6 甲府市から大和村へ その2 本陣跡を過ぎ、前方に大きな川が見えて来た。旧道はその川に沿って伸びている。見通しがよくなり、紅葉している山肌が見えた。堤防に「笛吹川」と表示がある。「笛吹川」とは趣のある名前だ。何か伝説が残っているように思った。後で調べてみたら次のような昔話が残っていた。
「むかし、笛吹川の上流に権三郎という若者がお袋と住んでいた。権三郎は笛を吹くのが大好きで仕事の合間にはいつも笛を吹いていたという。そんなある日、この辺りを暴風雨が襲い、川が氾濫した。洪水で権三郎とお袋は濁流に流され、お袋はとうとう帰らぬ人となった。それからというもの、権三郎はお袋の姿を求めて、来る日も来る日も笛を吹きながら川の上流から下流までさまよい歩いた。権三郎の吹く笛の音は心に染み入るようにもの悲しく聞こえた。そしてある朝、権三郎の亡がらが下流で浮んだ。人々は権三郎を手厚く葬ったが、それからも人々が寝静まった夜中になると、川の辺りから細く長くむせぶような笛の音が聞こえて来たという。それで人々はこの川を笛吹川と呼ぶようになった」(「甲州の伝説」より)
笛吹川の堤防道路を歩いて行くと、堤防の下に松並木が続いていた。犬を連れたおばさんが歩いて来たので、松並木について聞いてみた。「この松並木は、以前はずっと続いていたのですか、今はこれだけになってしまいました。甲州街道に植わっていた松並木か、洪水を防ぐための松並木かそこのところは、よく知りませんが」とおばさんは親切に教えてくれた。私には旧道の松並木のように思えた。
笛吹川に架かる大きな橋を渡って、一宮町に入る。細い路側帯しかない堤防道路を進む。トラックが猛スピードで走って行く。こういう道を歩くのが1番嫌だ。「脇道はないのだろうか」と思っていたら、向こうからバイクに乗ったおばさんが来た。手を振ったら親切に停まってくれた。「すいませんが、勝沼へ行く脇道はありませんか」と聞いた。「勝沼なら、そこの畑の中の道を歩いて行けばいいよ」とおばさんは、堤防の下にあるブドウ畑を指差して、教えてくれた。山梨県も親切な人が多いようだ。
おばさんに教えてもらったブドウ畑の中の道を歩く。辺りには広いブドウ畑が広がっていた。ここは一宮町だが、隣の勝沼町はブドウの産地として全国的に知れ渡っている。これからしばらくはブドウ畑を見ながら歩けるようだ。ブドウの収獲時期は夏である。目の前に広がるブドウの木に実は下がっていなかったが、葉がブドウ色に紅葉していた。
畑の中の道を歩いて行くと車がたくさん走る旧道へ出てしまった。ずっと畑の中を歩いて行けることを期待していたので、残念だったが、旧道にはしっかりした歩道が付いていたので、ほっとした。
道路に沿ってブドウ畑が続いている。「○○園」と看板が出ていて、すぐ横のブドウ畑でブドウ狩ができる店もある。「美味しいワインあります」とワインを売る店もある。「この辺りは、ブドウだけで生活している」ということが伝わって来る。よく見ると、ブドウがまだ下がっている木もある。「取り残しのブドウだろうか」と思っていたら、何と観光バスが停まっているブドウ園がある。ブドウ畑にはたくさんの観光客がいて、木からブドウをもぎ取っている姿が見える。この晩秋の時期にもブドウ狩りができることに驚いた。ブドウにも収獲できる時期が違うものがあるようだ。
道はきつい上り坂になった。リュックが重く感じられる。旅の途中で手に入れたパンフレットや地図などがリュックに納まり、その分、荷物が重くなったようだ。
11時過ぎ、勝沼町へ入った。小さなワイン工場がある。大きな樽が工場の前に置いてあり、「工場見学自由」という看板が掛かっていた。ワイン工場が見学できるとは嬉しい。さっそく入口から中へ入った。

ブドウを発酵させる方法や、発酵させたブドウ酒を長期間保存しておく蔵、ブドウ酒をビン詰して製品とする工程などが見学できたが、ここで本格的に製造しているのではなく、この工場は見学コースとして作られたものだった。工場の出口はワイン売り場となっていて、「見学した皆さんは、ここのワインを買ってからお帰りください」と試飲コーナーが作ってあった。結構訪れる人がいるようで、店は賑わっていた。私は、試飲のワインを味わい、手ぶらで工場を後にした。