋さんでは大歓迎されましたが・・・ダニのことを思い出すと今でも痒くなります。山菜取りにはくれぐれもご注意を!

 釧路市に入りました。「→釧路湿原展望台」という表示が見えます。時刻はまだ3時。釧路湿原を見学に行くことにしました。「ひょっとしたらタンチョウヅルに会えるかも知れない」そんな期待感も抱きながら車を走らせました。

 しばらく走ると釧路湿原展望所に到着しました。駐車場には観光バスも2台ほど停まっています。立派な展望台です。入口で入場料を払い、中へ入りました。剥製のタンチョウヅルや釧路湿原に関する資料などが展示されています。お土産コーナーもありました。

 屋上へ上ると、広大な釧路湿原が眼下に広がっていました。北海道でしか見られない風景でした。「タンチョウヅルはどこへ行ったら見られますか」受付の女性に聞きました。「今は子育て時期ですから、湿原の中に行ってしまいました。冬ならこの辺りでも見られるのですが、無理ですね。タンチョウヅル自然公園で飼育していますから、そこへ行けば見られますが…」受付の女性は丁寧に教えてくれました。タンチョウヅルに会うことは諦めることにしました。

image5265.jpg

 1時間ほどで周れる散策コースがあるというので、スケッチブックを持って出掛けました。シラカバ林の中にクマザサが生い茂り、春の草花が一斉に芽吹き、いい気分です。「クマに注意」という立て札が立っていましたが、観光客も歩いていますので、その心配はないようです。小高い丘を上り切った所に展望台がありました。先ほどの展望台から見た景色よりもはっきりと広大な釧路湿原を見ることができました。釧路湿原は、赤茶けたオレンジ色と薄い紫色の巨大な絨毯のようでした。オレンジ色は枯れた草の茎の色でした。紫色は、ハンノキの芽吹きの色のようでした。遥か彼方にある山まで、延々と平らな平原が続いています。スケッチしましたが、広大な釧路湿原を表現することは大変難しかったです。「百聞は一見に如かず」実際に見ないと、このスケールは理解できないと思いました。この釧路湿原は国立公園として大切に保護されていました。
[ 2012/05/26 06:49 ] ふらり きままに | TB(1) | CM(0)

北海道スケッチ旅行 第6日目

第6日目(5月21日) 新冠~広尾

 「襟裳の春は何もない春です…」大きな歌がスピーカーから流れています。ここは襟裳岬の突端、燈台のある景勝地です。今日も小雨が降り続き、北海道へ来てから太陽の姿は1度もみたことがありません。北海道はしばらく前までは日照りが続きで、「この雨は恵みの雨です」と会う人は皆、口を揃えたように話していました。しかし、旅に来た私には恨めしい雨です。

 襟裳岬は、強風が吹き荒れていました。ここでは20mを超える風も珍しくありません。今年の冬も30m近い風が吹いていました。「強風が吹けばコンブが流れ着く」と真冬に会った襟裳の漁師は、強風が吹くことを待ち望んでいました。きっと今日は、襟裳の浜にコンブが押し寄せているのでしょう。

image5251.jpg

 小雨交じりの強風の中、燈台の陰に入ってスケッチをしました。岩礁が岬の先端から海の中に連なっています。大波が岩礁にぶつかり、白波を立てていました。「岩礁には、ゼニガタアザラシが住み着き、日光浴をする姿も見られます。夏には、カヌーに乗ってアザラシに会いに行くツアーもあるんですよ」と今年の冬、泊った旅館の女将さんが話していました。スケッチをしている間もずっと「襟裳岬」の歌が流れていました。確かに襟裳灯台のある辺りは草地で何もないのかも知れませんが、海岸にはコンブが流れ着き、少し離れた日高の山々には山菜が山のように芽生えているのではないでしょうか。「何もない春です」は、やはり疑問が残る詩です。

 燈台横の売店で、昼ごはんにしました。「昆布ラーメン」を食べました。ラーメンのように細く切ったコンブが入っていて美味しいラーメンでした。

 襟裳岬燈台下の海岸へ行きました。大波が激しく押し寄せていました。浜辺にはコンブがたくさん流れ着いています。このコンブを天日に干せば、「日高コンブ」になるのです。もちろん、関係のない私がコンブを拾えば、密猟者になってしまいます。コンブは全て漁民の物です。「この沖合いは、コンブの宝庫だよ。あの岩の向こうには、天然コンブが生い茂っているんだよ」厳しい冬、コンブ拾いをするお婆さんが話していたのを思い出しました。遠くの浜を見ると、ドライスーツを着た人が1人、海の中へ入ってコンブを拾っていました。

image5252.jpg

 防波堤の波消しブロックを風除けにして、スケッチブックを開きました。押し寄せる波を描きました。機会があれば厳しい自然の中で働く漁師を描いてみたいと思いました。

 襟裳岬から少し行った所に「百人浜」と呼ばれる所があります。車で走っていたら、突然空が開けて、太陽が顔を出しました。駐車場に車を停め、その辺りを歩いてみました。海岸線の白い波が太陽の光を受けてキラキラ輝いていました。襟裳岬周辺はかっては、ダケカンバやカシワなどが生い茂る林だったそうです。それが、昭和初期の開拓で全て伐採され、草木がなくなり、砂漠化し、表土が海へ流れ出し、魚やコンブもほとんど取れなくなったそうです。「これではいけない」ということで昭和28年から緑化事業が始められ、緑の林がだんだんよみがえり、海も豊かさを取り戻しつつあるとのことでした。広大な百人浜の林の中にも春の草が花をさかせているのでしょう。「襟裳の春は、とても素晴らしい春です」

 襟裳岬から広尾町へ向かって国道336号線を走って行きました。この道路は「黄金道路」と呼ばれています。日高山脈が海へ没する所で、険しい断崖の海岸が続いています。この断崖に道路を付けることになり、莫大なお金が投入されました。昭和9年、7年の歳月をかけてようやく完成したそうですが、莫大なお金が掛ったことから、その名前が付きました。トンネルや覆道が長く続く険しい道路でした。トンネルが多い道を走るのは、楽しいものではありませんでした。

 晴れ間の見えた空が再び曇り始め、再び小雨が降り出しました。もうすぐ広尾町に着くという頃、道端に可愛いお地蔵さんを見つけました。車を停めて、見に行きました。「フンベの滝」と案内板が立っていました。

image5253.jpg

 小さな滝が崖の上から落ちていて、その滝の下に小さなお地蔵さんが立っていました。新しい花が飾られています。地域の人がお参りに来ているようです。「フンベ」というのはアイヌ語で「鯨の獲れる浜」という意味だそうです。そこにある滝ということで「フンベの滝」という名前になったのでしょう。実は、この小さな滝は川ではなく、岩盤から噴出している地下水ということでした。そりの滝を背景にして、立っているお地蔵さんは、少年のようでした。熊野古道にある「牛馬童子像」に似たところがあるように思いました。小雨の中で、大急ぎでスケッチをしました。

 時刻は4時を過ぎています。ここへ来るまでに、庶野という町にある民宿へ寄ったのですが、土木作業をしている人たちがたくさん宿泊しているようで、「今日は満員です」と宿泊を断られました。これから行く広野町は大きな町なので、たぶん宿は見つかるでしょう。






[ 2012/05/25 19:49 ] ふらり きままに | TB(1) | CM(0)

北海道スケッチ旅行 第5日目

第5日目(5月20日) 苫小牧~新冠

空は曇っていますが、雨は上がりました。北海道へ来てからずっと雨が降り続いていましたから、雨雲と一緒に旅をしているようでした。

カラマツ林の中で、小鳥の鳴き声を聞きながら昨日描いたスケッチに色を付け始めました。カッコーの鳴き声が聞こえて来ました。アカゲラの鳴き声も聞こえます。

image5241.jpg

小鳥たちの美しい鳴き声を聞きながらスケッチをしていることが本当に不思議でした。
2年前には子どもたちと教室で悪戦苦闘していたのですから、信じられない時を過ごしているのだと思いました。
教員を退職してから、もう少しで2年目を迎えようとしています。「気ままに生活するのは2年」と決め、退職してからは、気ままな旅を繰り返してきましたが、そろそろ今後の自分の生き方を決めなければいけない時期になりました。今回の北海道旅行ではその結論を見つけることも目的の一つにしていますが、まだ私にはその結論は見えていません。描いたスケッチは何とかカラマツ林らしくなったようです。

お湯を沸かし、味噌汁とおにぎりの朝食を済ませ、大沼公園のスケッチに出掛けました。錦大沼にはカヌー基地がありましたが、時期が早く、カヌーはまだ、小屋の中にしまってありました。歩道の横には大きなフキの葉が開き、小さな流れの渕にはコゴミが一杯芽吹いていました。芽吹いたばかりの新緑が淡い光を放っていました。丸木橋に座ってスケッチしました。1時間近くがあっという間に過ぎてしまいました。集中して描いたスケッチは満足のいくものになりました。

苫小牧から日高に向かって国道235号線を走って行きました。「日高自動車道」という建設中の高速道路が国道のバイパスになっていました。北海道の国道はどこも広くて、車は高速道路並の80km近いスピードで走っています。どうして高速道路が必要なのか、本州に住む私にはとても不思議に思います。建設中の「日高自動車」を時速100kmで飛ばしました。軽自動車には酷なスピードだと思いました。
 
コンビニの駐車場に車を停め、昼ごはんにしました。そこへ釧路ナンバーの車に乗った夫婦連れがやって来ました。「富山から来ているのですか。北海道には梅雨がありませんが、近々本州を旅行する予定です。梅雨はどんな感じですか」親父さんが尋ねてきました。「北海道へ来てからずっと雨が降り続いていますが、雨はこんな感じです。もちろん気温はもっと高いですが」私は答えました。「今年、定年退職し、車で全国を回るのを楽しみにしているのです。今回は手始めに道南を回っているのです」親父さんはにこにこしながら話していました。
 
image5242.jpg

「日高ケンタッキーファーム」へ行きました。小雨が降り出しました。本当に雨雲と一緒に旅をしているようです。この牧場は、日本最初の観光牧場という説明がありました。乗馬やアーチェリー、釣りなどが楽しめ宿泊できるロッジも並んでいました。それにして入場料500円は高いなあと思いました。シラカバ林に囲まれたロッジはなかなかの雰囲気がありました。小雨の中でスケッチし、車の中で色を付けました。それなりに雰囲気のある絵になりました。

門別町の海岸で一休みしました。高速運転は疲れます。30分走っては休憩するというペースで走っています。
相変わらず細かい雨が降り続いています。風も少し出ていて、海には白波が立っていました。

今年の冬に、襟裳岬のコンブ漁を見ました。荒れ狂う大波でコンブが海岸に打ち寄せられるのですが、漁師たちは、ドライスーツを着て海へ入りそのコンブを拾い集めていました。氷点下15度近い気温の中、海水温度はマイナスではないのでしょうが、それは厳しい漁でした。黙々とコンブを拾う漁師たちの逞しさに感動しました。今回の旅もその襟裳岬へ行くつりです。季節は早春。もうコンブ漁は終わっているかも知れませんが、あの海を見たいものです。

そんなことを考えながら、海を見ていました。そこへ軽トラックがやって来て停まりました。黒いドライスーツを着た親父さんが降りて来て、海岸の岩場へ行きます。親父さんは、岩場に流れ着いたコンブを拾い始めました。しばらくして、親父さんはコンブを抱えてトラックの所へ戻って来ました。季節は春になりましたが、まだコンブ拾いは続いているようです。コンブ拾いは、日高地方一帯で行われていることを知りました。「天候がよくないから、いいコンブには干せんな」親父さんは残念そうな顔をして話してくれました。

image5243.jpg

小雨に煙る北海道の海岸をスケッチしました。険しい断崖が果てしなく続いている海岸線は、やはり北海道だけでしか見られない風景だと思いました。その間も親父さんのコンブ拾いは黙々と続いていました。労働は厳しいものなのです。私も本気になって旅をしなくてはいけないのです。

新冠の町で民宿を見つけ、宿泊することにしました。「食事の用意は無理です」と断られました。素泊まり4000円でした。

image5244.jpg

雨が上がったので、スケッチブックを持って海岸へ行きました。小高い丘の手前に大きな川があり、日高本線の長い鉄橋が架かっていました。小高い丘の下にはトンネルがあり、鉄橋はそこまで続いていました。列車に乗っていては絶対に見られない風景でした。これは絵になる風景だと思いました。早速、土手に座りスケッチを始めました。遠くの川原で花火の音がしました。季節外れの花火でした。よく見ると、中学生たちが花火で遊んでいるようでした。

「新冠」と云えば「サラブレッド」というイメージです。「ナリタブライアン記念館」「サラブレッド銀座駐車公園」などの施設が建てられていました。全国からサラブレッドに会いにたくさんの人が訪れているのでしょう。その中にこの海岸風景も加えたらどうかと私は思いました。私のスケッチでは上手く表現できませんでした。
夜は、今回の旅では初めて飲み屋へ行きました。期待していた魚料理は残念ながら外れでしたが、カラオケを歌いに行ったスナックのママさんはたいへんユニークな人でした。絵を描くのが趣味だということでしたが、ママさんが描いた馬の絵は迫力があり、その絵を付けて走っているトレーラーもあるという話でした。そう云われてみれば、馬の絵を付けて走っているトレーラーを見たことがあるように思いました。「旦那が死んでから、商売を1人でやるようになり、絵を描く暇がなくなってしまいました」ママさんは、残念そうに話していました。「あそこの風景はいいですね」ママさんも頷いていました。



[ 2012/05/24 21:44 ] ふらり きままに | TB(1) | CM(0)

北海道スケッチ旅行 第4日目

第4日目(5月19日) 登別~苫小牧 

 寒い一夜が明けました。まだ小雨が降り続き、牧場の中にある鉄塔の上部は低い雲に覆われていました。
お湯を沸かし、カップラーメンで朝食を済ませ、親父さんに挨拶をして出発することにしました。
「熱いコーヒーはどうですか」とライダーハウスの奥さんから声を掛けられました。美味しいコーヒーでした。そこで、親父さんや奥さんからライダーハウス開業に至る話を聞きました。「町での商売に疲れ、知り合いからこの牧場を紹介してもらい、素人農業を始めたばかりですよ」と親父さんが話してくれました。私の話を聞いているようでした。
 
 親父さんに「地獄谷やクッタラ湖は見学するといいよ」と勧められ、出掛けることにしました。
地獄谷は登別温泉街のすぐ近くにありました。褐色や黄色の地肌が広がり、所々から蒸気が噴出しています。「地獄とはこういう所です」と言われれば、「そうみたいだね」と納得できる風景でした。その奥にある、「大湯沼」にも行きました。ここは、登別温泉の源泉が湧き出している所です。表面温度40~50℃、底部は130℃という熱湯の沼があります。沼の表面から水蒸気が噴出し、迫力がありました。スケッチに挑戦しましたが、雰囲気が伝わるスケッチにはなりませんでした。

image5231.jpg

 駐車場へ戻る途中で自然歩道を歩きました。ススタケを見つけ、少し藪の中へ入ってみました。親指ほどの太さの竹の子が辺り一面に顔を出していました。欲につられて、つい竹の子に手を出し、50本ほど収穫してしまいました。ここは国立公園になっているのかも・・・?少し反省しながら、歩道を歩いて行くと、ひょっこりキタキツネが顔を出しました。北海道には豊な自然が一杯残っていることを知りました。自然を大切に!

 「苫小牧に素敵なキャンプ場がありますよ。オートキャンプもできるのではないかな」とライダーハウスの親父さんが言っていました。今晩はそこで宿泊することにしました。

 苫小牧駅前でタクシー運転手にキャンプ場の場所を教えてもらいました。「アルテン」とう錦大沼公園の中にあるキャンプ場で、温泉施設、乗馬、カヌー、マウンテンバイク、パークゴルフなどがあり、スケールの大きさはさすが北海道でした。

 小雨が降り続き、オートキャンプ場ではとても宿泊できる状態ではありません。少し贅沢でしたが、バンガローを借りることにしました。萌えるような新緑の中にバンガローはありました。7~8人ほどが宿泊できる広さがあり、丸太作りのベッドが4つもありました。

 子どもが小さかった頃に、よくキャンプに連れて行きました。その時の思い出がよみがえってきました。ここも夏休みになれば、子どもたちの歓声がこだましているのでしょう。今日は月曜日、しかも季節はまだ春ということもあり、広いキャンプ場に宿泊しているのは私1人でした。

image5232.jpg

 併設されている温泉に入った後、近くのスーパーで夕食の食材を買い込み、薄暗くなった林の中で調理をしました。ビールと焼肉というキャンプ場お決まりのメニューにしました。旅に出てからというもの、不思議な夕食が続いています。食事の後は、雨の音を聞きながら、スケッチブックを開いてカラマツ林を描きました。色は明日付けることにして、午後8時消灯にしました。暖房が入ったバンガローの夜はさすがに快適でした。北海道の夜はまだ暖房が離せないようです。


[ 2012/05/23 08:29 ] ふらり きままに | TB(1) | CM(0)

北海道スケッチ旅行 第3日目

第3日目(5月18日) 室蘭~登別

 小雨が降り続く早朝の室蘭の町を走って行きました。祝津公園展望台からは室蘭港や白鳥大橋が一望できましたが、残念ながら小雨に霞んでいました。

 駐車場で休んでいると、タクシーが停まり、運転手が下りてきました。「へーえ、富山から来たのかい。仕事かい」と声を掛けて来ました。車のナンバープレートを見ればどこからやって来たのか、たちどころに分かってしまいます。「いやあ、観光ですよ」と答えると「室蘭はあまり見る所はないけど、この海岸沿いは景色がいいからゆっくり見ていくといいよ」とタクシーの中にあったパンフレットをくれました。北海道には親切な人が本当に多いのです。

 海岸に沿う険しい道を走って行きました。雨の中をウオーキングしている人が何人もいました。室蘭ではウオーキングがかなり定着しているようです。所々に車が停まっています。山菜を取りに来ているようです。私の住む細入村ではもうゼンマイもウドも終ってしまい、ワラビの季節になりました。北海道ではどんな山菜が取れるのでしょうか。機会を見つけて山菜取りにも挑戦してみようと思いました。

image5221.jpg

 有名な地球岬へ行きました。険しい断崖に白い燈台が立っていました。雨が強くなりスケッチどころではありません。スケッチはあきらめまして。地球岬から少し行った所に「金屏風」という断崖がありました。吸い込まれそうな絶壁でした。その先に「トッカリショ浜」という断崖絶壁の続く浜がありました。車の中でスケッチをし、色を着けました。車はこういう所が便利です。晴れていたらきっと素晴らしい景色なのでしょう。「室蘭には、見る所はあまりないよ」とタクシーの運転手は言っていましたが、そんなことはないと思いました。

 「今夜の宿はどこにしようか」と考えながら車を苫小牧に向けて走らせていました。国道沿いに「ライダーハウス」という小さな黄色い看板を見つけました。看板の矢印に従って走っていくことにしました。

 国道から離れ、山深い道になり、やがて周りには牧場が広がっていました。「ライダーハウス遊牧民」はその牧場の1つにありました。「今年1番目のお客さんですね。まだ5月だからと掃除もしていなかったけれど、泊れますから」と親父さんが、ライダーハウスへ案内してくれました。古ぼけた観光バスが宿泊するライダーハウスでした。1泊500円。超格安の宿泊になりました。

 「風呂へ行って来られたどうですか」と親父さんに勧められ、登別温泉へ出掛けることにしました。車で10分ほどの所に登別温泉街がありました。「さぎり湯」という公衆浴場に入りました。白く濁った湯船や薬湯などがありました。天下の登別温泉に入り、気分は爽快でした。

image5222.jpg

 帰りに、登別駅前のスーパーで、夕食の食材とビールを買い込み、ライダーハウスへ戻りました。私が出掛けている間にライダーハウスはきれいに掃除されていました。山深い牧場のバスの中で、コンロを引っ張り出して夕食を作りました。雨の音を聞きながら、食べた夕食は不思議な感じがしました。

 夜中に寒さで目が覚めてしまいました。持って来た寝袋では寒さを防ぐことができなかったようです。服を重ね着し、ウィスキーを煽って何とか寒さを凌ぐことができるようになりました。それにしても、牧場で飼われているポニーが一晩中野ざらしになって、雨に濡れていたのには驚きました。馬はすごいなあと感心しました。思い出に残る一夜になりました。
[ 2012/05/22 13:52 ] ふらり きままに | TB(1) | CM(0)

北海道スケッチ旅行 第2日目

第2日目(5月17日)直江津~室蘭港

 目が覚めたのは午前7時を過ぎていました。昨夜床に入ったのが遅かったからでしょう。船は大きな揺れもなく順調に進んでいました。昨日コンビニで買ったカップラーメンとおにぎりで朝食を済ませました。昼間は、小説を読んでボーッと過ごしました。津軽海峡の入口でイルカの群が飛び跳ねているのを見つけ一人で興奮していました。

 午後5時半、室蘭港が見えてきました。北海道の風景が目の前に広がっていました。
  
image5211.jpg

 白く輝く立派な橋が湾を跨いでいました。「白鳥大橋というのよ。最近完成したばかりの橋なの」デッキにいたおばあさんが教えてくれました。東京湾岸道路に架かっている橋とよく似ています。「もちろん有料ですよね」私が言うと、「いえ、室蘭で有料にしたら、だれも走ってくれませんよ。無料ですから、あなたも走ってみたらどうですか」おばあさんは笑っていました。

 新日本製鉄の赤茶けた巨大な工場も見えます。「最近は不景気で、操業を減らしているそうよ。室蘭の人口もずっと減り続けていて、不景気風がビュービュー吹いているみたいね」おばあさんは哀しそうな顔で赤茶けた工場を見つめていました。
 
 午後6時過ぎ、薄暗くなった室蘭の町中を走り、室蘭駅前にあるビジネスホテルに泊りました。夕飯は、近くのスーパーで惣菜を買って来て

 部屋で食べました。これからこういう生活が続くのでしょう。


[ 2012/05/21 06:26 ] ふらり きままに | TB(1) | CM(0)
プロフィール

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム