水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

団塊世代の親父のブログです。
水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記 TOP  >  ふらり きままに >  初心者マークの車で走った北海道の旅

初心者マークの車で走った北海道の旅

第5日目 奥尻島から松前へ

 午前5時過ぎに目が覚めた。旅に出ても起床の時刻はいつもと変わらないようだ。洗面を終え、スケッチブックを持って朝の散歩に出掛けた。桟橋から海の中を覗くと、小さな魚がたくさん群れていた。昨日、桟橋で、釣りをしている人を見ていたら、サバやアジ、それにチカという小魚がたくさん釣れていた。今、釣り糸を垂らせば、それらの小魚がたくさん釣れるだろうと思った。
 漁協の前まで行って、昨夜のイカ釣船を見つけた。漁には出なかったようだ。そのままの姿で繋留してあった。今日は日曜日。イカ釣漁は休みのようだ。スケッチブックを開いて絵を描いていると、夫婦連れが近寄って来た。
「散歩ですか」と声を掛けた。「あなたはスケッチですか。朝の散歩は気分が爽快になります」と返事が返って来た。
 スケッチを終え、午前6時過ぎに宿へ戻った。朝食の準備ができていて、2人のお客さんが食事を始めていた。この人たちも私と同じフェリーで出発するのだろうか。テーブルにはたくさんのおかずが並んでいた。そして、ウニの味噌汁が出て来た。ウニを味噌汁の具に使うとは、ウニの本場でしかできない料理だ。美味しい味噌汁だった。
 料金を精算してもらったが、この民宿では最後まで私は宿帳を書かなかった。「誰が泊まったのか、宿の人が把握する必要がない」というのはどういうことなのだろうか。面倒だから?それとも、行きずりの客だから?税務署からうるさく言われるから?本当のところはどうなのだろうか。こちらは気楽でいいのだが…。
 午前7時、瀬棚港行フェリーに乗船した。早朝の便なのに、結構混んでいる。私は、後部甲板に荷物を置き、座席を確保した。桟橋には見送りの人の姿が10人近く見える。中でも一際手を激しく振っている若い夫婦の姿が目に付いた。船上の人に話し掛けているようだが、その人の姿は私の場所からは見えなかった。

DSCF0042.jpg
出航風景

 出航準備が終り、ロープが外され、フェリーが動き出した。桟橋がだんだん遠くなって行く。その時、小さな子どもを連れた夫婦が後部甲板にやって来た。その奥さんが涙を流しながら、必死に桟橋に向かって手を振っていた。どうやら先ほどの相手というのは、この人たちだったのだ。旦那さんは外国人だった。奥さんが里帰りで奥尻島へ戻り、再び外国へ旅立つという別れだったのだろうか。辛い別れを目の辺りにして、私も少々感傷的になってしまったようだ。
 午前9時、フェリーは瀬棚港に近づいた。瀬棚港のすぐ横に、2つの大きな風車が回っているのが見えた。奥尻島へ行く時には全く気が付かなかった。フェリーから反対側ばかり見ていたからだろう。今までの北海道の旅では風車との出会いがいつもあった。懐かしい思い出もある。今回も風車と出会えたことが嬉しかった。船から降りたら立ち寄ってみることにした。
 午前9時半、再び車の運転を始めた。目的地は瀬棚港のすぐ横にある、風車の立つ丘だ。風車は海岸の砂丘の上に立っていた。手前にある砂浜では1組の家族連れがテントを張り、キャンプをしていた。親父さんは水上バイクを楽しんでいた。美しい自然の中で、家族水入らずでのんびり過ごす風景は平和そのものだった。車とキャンプ用具があれば、美しい海岸線の続く北海道では気軽にキャンプが楽しめるのだ。

DSCF0154.jpg
瀬棚の風車

 午前10時半風車の丘を出発。再び国道229号線を函館へ向かって南下し始めた。12時過ぎ、瀬棚港から50km近くを走り、江差町に着いた。江差追分で有名な町だ。中心街を通り抜け港へ行った。休憩の予定だった。車を停め、外へ出て、遠くを見ると大きな帆船が見えた。
「あれは、何ですか」道を歩いて来たおじいさんに尋ねた。
「開陽丸という帆船だよ。記念として飾ってあるのだよ」
「見学できるのですか」
「もちろん、すぐ近くだから行ってみるといい」おやじさんは親切に説明してくれた。
 思い掛けない物の出現に、少しワクワクしながら出掛けた。

DSCF0050.jpg
開陽丸
 
 「開陽丸は、幕末(1862年)に徳川幕府が建造した軍艦である。しかし、1868年戊辰戦争の折、江差沖で沈没した。平成2年に復元され、博物館として利用されている」と説明があった。復元されたものということで興味は削がれたが、どっしりした黒い船体と聳え立つマストは迫力があった。開陽丸のある浜辺は海水浴場にもなり、テントが並び、たくさんの人でごった返していた。
 昼時なので、どこかで昼食と思ったが、レストランも浜茶屋も混み合っていてとても食事する雰囲気ではなかった。港に止めていた車に戻ることにした。イカ釣船が桟橋に何艘も繋留してあった。奥尻島で見たイカ釣船を思い出した。そう言えば、江差港も奥尻島とフェリーが結んでいるのだ。今ごろ、奥尻島はたくさんの観光客で賑わっているのだろうか。
 国道229号線を進む。どこかで昼食を食べようと思いながら走って行く。こんな時車は大変便利だ。道を歩いている時は、そう思っても、都合のよいように飲食店は現れない。時には昼ご飯は抜きということもある。しかし、車はアクセルを踏めばどんどん進むし、コンビニだって、食堂だってすぐ現れる。今日も、5分も走らない内にラーメン屋が現れ、そこで味噌ラーメンを食べることができた。車とは便利なものである。
 江差町を後にし、国道を進む。もちろん時速は80km。この猛スピードにもかなり慣れて来たようだ。いや、麻痺してしまったのかもしれない。
 午後3時、松前町に入る。函館まで、あと100kmほどの距離である。このまま走れば今日中に函館に着いてしまう。改めて車の速さを知らされた。今日は松前に泊ることに決めた。
 どこかで休憩をしようと思っていると、左手に2つの大きな風車が見えて来た。再び風車を見て心が和む。大きな駐車場があるので停車した。
 そこは、松前町のファミリーゴルフ場だった。自販機でお茶を買うつもりで案内所へ歩いて行くと、壁に「1日、ゴルフを楽しんで500円」という表示が貼ってあった。今考えると、よく分からないのだが、しばらく間、私はファミリーゴルフに挑戦してしまったのである。たぶん、丘の上で回る風車がそう言う気分にさせたのだろうと思っている。

DSCF0052.jpg
松前のパークゴルフ場

 ここのファミリーゴルフは本格的で、18ホールが設定されていた。「このコースは50mでパー4」と表示化があり、スコアーもきちんと取らなければいけないものだった。いい加減にしようものなら、係の人が走ってきて、説明やら注意をしてくれた。そういう私は、本格的なゴルフをするのが初めてで、どういう順序でコースを周ったらいいのかも知らなかったということもあるが…。バーディーというものも、やっと理解できたのだが、残念ながらいつも回数をオーバーして、これ以上打ってはいけないという10回を超えていたのは確かだったように思う…。それにしても風車の見える丘でゴルフが楽しめたことは気持ちよかった。
 午後4時、松前の町を見学に出掛ける。松前という名前からは「松前城」という名前が連想された。松前城の表示を探しながら車を走らせた。「松前城・松前藩屋敷」という標識がある。道路を左折し、細い道を上って行く。「松前藩屋敷」という表示があり、広い駐車場に出た。車を停め、見学することにした。
 施設は有料で入場料300円を払う。松前藩時代の武家屋敷や商家、町並みなどを再現したもので「映画村」という感じがした。本物の歴史がそこに残っているのではないのでがっかりした。たくさんの税金を使った「箱物」という感じがした。

DSCF0054.jpg
松前城

 続いて松前城へ行った。「わが国で最後の日本式築城。北方防備を強める幕府の命令で1854年完成。明治維新の戦いの舞台になり、土方蔵三などの旧幕府軍の攻撃で落城した。昭和35年再建された」と説明があった。観光客が何人も訪れて賑わっていた。松前へ来たら見るところは「松前城」ということになるのだろう。
 時刻は5時。今晩の宿を探さなくてはいけない。手元にあるパンフレットに民宿の紹介が出ている。「うまく見つかるといいのだが」と思いながら、1番目に書いてある「はまべ」へ電話をした。「はい、泊れますよ。どうぞ来てください」と快い返事をもらう。場所は松前の町中からは少し離れているというが、車だからすぐに到着した。
 民宿「はまべ」は国道沿いの小さな港が見える所にあった。玄関で声を掛けると、気さくなお上さんが現れた。「ようこそいらっしゃいました。どうぞ2階へ上がってください」と案内された。小さな民宿で、部屋は4つほどしかなかった。
 今回の旅には釣道具を持って来た。どこかで釣もやろうと思っていたのだが、チャンスがなかった。明日は函館に到着しそうだ。
「釣をするならここが最後のチャンスではないか」と思った。調理場にいるお上さんに聞くことにした。
「港がありますが、魚は釣れますか」とお上さんに聞いた。
「アジとかサバが釣れるみたいですね。この間もお客さんが小さなサバを釣ってきましたよ」と料理をしながら答えてくれた。
「この辺りに釣具店はありますか」
「少し離れていますが、松前の町中にあります」と調理の手を休めて、地図を書いて場所を教えてくれた。
 さっそく車を走らせて、釣具店へ行った。釣具店の親父さんからサビキ用の針と、オキアミを勧められ、購入した。うまく釣れればよいのだが、明日の早朝に挑戦することにした。
 宿へ戻る。夕食までまだ時間があるようだ。この近くに温泉があるというので、出掛けることにした。お上さんから、「歩いて10分ほどの所です」と聞いたので、サンダルを履いて出掛けた。川沿いの道を上って行く。公民館のような建物の中で神輿の飾り付けを若者たちがしていた。「松前祭り」のポスターが貼ってある。明日はこの町でお祭りがあるようだ。
 家並みがなくなり、山に囲まれた静かな場所に出た。ヒグラシが盛んに鳴いている。もう10分近く歩いているが、それらしい建物は見えない。目の前を小さな虫が凄いスピードで横切って行く。よく見るとアブだ。北海道には今の時期たくさん発生する。去年、山道を歩いていて何ヶ所も刺された思い出がある。持っている手ぬぐいで払いながら歩いて行った。
 遠くにそれらしい建物が見えた。「松前温泉」という看板が光っている。町営の温泉である。入湯料の380円を払う。広い湯船がある。日曜日で混んでいた。旅の疲れを流して外へ出る。冷たいビールが飲みたいが、残念ながらビールの販売はしていなかった。
 薄暗くなった道を、再びアブに囲まれながら民宿へ急いだ。公民館の神輿作りも若者の数が増えて力が入っていた。
 夕飯が始まった。今日の宿泊は、私と同年輩の親父さんの2人だった。魚中心の料理が並んでいた。殻に入ったウニが出て来た。生きがよく、甘くて美味しかった。珍味のホヤの刺身もある。初めて食べたが、コノワタに似た味だった。ビールがどんどん進んだ。酔いも回り、早々に部屋へ戻った。
 明日は函館に着く。ここから車で2時間くらいの距離だそうだ。函館まで行けば、今回の旅の目標は達成できる。しかし、函館から先、どうするのかまだ決めていなかった。函館から室蘭か、苫小牧まで行き、そこからフェリーに乗る方法がある。函館から青森へフェリーで渡り、そのまま家まで車で帰る方法もある。小樽から松前まで車で走ってきたのだから、思い切ってこのまま、青森へ渡り、そのまま日本海側を走り続けてみようと思った。
 さっそく函館のフェリー乗り場へ電話をした。「明日の便ですと、午前12時10分発青森行に空きがあります。今から電話でも予約できます」と快い返事を貰った。すぐに予約手続きをした。出航の90分前に受付で乗船手続きをしてほしいということだった。明日は8時に出発すれば十分間に合いそうだと思った。明日は北海道最後の日になるのだ。いや、明日はさらに青森から東北地方縦断の旅が始まるのかと思うと、ワクワクするような気持ちになった。行き当たりばったりの気ままな旅はこういうことができるから面白い。 
 明日は早朝の釣がある。大漁を期待しながら床に着いた。


[ 2012/07/10 08:57 ] ふらり きままに | TB(1) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

まとめtyaiました【初心者マークの車で走った北海道の旅】
第5日目 奥尻島から松前へ 午前5時過ぎに目が覚めた。旅に出ても起床の時刻はいつもと変わらないようだ。洗面を終え、スケッチブックを持って朝の散歩に出掛けた。桟橋から海の...
[2012/07/11 18:26] まとめwoネタ速neo
プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム