水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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北海道最北端から歩く

第2日 宗谷岬から稚内

 暑くて寝苦しい夜が、明けた。今日も、天気はよさそうだ。午前七時、宿の食堂へ行く。この宿は、朝食もできるというので、昨夜、頼んでおいたのだ。何と豪華な朝食だろうか。ウニ・カレイの煮付け・イクラ・ニラのおひたし・味噌汁・生タマゴと、それぞれの量は多くないが、テーブルに、ずらりと並んでいる。「ちょっと、食べきれないなあ」と思いながら食べ始めた。正直いって、どれも味はイマイチだったが、今日は、三十三キロを歩かなくてはならない。無理して食べた。それでも、半分以上は、残してしまった。後になって気が付いたのだが、あれは二日酔いだったのだろう。宿の人には申し訳ないことをした。
 
 午前八時十分発、大岬行バスに乗車する。座席は、ほぼ満席である。どの客も、宗谷岬に行くように見える。バスは、国道を宗谷岬に向かって走り出した。この道は、私が宗谷岬から歩く道である。地図を開いて、バスの窓から、道の様子を観察する。海岸沿いに面した道路の横に、しっかりした歩道が続いていた。宗谷岬と稚内の真中にある川尻という町には、コンビニとレストランがあることも分かった。事前に、歩く道が確認できたことほど、心強いことはなかった。

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 午前九時、宗谷岬に到着した。パンフレットで見た「日本最北端の記念碑」が立っている。大きな記念碑だった。駐車場には、バスや自動車、バイク等が、たくさん止まっていた。記念碑の前で、訪れた人たちが、写真を撮っている。観光バスでやって来た人が多いようだ。ボーと立っていたら、「すいません。シャッターを押してください」と、若者にカメラを渡された。「じゃあ、終わったら、私のカメラもお願いします」と、私も記念撮影をした。

 いよいよ、最北端を歩く旅を開始する。「さあ、出発」と、自分を勇気付ける大声を上げてから、歩き始めた。今日到着しなくてはいけない稚内が、はるか彼方にかすんで見える。その後ろには、利尻富士が、雲をうっすらとかぶって見えていた。ずっと彼方まで見渡せる、北海道のスケールの大きさには、圧倒される。それにしても、今日は雲一つない快晴である。風は心地よいが、強い日差しが、ジリジリ照りつける。しばらく歩いただけで、汗が吹き出した。

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 時々通過して行く車は、裕に、時速百キロを超えているように思う。トラックが通過する時の風圧は、ものすごい。体が飛ばされそうである。しっかりした歩道があってよかった。北海道を旅行しているライダーが、走って行く。「やあ」と、手を上げて挨拶を交わす。単調な道を歩いているので、時々交わす挨拶は、励みになって、元気が出てくる。彼らもきっと、自分と同じ気持ちになっているのかもしれない。

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 歩き始めて一時間近く経った頃、向こうから、大きなリュックを背負った八人のグループが、近づいてきた。私と同じように、道を歩いて、旅をしているように思える。どうやら、高校生のようだ。「こんにちは。どこから歩いて来たのですか」と声を掛けると、「豊富から歩いてきました」と返事が返ってきた。何日か先に行くことになる、「豊富」という地名を聞いて、どういう道筋でやって来たのか知りたくなり、さらに質問した。「豊富から出発して、一日目は兜沼で一泊。二日目は抜海駅で一泊。三日目は稚内の小学校で一泊。そして、今日は、宗谷岬に向かって歩いています」と詳しく教えてくれた。

 彼等のリュックには、寝袋やテント、炊事道具等が詰まっていて、とても重そうに見えた。あの重さでは、一日二十キロ歩くのが、やっとのようだ。今日、自分が背負っているリュックの重さは、せいぜい四キロだが、荷物を全て入れたら、十キロ近くになる。本当に、それを背負って歩けるのだろか。不安な気持ちが、再び広がり始めた。

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  午前十一時、富磯と呼ばれる町に入る。この辺りは、昆布漁が盛んで、海で採れた昆布が、所狭しと、海岸や道路・空き地に並べてあった。昆布を、一生懸命干しているおじいさんがいる。「こんにちは。精が出ますね」と声を掛けると、「この辺りの昆布は、利尻昆布という名前で出荷しているよ。一日干しても、昆布は乾燥しない。乾燥するまでに五・六日は掛かるからね。昆布の仕事は、とても世話が掛かるよ。とにかく、天気次第だから、今日のような天気は、本当に嬉しいよ。つい三日前までは、すごい雨が続いていたから、どの家でも、今日は、大忙しだよ」と、昆布漁について、親切に教えてくれた。「いい昆布とよくない昆布は、どう見分けるのですか」と質問すると、「白い粉がふいたのは、だめな昆布さ。真っ黒な昆布は、味も美味しいよ」と、干していた昆布を数本、「道々、かじって行きなさい」と私にくれた。早速もらった昆布をかじりながら、歩き始めたが、長距離を歩く者には、塩辛い昆布は、水が欲しくなって、あまりよくないようだ。

 おばさんが、ガードレールに、旗を縛り付けていた。「ライダーハウス」という文字が見える。「ライダーハウスって、北海道には、たくさんあるのですか」と尋ねると「いやーちょっと分かりません。私の家は、つい最近開業したばかりで、宣伝もしていないのですよ。それでも、この旗を見て、ライダーがやって来るのですよ。よかったら、あなたも今日泊まりません」と言われてしまった。「今日の宿は、稚内で決まっています」と断わると、「この旗を記念にあげましょう」と、おばさんは、縛り付けていた小さな旗を一本、私にくれた。ライダーたちは、小さな旗をバイクの後ろに付けて走っていたので、私も旅をしている目印にと、リュックの横に、旗を差して歩くことにした。面白い姿だが、それからは、バイクや自転車で走っている人たちからの挨拶が、かなり多くなった。この旗は、今も、私の家に記念として飾ってある。

 十二時、増幌川に架かる橋を渡ると、レストランの建物が見えてきた。昼食を、ここでとる予定である。ペンションも経営しているようである。入口から中へ入り、「食事ができますか」と言うと、少し迷惑そうな顔をされた。「ちょっと待ってください」と、受付の若者は、奥へ入って行った。「イクラ丼なら、できるということですが、いいですか」と言うので、それを注文して、テーブルに着いた。

 店の人たちは、他のテーブルの上に、昼食の準備をしていた。なかなか、豪華な食事のようだ。ペンションの、泊り客のものなのだろうか。しばらくして、イクラ丼なるものが、出てきた。一面赤いイクラが載っている。「イクラ丼というのは、こういうものだったのか」聞いてはいたが、見るのは初めてだった。見たところ、とても美味そうに見えた。しかし、一口食べて、吐き出したくなってしまった。ごはんが生臭くて、食べられるものではなかった。「気持ち悪くて、食べられない」とも言えず、少し我慢して食べたが、箸はほとんど進まなかった。「申し訳ないけど、残してしまいました」と若者に謝って、代金五百円を払って外へ出た。
日差しは、ますます、強く照りつける。ペットボトルを一本と、お茶の缶一本を、用意してきたが、缶の方はすでに空になってしまった。

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 午後一時過ぎ、「メグマ原生花園」という立札のある所を通過する。辺り一面、低い潅木が生い茂っている。植物が、保護されている地域のようだ。空からジェット機の音が聞こえて来た。見上げると、飛行機が、着陸しようとしている所だった。どうやら、稚内空港の近くまで、歩いて来ているようだった。

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  午後二時過ぎ、稚内空港の横を通る。フェンスの外れの所に、立て札が立ててある。「熊出没」と書いてある。「ゲッ、熊がこの辺りで出るのか」びっくりしながら立札を詳しく見ると、「年月日」の表示があるが、何も記入してなかった。その時、再びジェット機の音が近づいて来た。着陸するようだ。ちょうど、その立札のすぐ上を通過しそうなので、カメラを構えて待った。「ひょっとすると、面白い写真が撮れるかも知れない」と待っていると、飛行機は、立札のすぐ上を滑空して、下りてきた。「カシャ!」シャッターを切った。「やった! もし写っていたら、最高の写真になりそうだ」。まだ見ぬ「熊出没と飛行機」というタイトルの写真を想像して、笑いがこみ上げてきた。

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 午後二時三十分、声問海岸に到着。海水浴を楽しむ家族連れが、たくさんいる。水はきれいで、海水浴には最高の日和である。しばらく、海岸を歩いて行くことにした。バーベキューを楽しんでいる人もいる。ずっと続く海岸は、車が、すぐ水の際まで乗り入れられる。ここは、稚内の人たちの、絶好の海水浴場となっているのだろう。
 
 とうとう、ペットボトルの水が、底をついた。やはり、今日の暑さでは、一本では足りなかったようだ。道は、街中へ入って来ているので、どこかにコンビニがありそうだ。

 再び、国道に出て、しばらく行くと、前の方から、自転車がやって来た。何だか、ふらふらしているように見える。よく見ると、外国人が運転していた。「変だなあ」と思いながら見ていると、いきなり、歩道から畑に落ちて行った。「こりゃあ大変!」と駆けつけると、その外国人はにこにこしながら起き上がった。「大丈夫」と声を掛けると、「OK」というようなことを言っている。どこも、ケガはなかったようだ。何だか、酔っ払っている。「自転車でトレーニングしているのだ。パラシュートを着けて空を飛んだので、うまく着陸できたよ。ケガはないだろう」というようなことを、身振り手振りを交えて、言っているようだ。この暑さの中、酔っ払いながらトレーニングとは、変な外国人もいるものだ。
 
 コンビニが、見えてきた。スポーツドリンクを買って、日陰になっている所で休んでいると、競技用自転車に乗った中年の男性が、同じように、スポーツドリンクの缶を手に持ってやって来た。「こんにちは」と声を掛ける。「今日は、百二十キロ走って来たよ。宗谷岬からもっと先の浜頓別まで行って、後は、山の中を走って帰って来たよ」と、筋肉もりもりの男性は、教えてくれた。「息子も付いていたのだが、この暑さで、気分が悪くなって、途中で帰ってしまったよ」と、付け加えた。「ああ、その子なら会いましたよ」と教えると「やっぱりねえ。息子は、まだまだ。これからだね」と、男性は笑っていた。「これからもお互い元気でがんばろう。交通事故にだけは気を付けよう」と挨拶を交わして別れた。

 午後三時三十分、南稚内駅近くを通過する。後、四キロで、稚内駅である。工場の花壇に、水をやっている男性がいるので、水を頭からかけてもらう。その人は、「私も若い頃、名古屋の町をトラックで走っていたことがあるよ」と話してくれた。

  午後四時三十分、稚内駅前に到着。第一日目の目標は、無事終了した。宿に帰り、シャワーを浴びる。「明日はどうするのか」。今日の状態から考えると、荷物を全て持って歩く自信はない。「せっかくここまで来たのだから、思いきって、楽しい旅もしなくては。今日見えた利尻富士を見に、礼文島へ行こう」と決めた。本来の目的からは外れるが、行き当たりばったりの旅なので、そこが気楽なところである。

 午後六時、食事に出る。大きな寿司屋に入り、にぎりを注文する。生きのいい魚が載った寿司は、美味しかった。再び昨日の居酒屋「伍佰」へ行く。時間が早いので、今日も店に客はいなかった。今日歩いた道のことを、マスターはいろいろ聞いてくれる。「明日は、利尻富士を見に礼文島に行って来ます」と話をした。マスターから、ビールをご馳走になった。

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「今夜は、港で花火大会が開かれる」というので、店を後にする。花火大会は、港のフェリー乗り場の前で開かれていた。久しぶりに、こんな間近で花火を見る。時間的には、三十分と短かったが、迫力のある花火だった。午後九時、宿に帰る。今夜も、暑くて寝苦しい夜になりそうだ。

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[ 2012/07/24 09:39 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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