水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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ふらりきままに 甲州街道を歩いて下諏訪から新宿へ 6-3

6 甲府市から大和村へ その3

 緩やかだが長い坂道をゆっくり上って行った。古い家並みが続いていて、宿場町だった面影がかなり残っている。時刻は12時、どこかに食堂があれば入ろうと思った。蕎麦屋を見つけたが、「本日休業」の看板が下がっていた。「残念」。更に道を上って行くと勝沼町の街外れになってしまった。
 
 「勝沼氏館跡」という大きな看板が立っている。この近くにあるようだ。そこへおばあさんが歩いて来た。「館跡というのはどこにありますか」とおばあさんに聞いた。「この通りの向こうにありますよ。私の家の庭を通っていけばすぐだから、着いて来なさい」おばあさんはそう言うと、私を自分の家の庭へ連れて行った。勝沼氏館跡は庭のすぐ横にあった。礼を言って親切なおばあさんと別れた。

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 館跡は芝生に蓋われ、小さな公園になっていた。小さく盛り上がっている所が館のあった所だろうか。「勝沼氏館は、武田氏の親類勝沼五郎の居館である。今から30年ほど前、発掘調査が行なわれ、ここに館があったことが解明された。館跡は発掘当時の姿で保存され、国の史跡になっている。」と説明があった。今も発掘調査が行われていた。
 
 時刻は1時近くなっていた。腹が空いた。この辺りに食堂はないのだろうか。交差点の所に作業服を着た若者がいた。「この辺りに食堂はないでしょうか」と尋ねると「この坂を下って行った所に蕎麦屋があるけど」と教えてくれた。「本日休業」と看板の掛かっていた店だった。「他にありませんか」と再び聞くと「ずっと下って行けばあるけど、この辺には店はないよ。勝沼から先も、ずっと家のない国道だから、大和村まではないよ」と若者は親切に教えてくれた。坂を逆戻りするのも癪なので、昼は8km先の大和村へ着いてから食べることにした。私の気ままな旅では食事が不規則になるのはいつものことだ。お茶を飲んで出発した。
 
 旧道は国道20号線に合流した。韮崎市からずっと旧道を歩いて来たので、国道20号線を歩くのは久しぶりである。車が猛スピードで走っていた。トラックも多い。「歩道がなかったら歩くのを止めよう」と思ったが、細いが一応歩道が付いていた。歩道をトラックの風圧を感じながら歩いて行った。

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 国道はずっと上り道になっていた。30分ほど歩くと見晴らしのいい所へ出た。山の急斜面にはブドウ畑が広がり、その下の方にはきれいな川が流れていた。対岸の山を縫うように高速道路が走っている。赤や黄色に紅葉した山、ブドウ色に広がる畑、眼下を流れるきれいな川が作る風景は美しかった。国道のガードレールの横で絵を描いた。今日初めて描く絵だった。ブドウ畑の紅葉にもいろいろ変化があって、面白い発見ができた。車に乗っている人には、この美しい景色は目に入らないだろうと思った。
 
 国道20号線を歩いて行くと、前方にトンネルが見えて来た。いやな予感がした。だんだんトンネルが迫ってきた。見ると路側帯のない狭いトンネルだ。「どうしよう」と思って、少し手前で立ち止まっていた。その時、向こうからおじいさんが歩いて来たのだ。「えっ、トンネルをおじいさんは抜けて来たのか」とビックリした。おじいさんは、歩道をこちらへ歩いて来る。「トンネル、歩けるのですか」と聞いた。「トンネルのすぐ横に歩道があるよ。そこを歩いて来たんだよ。ハッハッハ」とおじいさんは笑っていた。近付くと、トンネルのすぐ横に、トンネルを迂回するように道が付いていた。その道はトンネルができる前の旧国道だった。木に隠れて見えなかったのだ。私は、ホッとした気持ちで旧道を歩いて行った。
 
[ 2012/04/25 07:55 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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