その4 道の雪は深くなり、車の轍も林道に入ってからはすっかりなくなり、何一つ踏み跡のない雪道を少々心細い気持ちになりながら進んで行った。林道からは、白く雪を被った山々が遠くに望め、眺めは素晴らしいものであった。雪道を歩いて行くと、雪の中に小さな足跡が付いていた。どうやら野ウサギの足跡のようだ。時々、大きな足跡も見える。カモシカかイノシシのものだろうか。結構いろいろな動物がこの山に住んでいることが分かる。この先、カモシカやイノシシに遭遇しないことを願いながら歩いて行った。

一時間ほど歩いた所で、再び人家が見え始めた。道の雪も溶けてなくなり、歩き易くなった。ここには民宿が何軒もあると地図に表示がある。ひょっとするとどこかの民宿で昼ご飯が食べられるかもしれない。そんなことを期待しながら道を歩いて行くと、道端の少し小高くなった所に何か黄色い花が咲いている。近くに寄って見ると、何と福寿草が可憐な黄色い花をつけていた。花は全部で四つだったが、今日始めて見た春の花だった。春を告げる福寿草が見られたことで、気分は壮快になっていた。
道を少し進むと「おいしいラーメンがあります」の幟が立っている。さっそくその店に入ることにして、坂道を下りていくと、広い駐車場があり、「いち川」という民宿の前に出た。ここは、日帰り入浴もできるという案内が出ている。持っていた地図にもそのことが紹介されていた。中に入ると、広間に店の主人らしいおじさんがコタツに入ってテレビを見ている。「食事はできますか」と言うと「できますよ。どうぞ入ってください」と返事あった。靴を脱ぎ、広間の隣にある食堂のテーブルの前に座った。食堂には一人の客がすでに食事をしていた。奥からおかみさんがお茶を持ってやって来た。ラーメンと冷酒を注文する。店の主人は相変らず、テレビを見ている。テレビからは名古屋女子国際マラソンの実況中継が流れていた。高橋選手を先頭にして七、八人の集団が走っているのが見えた。
注文した冷酒とラーメンを持っておかみさんがやって来た。「十二兼から歩いてきましたが、途中雪道で大変でした」と話すと「道を歩いて来たのですか。じゃあ、これをあげなくては」と、おかみさんは、さわやかウオーキングの参加券と参加賞のヒノキの箸を渡してくれた。この民宿は、JRと提携してこの地域のさわやかウオーキングの企画を支援しているとのことだった。
運ばれて来たラーメンのスープは色が濃くて、くどそうな感じだったが、飲んでみると、意外に薄味で、美味しかった。「どうですか。スープは見た目と違って、さっぱりしているでしょう」と、それまで、テレビを見ていた主人が話掛けたきた。「このスープは、焼いた岩魚を出汁にしているので、色は濃く見えますが、さっぱりしているのです。この宿自慢の料理です」と自信ありげに話してくれる。冷酒は、白いにごり酒だ。ラーメンを肴に飲むにごり酒も美味しい味だった。温泉付きのこの宿は、一泊一万円で宿泊できるとのことだった。代金千二百円を払い、宿を出発した。