立春を過ぎたというのに、まだ春は遠い。連日のように雪が降り続いている。今朝も二十センチほどの積雪があり、行政のブルドーザーが除雪をしていった。旅人も、日課になっている通学路の除雪を終えた。
朝食を済ませ、今日の予定について上さんと話す。年末から取り組んでいる絵本作りが忙しく、二人とも、買い物に出かける以外は、家にいる日が続いている。「久しぶり近くの温泉にでも行こうか。無料券があるから、宮川のオンリー湯にしよう」と提案する。おばあさんも一緒に、家族三人で出かけることになった。
午前十一時、出発。除雪が行き届き国道に雪はない。庵谷トンネルを抜けると、道の両側に雪の壁が続いていた。やはり、片掛や猪谷は雪が多い。
猪谷から国道三六〇号線に入る。「ここで、去年雪が崩れて来たのよ」と上さん不安そうに言う。国道脇の斜面を見上げると、雪の塊がぶら下がっている。いつ崩れ落ちてきても不思議ではない。雪崩に遭わないことを願いながら、車を走らせた。

飛騨マンガ王国
家を出て十五分、オンリー湯に到着した。ここは、白木ヶ峰スキー場として発足した施設だ。子どもがまだ小学生の頃、スキーを滑りに何度も訪れた。冬場だけスキー場として営業していたのだが、やがて温泉施設が作られ、マンガの資料館も併設され、年中利用できるようになった。
今日は平日だが、けっこう車が止まっている。建物の横で、大きな重機が動き、工事が行われていた。施設を改良するようだ。車は、その人たちの物なのだろう。
立派な温泉施設だが、訪れるお客さんはそれほど多くないようで、つい先日行われた「そばまつり」も閑古鳥が鳴いていたという話を聞いた。この不況の中、どこの温泉施設もお客さんに来てもらうため、苦労しているようだ。
入館し、風呂へ直行した。天然温泉の浴槽に浸かる。湯の温度は四十度くらいだろうか。少し温めていると説明がある。お湯は少し茶色く、ぬるぬる感があるから、温泉に入っているという感じがする。しばらくしたら、サウナ室の扉が開き、親父さんが出てきた。貸切だったと思っていたのだが、そうではなかったようだ。
頭も洗い、さっぱりした気分で風呂を出た。しばらくしたら、上さんとおばあさんも出て来た。「いいお湯だったわ。ぬるいからと、長湯をしたら、のぼせてしまったわという先客がいたわ。温泉は後からポカポカしてくるから、長湯は禁物ね。」と、おばあさんが笑っていた。

宮川温泉 オンリー湯
昼食はここの食堂で食べた。上さんたちは天ぷらそばを、旅人は日替わりランチを注文した。日替わりランチは、六百円である。これだけお客が少ないのに日替わりランチがあるのが不思議だが、この辺りで食事ができる施設はここだけである。風呂には入らず、昼食だけを食べに来るお客さんが多いのだろう。この日も、食堂は結構混んでいた。
ランチが届いた。お盆には大きな土鍋が載っている。着火剤に火が付けられ、本格的なコース料理のように見える。飛騨牛でも入っているのか期待したが、中味はおでんだった。大根、竹輪、油揚げなどの定番の材料がつゆの中で煮立っていた。素朴なおでんだったが、薄味で美味しかった。一緒に出て来たキャラブキも美味しかった。上さんたちが注文した天ぷらそばには、大きなエビが載っていた。ここは、格安で美味しい田舎料理を食べさせる食堂として、評判になっていることだろう。
食事を終え、外へ出た。目の前には、広いスキー場が広がっていた。白いゲレンデを見ていたら、昔、子どもたちとスキーを滑りに来た時の風景がよみがえって来た。甥っ子がリフトから落ちたこと、子どもたちにいいところを見せようとして、ゲレンデの段差で転んで、したたか体を打ちつけたこと、上さんの知人が食堂で働いていて、いっぱいお土産を貰った事…。このスキー場には、いっぱい思い出が残っている。
まだしっかり雪はある。週末には、スキー客たちが、たくさんの思い出をここへ残していくことだろう。 ひょっとしたら、いつの日か、大きくなった孫たちが、このスキー場で滑る日が来るかも知れない。そんな楽しい日が来ることを期待しながら、オンリー湯を後にした。