その2 三角形のシャレタ駅舎を後に、舗装された道を柿其橋に向って歩き始めた。心配していた雪も道路にほとんどなく、歩き易い。道路の温度が高いので溶けてしまったようだ。

車一台通らない道を、しばらく歩いた所に柿其橋があった。木曽川に架かる橋から見た渓谷は、水が少なく、ごつごつした白い岩が谷を埋め尽くしていた。まだ春が遠い冬景色である。

橋のすぐ脇に八剣神社があり、境内には樹齢530年という大杉が生えていた。昔は、四本の杉が一体になっていたというのだが、二本は枯れてしまい、今は二本だけになってしまった。十メートルはあるという幹の太さには驚いた。
そこから揺るかな上りになった道を二十分ほど歩いた所に水路橋があった。国の重要文化財になっているもので、現存する戦前の水路橋の中では最大級のものだ。こんな貴重な建物がこの村にあることに驚きを感じる。
そこから、少し上った所に小さなお堂が見えた。道からは少し下った所なので、そこまで行く気はないが、よく見ると、大きな枝垂れ桜が二本植わっているようだ。中山道、中津川の子野にも大きな枝垂れ桜が植わっていたが、ここの枝垂れ桜はそれとは比べものにならないくらい大きくて見事な木である。地図で調べると、柿其観音の枝垂れ桜と表示があった。

しばらくその木を眺めていると、そこへおじいさんが、鍬を持って通りかかった。「みごとな枝垂れ桜ですね」と声を掛けると「何百年も経っているもので、毎年花が咲く頃にはたくさんの人が写真を撮りにやって来るよ」と話してくれた。「少し前までもっと大きかったのだが、じゃまだというので、枝を切ってしまったんだよ。切った所の少し上の方が、枯れてきているのが心配だ。例年、四月の中ごろには満開を迎えるよ。その頃来るといいよ」と詳しく説明してくれる。「まだ、雪があるのでびっくりしました」と言うと「この雪は、昨夜から今朝にかけて降ったんだよ。もう、雪は降らんと思っていたのに、思いがけない雪で私も驚いているよ。これから先の峠は雪が積もっていて大変だよ。気をつけて歩いて行きなさい」と親切に道を教えてくれた。