宝寿寺は香園寺から2kmほどの距離にあった。道路に面したお寺の入口には「一国一宮宝寿寺」と刻まれた大きな石碑が立っている。天平時代、聖武天皇の勅願により伊予国一の宮の御法楽所として、建立されたのが始まりだという。お寺の屋根が幾つも重なり合ったこじんまりしたお寺だ。香園寺をお参りした後なので、お遍路寺としてはこういうお寺が落ち着く。
本堂でお参りを済ませ、大師堂へ行くと、納札箱の中を覗いでいるおばさんがいる。「何をしているのかな。納め札を間違えて投入したのかな」と思った。旅人も、自分の名前を記入した納め札を2枚同時に投入したことがあったからだ。おばさんは、納札箱の中に手を突っ込み、探し物をしている様子だ。旅人が近づいて行っても、おばさんは納札箱の中を覗き込んでいた。
「何か探し物をしているのですか」と旅人はおばさんに声を掛けると、「素晴らしいお札がないか探しているのです」とおばさんは答えた。
納め札には、お遍路した回数によって色分けがある。白札は1回から4回、青札は5回以上、赤札は8回以上、銀札は25回以上、金札は50回以上、錦札は100回以上お遍路した人が使う。もちろん旅人は白い納め札だ。
「金色のお札がないか探しているのです」とおばさんは言った。「人が納めたお札を、持って行ったらよくないのでは」と旅人が言うと、「仏壇に供えてお参りするとご利益があるのですよ」と真剣な顔でおばさんは言った。他のお寺でも納札箱を覗いている人を見たことを思い出した。お遍路の世界は、理解できない不思議なことが一杯ある。

クリックすると大きくなります