その1 三月十二日(日)、前々から歩いてみたいと思っていた柿其渓谷へ出掛けることにした。高蔵寺八時四十二分発の「ナイスホリデー木曽路号」塩尻行に乗車した。列車は四両編成、そのうち三両が自由席だ。この列車は、土、日に限って中央本線を走る臨時列車だが、昨日から運転を始めたばかりである。車内は、席がほぼ埋まっているが、歩くかっこうをした客はちらほら見えるくらいだ。春がやって来たといっても、朝の冷え込みは厳しく、木曽の山を歩くには、まだ少し時期が早いようだ。
列車は、スピードを上げ、古虎渓の渓谷を走っていく。車窓から見える冬枯れした山の景色からは、まだ春を感じることができなかった。多治見を過ぎ、車窓は、田畑が広がるのどかな里山の風景に変わった。線路近くに広がる田や畑は、耕運機で耕され、作物を植える準備がすすめられていた。春は着実にやって来ているようだ。
向い側に、七、八人の婦人のグループが座って楽しそうに話をしている。服装から見ると、どこかの温泉に出掛けるようである。話が盛り上がり、時々大きな笑い声が起こる。車内は、賑やかな話し声で春満開の様子だ。
中津川に到着した。大半の乗客が列車を降り、車内はがら空きになってしまった。向い側の婦人たちも、大きなカバンを下げて降りて行った。
静かになった列車は、中津川を発車した。トンネルを幾つかを抜けると、風景は一変して雪景色になった。目の前に見える山は白い雪で覆われている。まさか、雪が積もっていようとは予想だにしてなかったので、驚いてしまった。ズックで来たことを悔やんだが、今さらどうにもならない。今日歩く柿其渓谷はここからあと少しの所だが、どうやら雪の中を歩くことになりそうだ。気分が少々重くなる。
列車は南木曽を過ぎ、十時八分、十二兼に停車した。柿其渓谷はこの駅がスタート地点である。昨日から始まったJRの「さわやかウオーキング」の催しに、何人かは参加するのだろうと思っていたのだが、何と、雪が降り積もったホームに降りたのは私一人であった。