水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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北海道最北端から歩く

第1日 名古屋から稚内

 午前八時四十分、定刻通り飛行機は、名古屋空港を飛び立った。行き先は、札幌千歳空港。夏の長期休暇をもらい、「日本最北端の北海道宗谷岬から札幌までを、歩いて見よう」と、馬鹿な計画を立てた。今まで、いろいろな所を歩いてきたので、北海道も歩いてみようと思ったのだ。そのことを、ついつい、口が軽い私は周りの人に話し、それを聞いた人も、「また馬鹿なことを、この人は言っている」と思いつつ、いろいろアドバイスや協力をしてくれた。 
 
 「とにかく、北海道はスケールが大きいから、町と町との間の距離も長いし、宿屋がないところもあるよ。寝袋を、持って行った方がいいよ」「リュックを、もっとしっかりした物にしたら」「靴も、足に負担の少ない物にしたら」と、スポーツ店に一緒に行って、買い物の手伝いをしてくれた職場の同僚。実際に、北海道を自転車で走ったことのある若者からは、「ライダーハウスという、ライダーが泊まる施設が、あちこちにできているから、それも利用するといいよ」という情報ももらった。「困った時に連絡が取れる手段としては、電話が一番」と、それまで頑なに拒否していた携帯電話も、持つことになった。「北海道には、親戚があるから住所録を送るよ。もし行ったら、きちんと挨拶してきてくれ」と、親父からは、今まで一度も受け取ったことのない手紙まで届いた。「北海道を歩く」という旅が、いかに注目を集めていたかが分かる。
 
 実は、今回の旅については、もう一つ大きな目標があった。現在、私は、小学校六年生の学級担任をしているが、一学期の学級経営は、あまりうまくいっていなかった。世間一般で言われている「学級崩壊」寸前だったのだ。それで、北海道を歩けば、二学期になって、子どもたちと一緒に取り組める課題が、見つかるのではないか。いや、見つけなければいけないと思ったのだ。これが、旅に出る最大の理由だったように思う。

 「課題が見つからなかったら、どこまでも歩き続けるから」と上さんに話した。旅人の疲れた様子を見ていた上さんは、「ひょっとしたら、これが今生の別れになるのでは…」と思ったのか、「見送ってあげるちゃ」と、わざわざ名古屋空港まで、見送りに来てくれた。

 今回の旅行は、細かい日程などは何もなく、行き当たりばったりの旅なので、(実はいつもそうなのだが…)この先どうなるのか、皆目検討がつかない。とにかく、協力してもらった人や、心配してもらった人に、帰ってから旅日記にまとめて報告できることを目標にして、出発した。

 飛行機の座席は、操縦席のすぐ後ろのスペースである。機内は満席。つい数日前に、ハイジャック事件があったばかりで、飛行場での警備体制も、強化されていた。しかし、この飛行機の客室乗務員は、女性ばかりだった。男性も入れるべきだという議論が起こっているが、まだ、改善は進んでいないようだ。天候がよく、飛行機は、定刻の午前十時二十五分、千歳空港に着陸した。

 千歳空港で列車に乗り換え、一路稚内へ向かう予定である。「旭川行」特急列車の乗り換え時間は、僅か二十分。乗れるかどうかは、荷物を受け取る時間次第だ。しかし、あせっても、なかなか荷物が出てこない。ようやく十分ほどして、自分の荷物を受け取り、JR乗り場に急ぐ。新千歳空港駅は、空港の地下にあり、空港ロビーから五分ほどの所にあった。滑り込みセーフ。予定の列車に乗車することができた。

 この列車は、札幌から「ライラック七号」と名前を変え、旭川まで行く。車内の座席には、余裕がある。どうやら、飛行機で来た人たちの大半は、観光バスに乗り換えてしまったようだ。

 午後一時、列車は旭川に到着した。ここで、「急行宗谷」に乗り換える。待ち時間は十八分。すでに、プラットホームには、長い行列ができていた。ホームで駅弁とビールを買い、列の最後尾に並ぶ。「ひょっとすると、座れないかも知れない」と思った。「急行宗谷」が入って来た。急行らしい、少し古い型の列車である。窓がない最前列の席だが、何とか座席を確保することができ、一安心。ここから、稚内までは四時間かかる。

 列車は、ずっと緑の草原が続く、単調な景色の中を進んで行った。改めて、北海道の広さを認識し、自分が、途方もない計画を立てていたことを、思い知った。とにかく、稚内から札幌までは、列車で六時間近くかかること。距離にして、四百キロ近くあるのだ。一日三十キロのペースで歩いたとしても、二週間はかかる。とても歩けないという不安な気持ちだけが、どんどん大きくなっていった。

 私の計画では、この宗谷本線に沿って、道を歩くつもりだ。たぶん、歩くことになるであろう道が、列車の窓から時々見えるようになった。白い路側帯が見えるが、歩道はないようだ。ずっと、危険な道の連続のようだ。ますます、気分が重くなっていくが、歩かなくては事は始まらない。

 午後五時二十五分、列車は稚内駅に到着した。日差しが強く、暑い。「今日は、三十度を超えたんだよ」という声が聞こえる。名古屋と、全く変わらない暑さである。「まずは、宿を探さなくては」と、駅のサービスセンターヘ行く。「ホテルはどこも満室です。駅前に、幾つか旅館があるから、そこへ、行って見てください」とチラシを渡された。

 今日は土曜日で、この町では、盆踊り大会が開かれるという。「ひょっとしたら、宿が取れないかも知れない」と、少し不安な気持ちになりながら、紹介された方向へ歩いて行くと、旅館が、三軒ほど並んでいた。どれも古い建物である。「稚内ステーションホテル」という名前が目に入ったので、その旅館へ入って行った。
受付に、おじいさんが座っている。「一人ですが、泊まれますか」と言うと、「値段の高い方なら空いているが、そちらでいいか」と聞かれた。もちろん断わる理由は、私にはない。バス・トイレが付いて、素泊まりで七千七百円という部屋だった。部屋は狭く、クーラーはなく、小さな扇風機が置いてあった。「これで七千七百円もするのか」とは思ったが、今日の宿は確保した。

 明日は、ここから、日本最北端の宗谷岬へバスで行き、そこから、この稚内まで歩いてくる計画を立てた。バス停はこの宿のすぐ前にあり、出発時刻は午前八時十分だった。地図で調べると、宗谷岬から稚内までは三十三キロ。けっして歩けない距離ではないが、最大の問題は、背中に背負うリュックの重さである。寝袋やシートを入れると、十キロ近くになり、ズシリと重い。今までこんなに重い荷物を、背負って歩いた経験はなかった。それで、急遽、寝袋やシートは、稚内に置いて出かけることにした。フロントに「明日も泊まりたい」と言うと、「いいですよ」との返事ももらえた。明日の行動は、これで決まった。

 午後七時、シャワーを浴びた後、食事を兼ねて、町の見物に出かけた。稚内の町は、夏祭りの真っ盛りである。駅前から少し行った所には、テントが幾つも立ち、ビールやつまみが売られていた。さすがに、北海道でしか食べられない品物が並んでいる。さっそく、ビールとホタテを買って、食べながら歩き出した。

img7231.jpg

 大通りは、人で一杯である。盆踊りを踊る行列が、ずっと続いている。なかなか激しい踊りである。今日は、踊りの審査もあるので、日頃から練習してきた成果を、ここで披露しているのだという。手に鳴る子を持って踊っているグループ、カスタネットを持って踊っているグループ、仮装をしているグループもある。稚内市は、それほど大きい市ではないと思うのだが、これだけたくさんの人たちが踊っているのは、市民あげてのお祭りだからだろう。○○商工会・○○町内会・○○銀行・宗谷支庁・○○中学校…たくさんのチームが参加している。稚内子ども劇場・パート労働組合というチームも参加していたのには驚いた。この踊りの列は、全長二千メートルにもなっていた。

img7233.jpg

「どこかで食事をしよう」と、賑やかな通りを歩いて行った。鄙びたビルの一階にある、「伍佰」という名前の居酒屋に入った。まだ、盆踊りが真っ盛りで、お客さんはだれもいなかった。取りあえずビールを注文した。

 「この店は、店の名前の通り、どの品物も五百円ということです」とマスターは言った。なかなか粋な店である。まずは、イカ刺を注文した。「稚内の今日の暑さは、すごいですね」と言うと、「稚内では、クーラーや扇風機は、必要ありません。そんな日は、二・三日あるかどうかですからね。この数年は寒くて、こんな夏はありませんでしたよ。今年の夏は、特別ですよ」とマスターは言った。「名古屋から北海道に、歩きにやって来ました」と私が言うと、マスターは興味を示して、話を聞いてくれた。それで、私も調子に乗って、これから歩く所の情報を、いろいろ教えてもらっていた。

 そこへ、何人かの女性客が入って来て、店の中は、賑やかになった。私が、名古屋から来た客であることを知ると、入って来たお客さんも、話に加わった。そのうちの一人は、「私も若い頃、名古屋に住んでいたんだよ。ごちそうするよ」と、二本も銚子を差し入れてくれた。ふらっと入った飲み屋で、思わぬ楽しい一時を過ごし、「明日の夜も、ここへ飲みに来よう」という気持ちになっていた。





[ 2012/07/23 13:50 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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