水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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ふらりきままに しまなみ海道を歩く2

2 尾道の町

 旅人にとって尾道の町は初めてです。これから尾道の町をぶらぶらした後、今晩はこの町に宿泊することにしました。尾道という名から「林芙美子」が旅人の頭には浮んできます。ずっと昔、朝の連続テレビで「うずしお」というドラマが流されていたのを旅人は見ていました。尾道を舞台にして林芙美子の生涯をドラマにしたものでした。なるほど、駅前から東へ100mほど行った所には林芙美子の記念像が立てられていました。林芙美子は今でも尾道を代表する人でした。
 列車に乗り続けで、少し疲れていた旅人は、喫茶店に入ることにしました。商店街の入口に喫茶店があります。「芙美子」という名を大胆にも使っている喫茶店でした。旅人はそこで休憩することにしました。
入口の暖簾をくぐって、中に入ると店内には「林芙美子」のポスターが貼られ、書棚には林芙美子の本が並べられていました。「ここはどういう店ですか」店の女将さんに尋ねると女将さんは「ここは、林芙美子の生家です。裏に芙美子の部屋がそのまま残してありますので、ぜひご覧ください」と奥のドアを開けてくれました。 
喫茶店の奥に古ぼけた家が建っています。「2階に芙美子が使っていた部屋がありますので、お上がりください」案内されて2階に上がると、6畳ばかりの狭い畳の部屋に、粗末な家具と小さな机が置いてありました。林芙美子は、ここで「放浪記」を書いていたようです。貧乏な中で小説家を目指している林芙美子の姿が想像できるようでした。
 「今回もいろいろな人との出会いや不思議な出会いのある旅になりそうだな」と美味しいコーヒーを飲みながら、胸をワクワクさせる旅人になっていました。

img412.jpg

「そこから山へ上がる道がありますから」と女将さんに教えられた道を歩き始めました。山の上には立派な尾道城が見えます。今からそこへ行こうというのです。細くて急な坂道を歩いて行きます。聞いていた通り尾道の町は坂の多い町でした。細い道が何本も枝分かれしています。
小さな道標を頼りにしながら、坂道を上って行きました。見晴らしが効く所から下を見と、青い海が広がっていました。向こうにある島との間が狭くて、海というよりは大きな川があると言った感じでした。タンカーや貨物船、小さな漁船などが行きか行き交い、海は賑わっていました。
 坂道を上り詰めた所にお城が建っていました。城は昭和30年代に個人が建てたもので、歴史的な建物ではありませんでした。旅人の持つパンフレットにも「尾道城」と印刷はありましたが、どういう建物なのか説明は全くありません。「個人が歴史に存在しない尾道城を作ってしまっていいものだろうか」と旅人は疑問に思いました。尾道の人たちはこの建物をどう考えているのでしょう。

img411.jpg
 
 尾道城から少し行った所に「文学のこみち」という散策路があり、自然歩道になった道のあちらこちらに石碑が立てられています。尾道に関わりのある作家や詩人・歌人の文章や詩歌などが石碑に刻まれています。徳富蘇峰、正岡子規、金田一京介、志賀直哉、林芙美子、中村健吉などたくさんの作家が尾道と深い関わりをもっていました。「文学のこみち」には、中村健吉旧居や志賀直哉旧居も残され、見学ができるようになっていました。尾道と云えば「林芙美子」という認識を改めなくてはならない旅人でした。
[ 2012/04/02 06:11 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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