水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

団塊世代の親父のブログです。
水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記 TOP  >  スポンサー広告 >  ふらり きままに >  春の小豆島を歩くふしぎな旅 4

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

春の小豆島を歩くふしぎな旅 4

第4日 安田~池田港へ

 朝5時起床。すでに他の部屋の老人たちは起きているようだ。私も洗面を終え、荷物を整理した。6時30分館内放送が入る。今までよりも早い時刻である。食堂へ移動する。すでに食堂は満員であった。般若心経の流れる中で私は食事を始めた。お経が終り、お遍路たちの食事も始まった。

「どこから見えたのですか」隣のテーブルのおばあさんに聞いた。「岡山県村上からです。毎年春と秋にここへやって来ています」と返事が返って来た。この団体も女性が圧倒的に多いようだ。女性は長生きして元気だということを証明していた。

 食事を終え、宿代の精算を終えた。1泊6600円。安い料金で3泊したことになる。「これ、おみやげに持って行ってください」女将さんが店の棚に並べてあった素麺の箱をくれた。「荷物もあるし、いいですわ」と断わったが、「小豆島の味を家で味わってほしい」と強く言われ、頂戴することにした。お礼に下手なスケッチを渡すことにした。自分でも少しうまく描けたと思った「オリーブ公園のモチーフ」を贈った。


 午前8時旅館を出発した。久しぶりに重いリュックを担いだが、毎日20km近く歩いていたので、体力もかなり付き、足取りも軽く歩いて行くことが出来た。フィルムがなくなり、写真屋に寄る。「これ、小豆島の宣伝の載ったパンフレットだよ。あげるわ」とコンパクトなパンフレットをくれた。小豆島で会った人はみな親切だなあと思った。

 30分ほど歩き、草壁港に着いた。高松へ向けてフェリーが出航している港である。港で釣をしているおやじさんがいた。「何か釣れますか」と聞くと「何も釣れやせんけど、暇つぶしに釣をやっとるんだ」と愛想ない返事が返って来た。

 国道をどんどん西に歩いて行けば目的の土庄町に着く。少し寄り道になるが、「へんろ道」という石の道標が出ていたので、歩いて行くことにした。へんろ道は車が通らず、旧道を歩いて行く気分だ。第24番安養寺の標識が見える。お遍路道はその先へ続いているようだった。お寺の入口でお坊さんが掃除をしていた。「お参りですか」と聞かれ「いや、ただお遍路道を歩いているのですが」と答えた。お坊さんは「拝んでいかないのですか」と少し起こったような口調に変わった。やはりお寺へ行って参らないのは失礼そのものであった。

 再び、「へんろ道」の道標に従って歩き出した。第25番誓顔寺が見えてきた。お寺に入らずにお遍路道を歩き始めたら、道端で草むしりをしている老人に「拝みにきたのじゃないのか」と呼びとめられた。「いや、道を歩いているだけですが」と言ったが、納得できないという表情だった。小豆島でお遍路道を歩く人は、「お遍路さん」という形が普通になっているのだと思った。お遍路道を歩くのはそこで止めて国道へ戻った。

 オリーブ公園、オリーブ園の前を過ぎる。広い歩道があり歩き易い。峠を越えた所から道を左に折れ、小豆島ふるさと村へ向かう。手延べ素麺を作っている所が見られるというので寄り道することにした。小豆島ふるさと村は海岸に面した所にあり、広大な敷地にプールやキャンプ場などが作られ、その中にそうめん館の建物があった。手延べ素麺作りを見ようとちいさなプレハブの建物へ行ったが、乾燥段階に入っていてよく分からなかった。食堂に置いてあったビデオを見て作り方を理解した。寄り道したのに残念だった。

image6122.jpg

 池田港へ向かって歩き始めた。緩やかな坂を上り、トンネルを抜けると池田港が見えて来た。下り道は海岸線を歩いて行くことにした。満開の桜の花が目に飛び込んで来た。寒椿桜という名札が下げてあった。隣にある椿の花も満開で、がっかりしていた気持ちがどこかへ飛んで行ってしまった。美しいものには不思議な力があるものだ。

image6121.jpg

 海岸線を歩いて行くと、不思議な形をした石垣が見えて来た。横には神社が建てられている。「池田の桟敷といい、江戸時代に築かれた天上桟敷で、秋祭りの太鼓や神輿の大練りを見るために使われた」と説明があった。今でも野外舞台として使っているのかもしれないと思った。

syodo10.jpg

 池田港から少し行った所に大孔雀園がある。ここも寄って行くことにした。丘の上に孔雀園はあった。「ニャーウォー」大きな鳴き声が聞こえる。最初は猫が鳴いているのかと思っていたが、それは孔雀の鳴き声だった。入口で入場料420円を払って中へ入った。時刻は丁度12時だった。「孔雀は12時になると羽を広げるのだよ」と子どもの頃聞いたことがあった。ひょっとしたらその姿が見られるかも知れないと期待しながら園の中を歩いて行った。孔雀が道の両サイドや広場をうろうろしている。一体何羽いるのだろう。驚きながら歩いて行くと、しっかり羽を広げた孔雀が1羽、広場の陰にいた。羽の開いた孔雀を実際に見たのは初めてだった。園のおばさんが「サカリのついたオスがメスに愛情を贈る時に羽を広げるのです」と科学的な話をしてくれた。孔雀園には3000羽近い孔雀がいるとのことだったが、この時間に園にいた客は私一人だった。1羽の餌代にもならないなあと思った。

 土庄町は目の前だった。小豆島の歩き旅ももうすぐ終る。土庄町の入口に小高い丘があったので、上ってみた。丘の上は双子浦を展望できるお勧めのポイントだった。行き止まりだと思っていた神社から町に向かって石段の道が続いていた。桜が咲く頃にはたくさんの花見客が訪れて賑わっているのだろう。

syodo11.jpg

 小さな川を渡った。地図で見るとこれが土渕海峡のように思えるが、川のようにも見えた。「これが土渕海峡ですか」と道を行く男性に聞いた。「世界で一番狭い海峡はもう少し右に行った所ですよ」と親切に教えてくれた。
川沿いの道を歩いて行くとパンフレットに出ていたアーチ型の橋が見えて来た。世界で一番狭いという海峡である。橋の欄干にギネスブック認定というプレートが掛けてあった。こんな川みたいな所が海峡になっているとは信じられなかった。

syodo12.jpg

 昼飯をどこかで食べようと思ったが、一気に港まで行くことにした。港は15分ほどで港に着いた。どうしても見たいと思っていた「二十四の瞳 平和の群像」はフェリー乗り場の横にあった。先生と12人の子どもたちが舞台の上で楽しそうに話をしている様子が伝わってきた。

image6123.jpg
 
 港を出航する岡山行フェリーの時刻には間に合いそうだった。小豆島で出会った人たちやお遍路さんたちとの出会い、美しい自然などのことが頭の中を駆け巡っていた。今度来るときは、真剣にお遍路道に挑戦してみようと思った。 (完)

     
[ 2012/06/12 06:16 ] ふらり きままに | TB(1) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

まとめtyaiました【春の小豆島を歩くふしぎな旅 4】
第4日 安田~池田港へ 朝5時起床。すでに他の部屋の老人たちは起きているようだ。私も洗面を終え、荷物を整理した。6時30分館内放送が入る。今までよりも早い時刻である。食...
[2012/06/12 09:17] まとめwoネタ速neo
プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。