水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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 春蝉の鳴く中山道和田峠越え (3)

(3) 和田峠~三十三所観音前~和田宿 

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  ここからは、整備された旧道を下って行く。スキー場を横に見ながら、あっという間に300m近くを下ってしまった。峠はもうかなり上の方に見える。前方に舗装道路が見えてきた。霧が峰高原や蓼科高原につながるビーナスラインである。旧道はその道を横切って下って行く。料金所のすぐ横を通り、しばらく行った所が東餅屋である。江戸時代には何軒も茶屋があったというが、今はレストハウスが一軒あるのみだ。力餅というのぼりが出ている。この土地の名産品なのだろう。時刻は11時30分、中に入って休憩することにした。コーヒーを注文した。店には、この地域で産出する黒曜石がみやげ物として売られていたが、小さなかけらが500円という値段には驚いた。そこへ10人位のグループが入ってきた。どの人も汗をしっかりかいている。どうやら和田宿からここまで歩いて来たようだ。和田宿から和田峠までは約800m近い標高差がある。ここまで一気に上ってくるのは大変だったろうなと思った。歩くコースとしては、やはり和田峠から和田宿へ向けてのんびり美しい景色を見ながら下って行くのがいいのではないかと思った。

 再び、旧道を歩き始めると、キャンプ場の横を過ぎた。今日は人が一人もいないが、夏は人でごったがえしているのではないだろうか。どんどんカラマツ林の中の道を下って行くと、時々石畳の道が現れ、旧街道の面影が残っていた。道端には、ノブキが葉を大きく広げ、その脇に黄色や白や紫などの野草が可愛らしい花を咲かせていた。その中に一際目立つピンク色の花が咲いている。満開の時期は少し過ぎていたが堂々とした花であった。後で調べるとユキワリソウという名前が付いていた。

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 更に下って行くと古い茶屋跡に着いた。永代人馬施行所という昭和58年に復元された建物である。11月から3月まで峠を越える旅人に粥と焚き火を、牛馬には年中桶一杯の煮麦を施した所であると説明があった。建物の横に5~6人の人が水をポリタンクやペットボトルに汲んでいる。「どうしてですか」と質問すると、「ここの水はおいしいということで汲みに来ているのです」という返事が返ってきた。建物の前にある駐車場には、長野県ナンバーだけでなく、大宮とか他府県ナンバーの車も止まっていた。10分程そこにいたが、車が出て行ったかと思うと、また、次の車がやって来て、ポリタンクを持った人が降りてきた。今日1日そのような光景が繰り返されるのだろう。ここの水はかなり有名なようだ。

 時刻は12時30分を過ぎ、腹もすいてきたが、少し我慢してそのまま旧道を下り続けると、三十三所観音前に着いた。そのすぐ横が茶屋跡で今は小さな休憩所が設置されている。前回来た時に、この休憩所に置いてあったノートに、何か書いたことを思い出し、さっそく小屋の中に入ってみると、その時のノートが下がっていた。中を開くと、たくさんの人のサインや言葉が書き綴られている。自分の書いたページがないか、どきどきしながら捜していくと、その中に自分のサインを発見した。「下諏訪から歩いてきました。今まで歩いた中山道の中ではここは最高です」という言葉が書かれていた。本当にこの道は素晴らしいと今日も感じた。

 そこから少し下った男女倉口で旧道は終わっていた。ここで昼食にした。午後1時過ぎ、出発。ここから和田宿までは国道142号線の白い路側帯を、トラックや車の危険を感じながら歩くことになった。ガードレールやコンクリートの壁には自動車が激突した跡が幾つも残り、歩くのには少々勇気が必要だった。美しい街道を歩いていた時の気持ちが半減してしまったのは本当に残念だった。午後2時過ぎに和田宿に到着。予定していた14時35分発の上田行最終バスに無事乗ることができ、今日は日帰りできそうである。

 定刻通りバスは発車した。乗車したのはたったの三人。和田から乗車したバスは途中までは村営バスだった。和田村は、本陣を再建したり、旧道を保存したりと努力しているようだが、この村への交通機関がこの状態では人は来てくれないのではないだろうか。
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 今回歩いてみて、景色の美しさも去ることながら、江戸時代に身の危険を感じながらも山越えして行った旅人の気持ちが、この道を歩くことを通して、今の私たちにも伝わって来るところが素晴らしいと思った。もっとたくさんの人にこの道を歩いてもらいたいものだ。下諏訪や和田村のお役所には、気軽に歩けるように道路を整備したり、トイレを設置したり、途中の危険な国道には、歩道をきちんと付けたりして安全にそして安心して歩けるように努力してほしいものだ。途中の交通機関が確保されれば、名古屋からも日帰りでここへ歩きにやって来られそうだ。

名古屋へ向かう「特急しなの」の車窓に広がる夕闇迫る山々を眺めながら、「今日は春蝉の鳴く和田峠越えであったが、秋には、黄色く色付いたカラマツの落ち葉が降る和田峠を越えてみよう」と思った。(完)



[ 2012/06/03 20:23 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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