水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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春蝉の鳴く中山道和田峠越え (2)


(2) 下諏訪~西餅屋~和田峠 

 この下諏訪から、今回はタクシーで和田峠の上り口まで行く。和田峠を越えるバスは夏の一時期を除いて、運行されていない。昨日、この町の観光協会の人と電話で話をしたが、その時期でもほとんど人が乗らない路線だという話だった。駅前はリュックを背負った年配の人たちで混んでいた。尋ねると、「今日は、高原を歩く会が開催されているので、それに参加するのです」という返事が帰って来た。和田峠を歩く会ではなかった。

 タクシーがやって来たので乗車すると、女性の運転手である。諏訪の町にも女性が運転するタクシーが増えているようだ。「和田峠を歩きたいのだが、その手前の西餅屋まで行ってほしい」と言うと、「そこなら、よく知っています。最近、歩く人が増えて、東餅屋まで乗せて行くことが多いのですよ」と自信ありげな返事が返って来た。

 タクシーは国道142号線(旧中山道)を上って行く。残念ながら、下諏訪から西餅屋までは旧道はほとんど残っていない。前回、この国道を早朝に歩いたことがあるが、白い線が引かれた路側帯しかなく、大型トラックの危険を感じた時の感覚がよみがえってきた。「最近、本当に歩く趣味の人が増えてきましたね。平屋に住み、歩くことを趣味にしている人は、今の時代には最高の贅沢な趣味を持っている人だと思います。」と女性運転手は言った。私は、そんなに贅沢な趣味を、実行しているのかと苦笑してしまった。

 20分程で、目的地の西餅屋の上り口に到着した。「着きましたよ」と女性運転手は、ドアを開けてくれたが、そこは、私が考えていた場所ではなく、林道の上り口であった。「ここではなくて、西餅屋の旧中山道の上り口なのですが」と、言うと、「えっ」と驚いた声が返ってきた。どうやらこの女性運転手は、その場所を知らなかったようだ。ここから、少し下った所に「西餅屋一里塚」の案内板が出ていたが、タクシーはそこを通過して来たよだ。そこまで、戻ってもらうことにした。西餅屋の上り口へ戻った分タクシー代は高くなったが、予定していた5000円ではなく、4000円で済んだのはありがたかった。

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 車止めの鎖で閉ざされた所から旧道は始まっていた。草に覆われた自然道が落葉松の林の中にずっと続いているのが見える。道の脇に案内板が立っていて、ここが「西餅屋茶屋跡」であったという説明がある。細い自然道は、草に覆われあまり人が歩いた形跡がなかった。タクシーの運転手も知らないのだから、西餅屋から和田峠を越える人はあまりいないようだ。

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 急な上り道を歩いて行く。カラマツの青い緑が太陽の光を受けて本当に美しい。この辺りは標高が1300mを超えているので、カラマツがよく育つ気候なのだろう。カラマツが美しかった奈良井の鳥居峠を思い出したが、この道はそれ以上かも知れないと思った。

 何だか辺りが騒々しい。どうやら蝉の鳴き声である。今の時期に鳴くのだから春蝉というのだろう。これまでに春、蝉の鳴き声を聞いたことはあったが、これほどたくさんの蝉の鳴き声を聞いたのは初めてだ。足元に蝉の抜け殻が落ちている。目の前の枝に何か動くものを見つけ、手に取ると、それは蝉であった。透き通った羽で、ツクツクボウシくらいの大きさである。これが春ゼミなのかと初めて知った。道をどんどん上って行くと、かっこうやウグイスの鳴き声も聞こえて、奥深い春山の素晴らしさを満喫しながらの街道歩きになった。 

 30分近く上ったところで急に道が分からなくなった。何だか辺りの山の様子が荒れている。遠くを見ると、建築用の支柱が見える。何かこの辺りで作っているようだ。消えかけた道をかろうじて残っている道標を頼りに上って行くと、突然ガレ場が現れた。木が倒され、山の斜面が掘り返され、大きな建築機械が持ち込まれ、レストハウスを建築しているようだ。ここから峠を越えた所はスキー場なっているので、そことつながるのかもしれないが、美しい緑に囲まれた旧道がガレ場に変わってしまっていることは、本当に残念だった。下諏訪の町の人に、旧道がなくなってしまったことを聞いてみたらどんな返事が返ってくるのだろうか。役所の人もこんなひどい状態になっているのを知っているのだろうか。

 ガレ場を過ぎて、再び旧道が現れた。ここは破壊からは免れているようだ。更に急になった道を上っていくと見晴らしのよい場所に着いた。しばらく休憩する。遠くの山々の緑が美しい。道の脇に生えているカラマツの葉が光にきらきら輝いて見える。昔の旅人も同じようにこの地でこの景色を眺めて、疲れを癒していたのだろうか。

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 休憩を終え、岩がごつごつした道を上って行くと大きな道標が見えた。標高1600mの和田峠に着いたようだ。峠には、案内板や道標、記念碑などが幾つも立てられていた。案内板には「この道は、江戸時代の中山道である。和田宿は慶長七年(1602)開設された。下諏訪まで和田峠越えの5里余(約20km)の道筋は、慶長19年(1614)頃完成したといわれる。中山道開設以来、江戸時代を通じて諸大名の参勤交代や一般旅人の通行、物資を運搬する牛馬の往き業などで賑わいをみせた峠である。頂上に遠く御嶽山の遥拝所がある。冬季は寒気も強い上に積雪量も多く、冬の和田峠越えの厳しさは想像を絶するものがあったろう。」と説明があった。山並みのずっと向こうに下諏訪の町が小さく霞んで見えていた。




[ 2012/06/02 05:45 ] ふらり きままに | TB(1) | CM(0)
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(2) 下諏訪~西餅屋~和田峠  この下諏訪から、今回はタクシーで和田峠の上り口まで行く。和田峠を越えるバスは夏の一時期を除いて、運行されていない。昨日、この町の観光協会の人と電話で話をしたが、その時期でもほとんど人が乗らない路線だという話だった。駅前はリ...
[2012/06/02 08:51] まとめwoネタ速neo
プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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