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水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

団塊世代の親父のブログです。
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文山秀三著 「満洲物語」

今日紹介するのは、文山秀三作「満洲物語」です。
文山秀三著「山ざる」の続編で、関東軍独立混成第一旅団の衛生兵として、中国各地を転戦し、体験した戦争を、原稿用紙千枚に綴った貴重な戦争体験記です。

前書きの部分を紹介します。
まえがき
 スポーツの試合を見に行っても、どこの公園を歩いて見ても、盛り場と言われる街角に立っても、老若男女どこを向いても、平和そのもので、平和とはこんなに楽しく美しいものであることを、再確認している者の一人です。「このご時世に平和などと、今更とぼけたことを言う奴だ」と、お笑いになる向きも多いかと存じますが、過去半世紀には、「平和でない」時期があったことも事実です。

 第一次世界大戦中に生まれた私は、子供の時には、世界恐慌に押し潰されそうになり、働けど働けどの日々が続いた後、物心が付いた頃、満洲事変が起こりました。昭和十一年二・二六事件が発生、「流れ弾丸が飛んで来るかも知れないから、銃声のする反対側の壁の陰に隠れるように」や「兵に告ぐ」の放送にも、熱心に耳を傾けたものです。そして、その年、私は徴兵検査を受けました。

  その頃は、国民皆兵と言われ、徴兵制度があったので、男であれば誰でも、二十才に徴兵検査を受けることに定まっていて、甲種合格になった者が現役兵として、入営することになっていました。当時、満洲に関東軍という陸軍部隊の集団があって、満洲事変以来、その勇戦振りが世界に知られていたと言われ、体力のありそうな者を関東軍へ入営させていました。そのような伝統があったためか、実際の教育訓練は厳しく、荒く、人間の限界と思われることもしばしば行われたようで、「兵舎は、監獄部屋」と言う者さえありました。その頃の日本全体の陸軍兵力は、さぞ多かったろうと思われる方もあるかと存じますが、現役兵の数はそんなに多くなく、領土の単位面積から言えば、現在の自衛隊の方が遥かに多いように思います。その関東軍へ、昭和十二年三月一日に入営し、その年、七月七日に日華事変(支那事変)が勃発しました。「人権」や「民主々義」と言う言葉も聞くことができなかったその頃、男ばかり、生意気盛りの者の集りでしたが、兵達はみんなよい男ばかりで、よく頑張り、国を愛する心も持ち合せていました。

  本書は、二十一才から二十七才にかけての私が歩いて来た道を、思い出すまま書いたもので、鉛筆で、暗号や符号などの走り書きした僅かなメモなども見ながら、書き始めました。そのメモも、紙が破れ、散逸寸前になっていたり、鉛筆書きの字も薄くなったりしていて、何度も読み返しながらようやく書いたものです。

 新憲法で育てられた方々には、納得できないような私の言動が、散見されると思いますが、今の人達の顔色を見て、加減することなく、その当時のことを、自由に書いたものであることを申し添えます。

 勿論、文筆には全く素人の私ですから、専門家からお叱りを受けるような言葉づかいや表現方法があり、文法にそぐわないところ、読み難く戸惑われる箇所も多いかと思いますが、それらの点は、何卒ご容赦のほどをお願い致します。」


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☟ここをクリックすると本が読めます。
文山秀三著「満洲物語」へ


[ 2021/02/09 08:59 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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