水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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ふらりきままに 甲州街道を歩いて下諏訪から新宿へ4-2


4 富士見町から韮崎市へ その2

 再び一人だけが歩く道になった。しばらく行くと道の駅「信州蔦木宿」に到着した。長野県と山梨県の県境にある。釜無川の渕に建てられ、景色もよく、温泉施設も併設されている。今日は土曜日。しかも紅葉が最高潮を迎えていることもあり、道の駅は賑わっていた。
  
 再び国道を歩き始めた。手に入れた地図で大まかなルートは分かったが、細かい所はやはり土地の人に聞きながら進まなくてはいけないようだ。
 
「山梨県」という表示が見える。いよいよ長野県から山梨県に入る。甲州街道という名前からして、この道は山梨県がメインの道だ。山梨県の中央部を東西に横断して東京へ続いている。これから何日間か山梨県を歩くのだが、どんな県なのだろう。人との出会いを楽しみにしながら山梨県へ入った。
 
 「旧道を歩いているのですが、この先に古い道は残っていますか」向こうから自転車に乗ってきたおじいさんに声を掛けた。「この先にコンビニがある。そこから左に下って行く道が旧道だよ」おじいさんは親切に教えてくれた。

 しばらく歩くとコンビニが見えて来た。国道の左に少し細い道が遠くの家並みに向って伸びていた。細い道は昔の国道のようだった。「制限時速30km」という交通標識が立ち、今は安全な村の生活道路となっているようだが、しばらく前までは、車がこの道を激しく行き交っていたように思えた。バイパスが出来たので、今は車がほとんど走っていないのだ。高速道路よりも、こういう道路建設が優先されるべきでないかと思うのだが、その声は政治家にはなかなか届かないようだ。
 
 古い家並みが並んでいる。地図にある「教来石宿」を歩いているようだ。庭を構えた大きな家が多い。畑にはカブ、ダイコン、ハクサイなどが収獲時を迎え、取れ入れをしている人の姿も見える。家の前でズキイモの茎を干しているおばあさんがいた。冬支度が始まっているようだった。「こんにちは」と挨拶をすると「こんにちは」と優しい声が返って来た。
 
 立派な家なのに、玄関戸には埃が溜まり、少し荒れた感じのする家も目に付いた。やがて廃屋になってしまうのだろうか。山間の村の過疎化が急速に進んでいるように思った。それにしても、車の心配をしないで、のんびりと旧道を歩くのはいい気持ちだった。

image4161.jpg

 旧道は再び国道と合流したが、しばらくして、制限時速30kmの道路標識が立つ旧道が再び現れた。台ケ原宿のあった所だ。立派な旧家が見える。「七賢」と屋号が飾られ、大きな杉の珠が軒に下がっている。「名水を醸して250年。酒の王者七賢」という垂幕が掛っていた。山梨県では有名な酒屋らしい。時刻は12時を過ぎている。食堂があればそこで昼食にしようと思った。
 
 幸運にも、白州町役場の前に食堂があるので中へ入った。店は結構混んでいた。カウンターの席に座ってランチを注文した。隣の席の親父さんがいい気分で酒を飲んでいた。「大きなリュックを背負って旅しているのかい」と親父さんに話し掛けられた。「ええ、甲州街道を歩きに来ました。昨日下諏訪を出発しました」と答えた。「すごいね。今日はどこまで行くのかい」と聞かれた。「まだ、はっきり決めてはいないのですが、この先に宿がありそうな所がありますか」と言うと、親父さんは乗り気になっていろいろ教えてくれた。「須玉町まで行けば宿は見つかると思うけど、上り道がきついよ。このまま韮崎まで歩いて行けば宿がたくさんあるから、そうしたら。ここから15kmくらいだから、十分夕方には着けるよ」と勧められた。今日は親父さんの助言に従って、韮崎を目指すことにした。

 国道をどんどん歩いて行った。この近くに「万休院の舞鶴松」という樹齢400年の松があるようだが、国道から2kmほど奥へ入った所なので寄ることはあきらめた。山肌の紅葉を眺めながら早足で歩いた。道が下っているので、自然と足が前へ出る。この分なら4時過ぎには韮崎へ到着できそうだ。
 
 山を下るに連れて紅葉の様子に変化が現れた。まだ紅葉していない青い葉を付けた木々が見える。今日はずっと道を下り続けている。長野県と比べるとこの辺りは、高度がかなり低くなり、気温が高いのだろう。紅葉はこれからのようだ。
IMG4162.jpg

 午後3時過ぎ、大きな橋が見えて来た。橋の下を大きな川が流れていた。「富士川」と表示がある。「どうして富士川なの?」不思議に思って地図で調べた。この辺りは釜無川と呼ばれているが、下流に行くと富士川と名前を変え、駿河湾に注いでいる。富士見町からずっと富士川を下って来ていたのだ。「旧東海道富士川の渡し」は、難所だったが、長野県を水源に、山梨県、静岡県を縦断している川なのだから至極当然のことなのだ。今まで、富士川は富士山から流れて出いる川だとばかり思っていた。また少し賢くなったようだ。休憩を兼ねてスケッチをした。やはり、紅葉は上手く表現できなかった。
 
[ 2012/04/16 14:32 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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