水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

団塊世代の親父のブログです。
水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記 TOP  >  富山市 >  楡原集落北口の題目塔

楡原集落北口の題目塔

daimokutou103.jpg
             楡原集落北入口の題目塔

 「細入地域の国道四一号線で土砂崩れ!」というニュースが飛び込んで来た。現場は、楡原集落と岩稲集落の境で、国道の中央部分に亀裂が入り、このまま放置すれば国道が神通川に崩落するとのこと。国道は、片側交互通行になり、昼夜を徹して修復工事が行われている。
  そんなある日、ウオーキングに出掛けて、現場を通った。道路の中央辺りに修復された亀裂が見える。道路が裂けているという感じだった。すぐ横には重機が並んでいる。神通川沿いの崖の部分を補強するようだ。
  「危ないですから、ちょっと待ってください」と警備員から指示があり、しばらくして、警備員は、車を前面ストップさせ、旅人を親切にも誘導してくれたのだ。人に付き添われて歩いたのは今回が初体験だった。どうやらおぼつかない足取りの旅人を、高齢者と認識した警備員の行動だったようだ。年を取るということはこういうことになるのだ。
  修復現場を通り抜け、少し行くと、コンクリート壁が続く場所がある。その途中に隙間があり、何気なく隙間を見上げると崖の途中に不思議な石柱を見つけた。今まで何十回とこの道を歩いているのだが、全く気がつかなかった。石柱には、念仏が書かれた新しい絵馬が幾つも巻きつけてある。誰かが、最近この石柱をお参りしたようだ。
  家へ帰ってから、細入村史を開いて調べるとこの石柱について次のように書かれていた。
「楡原法華圏の石像空白地域には、石像地域にない題目塔がある。扁平な川石や割石の正面に、光明点の筆法による題目、いわゆる鬚題目を刻むものである…。土地では、〝ホーケサマ〟  〝ホーカイサマ〟 といっているが、前者は 〝法華様〟 の意味であろうか…。題目塔は集落の南北入口にあって、これより法華圏であることを示す榜示をも兼ねる立石と考えられる…。最古は、楡原と岩稲との村堺近い岩稲トンネル横の国道西側の崖上に立つものである…天和三年(一六八三 )の年次銘があり…。」とあった。楡原に石仏がないのは法華宗と深くかかわりがあることを知った。
[ 2010/03/23 11:16 ] 富山市 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム