群馬・栃木県の旅
その2 日光 草津温泉から日光に向けて車を走らせました。日本列島のど真中を、 東北地方に向けて突き進んでいるという感じです。「冒険家の植村直己さんが本州のど真中を、北から南へ歩いた」という話を本で読んだこ とがありますが、この辺りを歩いていったのでしょうか。あいにく空はどんよりと曇っています。今にも雨が降り出しそうな 天気です。「尾瀬・日光」という道路標識が目に入りました。尾瀬もこの辺りにあるようです。とうとう雨が降り出しました。今日は雨中の 日光を見物することになりそうです。
道は険しくなり、ぐんぐん山を上り始めました。黄色く色付いたブ ナ林が広がり始め、辺りの景色が一変しました。日光国立公園に入ったようです。目下に水面が見えます。湖があるようです。休憩を兼ね て寄り道することにしました。脇道を進んで行くと、広い駐車場があり、車がたくさん止まっていました。有名な湖のようです。「丸沼」と 案内があり、湖にはボートが何艘も浮かんでいます。赤や黄色に色付いた湖にボートを浮かべ紅葉を楽しんでいるのでしょうか。

岸辺で、釣り人たちがフライフィシングをしていました。この湖は、 東京方面からやって来るつり人たちの絶好の釣り場のようです。浮かんでいるボートも釣り人が乗っているようです。 フライに魚が掛かったようです。竿が大きくしなり、つり人は魚と格闘しています。やがてつり人は、背中に差していた大きな網を取り 出し、魚を網ですくい取りました。三〇センチはありそうな大きなニジマスでした。大漁です。ところが、何を思ったのか、釣り人は、釣 り針を外した魚を、湖に返したのです。「ああもったいない」と旅人は思わず叫びそうになりました。旅人も釣りは大好きで、よく釣りに出 かけるのですが、食べる魚を釣ることが第一の目的です。食べたら美味しいに違いないニジマスを放流してしまうとは、旅人には全く理解 できない行為でした。隣のつり人にも大きなニジマスが掛かりましたが、その釣り人も魚を放しました。こういうのを「リリース」という のですが、釣りそのものを楽しむという風景を、旅人は初めて目にしました。まさにその湖は、都会の風景だったようです。

再び湖が見えてきました。ここにも脇道があります。そこも寄り道することにしました。案内板には「菅沼」とあります。ここにボートは浮かんでいませんでしたが、カメラマンがずらりと岸辺に並び、紅葉した風景を狙っていました。東京から比較的近い奥日光は、いろいろな趣味を持つ人たちの群れでどこも混み合っているようです。
道路が渋滞しました。車で、どちらの方向も埋め尽くされています。 紅葉の最盛期を迎え、しかも今日は日曜日。紅葉を求める人たちの車で日光は最高の混雑を迎えているようです。山深い地で東京の混雑を 味わった旅人でした。
ようやく中禅寺湖に到着しました。華厳の滝は、六年ほど前の真冬 に見に来たことがありました。日光駅前の旅館に宿を取りました。次の日の朝早いバスに乗り、「いろは坂」という険しいカーブが続く道を バスに揺られながら上り、中禅寺湖に到着しました。冷え切った空気が澄み渡り、静かな中禅寺湖が眼前に広がっていました。華厳の滝は、 中禅寺湖から少し離れたところにありました。長い道のりを華厳の滝まで歩いて行った記憶があります。そして、轟々と落下する華厳の滝 を目の前にして感動したことを覚えています。またあの滝に会えるのだと、旅人は期待していました。
駐車場に車を停め、華厳の滝へ行きました。「残念!」としか言いよ うがありません。濃い霧がかかり、轟々と音はすれど、滝の姿はまったく見えないのです。「ああ、残念だなあ」と悔しがる声があちらこち らから聞こえてきます。せっかくここまで来たのに、滝をみられないとは本当に残念です。何とか見えないものか、眼を凝らして滝のある 方向を見つめましたが、霧に覆われてその姿を見ることはできませんでした。
あきらめきれない旅人は、まだその場に立ち尽くしていました。そ して、五分ほど経ったでしょうか。何か白い物が見え始めました。何かが落ちているという感じです。「滝ではないのか」と思いました。「あ れは滝ですよね」と旅人は隣の男性に声を掛けました。「ぼんやりしているけど、滝みたいですね」と男性からも返事ありました。 そして、不思議なことが起きたのです。それは、映画の一シーンを見ているようでした。霧がだんだん薄くなり、滝が徐々に姿を現し始 めたのです。やがて、紅葉した木々の間に巨大な滝がはっきりと姿を現しました。それは、美しい姿をした滝でした。この映画は、再び、 滝が濃い霧に覆われ見えなくなってしまうまで続きました。時間に制約のない気ままな一人旅だからこそ見られた素晴らしいシーンだった ようです。