水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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奈良「山辺の道」を歩く その2

大神神社~天理 

 山辺の道はこの辺りから、東側に連なる三輪山、龍王山の裾を巻くように伸びている。道の両側には畑が広がり、黄色い菜の花があちらこちらに咲き、のどかな里山の道である。穏やかな春の日差しを受けて、気持ちよく歩いて行ける。所々に植えてある梅の木はかわいい白い花を付けていた。道はよく整備されていて、とても歩きやすい。何よりも感心するのは、トイレの設置が多いことである。今までいろいろな道を歩いてきたが、ここほどトイレが設置されている道は初めてである。しかも、そのトイレはよく整備されていて、たいへん清潔で使いやすいものであった。きっと行楽時期には本当にたくさんの人が歩いているのではないだろうか。今日も、時々リュック背負った人とすれ違っている。

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 道の所々に無人の販売所が設けられていて、土地で採れる野菜が一袋百円で売られている。菜の花やわらび、ぜんまい、みかんなどが袋に入っている。無人販売所の数がとても多いのにも驚いた。歩く人がたくさんいるのでこういう商売も成り立つのだろう。


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 遠くに小高い森が見えてきた。景行天皇陵である。全長三百メートルの大きな前方後円墳で、周りは堀で囲まれている。この古墳から五百メートルほど離れたところにも崇神天皇陵、櫛山古墳がある。桜井から天理に至るこの辺りにはこうした古墳が幾つもある。昔、この地方が文化の中心地であったことを伺わせる証しである。時計は十二時を過ぎ、お腹の方も空いてきた。崇神天皇陵の堀の堤に芝生が植わっていたので、そこで昼ご飯にした。

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 崇神天皇陵から少し町中の道を歩いて行った所に長岳寺がある。日本最古の鐘楼門へ続く参道の両側に植えられた平戸つつじが花を開く五月の景色はとても美しいとパンフレットに説明がある。長岳寺を過ぎ、町中の細い道を、道標に従って歩いて行くと、たくさんのかわいらしいお地蔵さんが並ぶところに出た。赤い前掛けをつけ、道の方を向いて並んでいる。春の花がびっしりと飾られている。この土地の守り神になっているのだろうか。このお地蔵さんのすぐ横が中山廃寺であったことから、お寺にあったお地蔵さんをここへ移動して奉ってあるのかもしれないなと思った。

 念仏寺を過ぎると道は墓地の真中に出る。両側にたくさんのお墓が並んでいる。今は昼なのでさほどでもないが、夜にこの道を通るのはあまり気分はよくないだろうなと思う。以前熊野古道を歩いていた時にも、お墓の真中を道が通り抜けているところを歩いたことがあった。なかなか常識では考えられない道があるものだ。ひょっとしたらこういう道は、夏の盛りに肝試しをする子どもたちで賑わっているのかもしれないなと思った。

 竹之内町に入る。ここは環濠集落が残るところとして有名である。環濠集落とは、防衛のために堀で囲んだの村落をいい、室町時代初期から増え始め戦国時代に完成をみたという。大和地方の村はほとんどが堀で囲まれていて、中でも竹之内町は海抜百メートルに位置し、大和最高所の環濠集落とのことである。

 この辺りから再び道の両側に畑が広がり、畑にはみかんや梅の木が植えられている。ビニールハウスなども目立つようになり、中を覗くとイチゴが栽培されていた。真っ直ぐに続く緩い上り道を進んで行く。無人の販売所も所々に設置されて、時々道を歩く人ともすれ違う。夜伽伎神社前を通り、きつい上り道になる。この峠を越えると天理市である。坂を上りきった所で道標の矢印を見間違え、違う方向に歩いてしまう。途中で農作業をしているおじいさんに「この道は行き止まりだよ」と教えられ、あわてて引き返した。ここは幾つも道が交差し、少し迷いそうな場所のように感じた。もう一本道標があるとよいのではないかと思った。

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 峠を越え、道を一気に下り、午後二時、小さな池の前に着いた。内山永久寺跡である。桜がもうすぐ満開を迎えるところで、池に桜の花が映り、美しい。たくさんの人が見物に来ている。池では釣りを楽しむ人もたくさんいる。立て札には「この池では会員以外の人の釣りを禁ずる」と書かれている。何が釣れるのか、釣り人に尋ねるとヘラブナだと教えてくれた。釣り堀が変形したものなのだろが、会員制の池を見たのは今回が初めてである。自分たちで魚を放流し、それを釣って楽しむという新しい釣りの方法に時代の流れを感じた。


 大きな道路の下をくぐり、暫らく歩くと、右手の森の中に大きな池が見えてきた。今日の最終目的地の石上神宮である。大きな神社である。たくさんの人が参拝にやって来ている。境内には、屋台も並び、花見の客もいる。桜の名所としても有名のようだ。十六キロを歩いた祝杯にと缶ビールを買って飲む。天理市にやって来たのは初めてである。缶ビールを飲みながら、すぐ前に見えるとてつもなく大きい建物を見ていた。屋根の両側に拝殿のようなものが付いていて、不思議な形をしている。天理教の教会か宿泊施設なのだろうか。

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 この後、天理駅まで歩いて行ったのだが、そこで見たものは私にとっては驚くべき光景であった。天理市に天理教の総本部があることは聞いていたが、石神神宮から天理駅までの道は天理教の町そのものであった。全国からの信者が宿泊する巨大な施設がいくつも建ち並び、町を行くほとんどの人たちは天理教と染め抜かれた黒い半天を身に着けていた。半天にはどこからやって来たのかが分かる支部名が染め抜かれている。練馬、大分、和歌山・・と全国からやって来ていることがわかる。私のように色の服をそのまま着て歩いている人はほとんどいない。あの人は天理教の信者ではないということが服装からすぐ分かってしまうのである。大きなお寺が見えてきた。天理教本部である。それは実に堂々たる建物で、私設の消防団もあり、消防自動車が何台も待機していた。商店街もずっと続き、みやげ物を売っている。全国から来た信者の人が買って行くのだろうが、どの店も商品が溢れ、繁盛しているように見えた。天理市が天理教の町であることを思い知らされた。

 今日の街道歩きは天理駅で終点を迎えたが、今までにない体験を得ることができ満足だった。帰りの近鉄電車の窓から遠くに見える三輪山を眺めながら、職場の友人たちにもこの道を紹介しようと思った。







[ 2012/05/19 11:18 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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