水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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北海道最北端から歩く

第4日 礼文島から稚内

 ぐっすり眠り、午前五時に目が覚める。外に出ると、日の出はとっくに過ぎ、すっかり明るくなっていた。隣の家の人たちが、一生懸命、昆布を家の前に干していた。今日も快晴だが、風が強く、海は波立っていた。「今日は、朝から漁ができると期待していたのに、この波で、漁が中止になってしまいました。今、干している昆布は、昨日採った物です」と、その家のおばあさんが、話してくれた。
 
 午前五時三十分、早く出発する人たちの朝食が始まった。私は、今日の計画を、まだ決めていなかった。行き当たりばったりの旅ではあるが、早く、北海道を南に向かって、歩き出さなければいけない。しかし、一番の問題は、十キロ近い荷物を背負って歩くことだった。本当に歩けるのだろうか。今までやったことがないので、不安な気持ちだけが大きくなっている。「礼文島で、荷物を全部背負って試してみよう。だめなら、寝袋とシートを、背負うことはやめよう」と思った。今日は、そのトレーニングの日にすることにした。そして、トレーニングが終わったら、稚内に帰り、明日から、いよいよ南に向けて、北海道を下って行こうと決心した。

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 午前六時、礼文島八時間コースを歩く人たちが出発して行った。私も朝食を終え、荷物を整理する。
 午前八時、フェリーに乗船する人たちを見送った後、荷物を背負って、民宿を出発した。曲がり角まで、手を振って見送ってくれた、文夫さんのお母さんの姿が、忘れられない。

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 まずは、港まで歩く。距離は三キロ少し。島の人たちが、忙しそうに昆布を干している。「昆布にも、養殖ものと天然ものがあるのですよ。今、干しているのは、天然ものだから値段も高くて美味しいです」と、昆布を干していたおばさんが、教えてくれた。「今日は、波が高くて漁ができない」と、このおばさんも、残念がっていた。

 四十分近く掛かって、港に到着した。しっかり汗をかいている。日差しの強さもあるが、荷物の重さも、かなり関係しているようだ。やはり、寝袋とシートを背負って歩くのは、無理だと判断し、港のロッカーに預ける。少し軽くなったリュックを背負って、礼文島を歩くことにした。海岸道路を、北に向かって歩いて行く。相変らず風が強く、東側に広がっている青い海には、三角の波が立っている。その波の中を、漁船が、大きくジャンプしながら走って行った。

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 午前十時、香深井の水中公園前に到着。ここから、礼文島の美しい山を見ようと、昨日歩いた林道コースへ向かう。街中の舗装された道を過ぎ、やがて急な上り道になった。この道は、車も走れるようになっているので、時々、車やバイクが追い抜いて行く。

 木陰に入ると、必ずというくらい、アブの群れが襲って来た。長ズボンなので、足に被害はないが、腕や手は、何箇所も刺された。一時間ほど坂を上ると、視界が開け、雲一つない空の青さと、なだらかな山の薄い緑が、目に飛び込んできた。足元には高山植物が、紫や黄や白の可憐な花を咲かせていた。本当に、山は美しかった。 

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 林道コースを一周し、十二時少し前、再び港に戻った。今日は、朝から十五キロほど歩いたことになる。途中きつい上り坂もあったが、リュックを背負っていることが、そんなに負担ではなかった。この重さなら、明日から本格的に歩いても大丈夫だと、確信した。

  昼食を、昨日と同じ店でとり、フェリー乗り場で、乗船手続きを済ませる。フェリーが入港してきた。フェリーには、たくさんの人が乗っている。次々に人が降りて来る。この人たちは、これから、礼文島でどんな思い出を作るのだろうか。

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 「民宿なぎさ」の旗を持った竹ちゃんがいる。「たくさん、お客さんが来るといいね。がんばって」と声を掛けた。「がんばって、これからも北海道を歩いてください」と、竹ちゃんは私を見送ってくれた。

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 午後一時五分、フェリーは、稚内に向かって出港した。だんだん遠くなる礼文島を見ながら、「いつの日か、もう一度、あの民宿なぎさに泊まって、礼文島を北から南まで、思う存分歩いてみたいなあ」と思った。

 午後三時、フェリーは稚内港に到着した。今日は、この稚内で再び宿泊しなければならない。一昨日、泊まったステーションホテルは、値段が高いので泊まりたくなかった。どうしようか迷いながら道を歩いて行くと、旅行代理店の看板が出ている。さっそく中に入って、「今日の宿を紹介してほしいのですが」と、受付の女性に言った。「大きい所はどこも満室です。小さくてもいいですか」と、何軒か電話をしてくれた。「ありましたよ。天北旅館という駅前にある小さな旅館です。いいですね」と女性は言った。「えっ、天北旅館!」その名前を聞いてびっくり仰天。その旅館は、これまで泊まっていたステーションホテルの隣りにある、粗末な建物の旅館だったのだ。泊まっていた部屋の窓から「天北旅館」という文字を見ていたから、しっかり覚えていた。皮肉な結果になってしまったが、承知した。素泊まりで四千五百円だった。ステーションホテルに比べると、三千二百円も安かった。

 天北旅館へ行くと、すぐ、部屋へ案内された。西日がまともに当たる、八畳の暑い部屋だった。テレビが、一台ポツンと置いてあるだけで、それ以外は何もなかった。入り口も、南京錠で鍵をかけるという、まさに安宿の一室という雰囲気だ。風呂もトイレも共同である。「風呂に入りたいのだが」と言うと、「風呂は五時からですから、シャワーだけならどうぞ」と女主人は言った。風呂はあきらめ、シャワーを浴び、荷物を整理した。寝袋とシートは持って歩くことにし、できるだけ荷物を軽くするために、不要になった本などを荷造りして、宅急便で家に送り返した。

 午後六時、食事に出掛ける。再び、居酒屋「伍佰」に行く。「礼文島を歩いてきました。山や海が、本当に美しかったです。食事もおいしかったです」とマスターに話した。「いよいよ明日から、南に向かって歩いて行くのですね。絶対に、海岸を歩いて行った方が、景色も美しくていいですよ」と、マスターは言った。「明日は四時に起きて、出発しようと思っています。とにかく、国道四十号線を歩いて、四十キロ先の豊富まで行くつもりでいます」と私が言うと、「それじゃ、明日、どこになるかわからないけど、見送りに行きますから、頑張ってください」と、マスターは、タラバガニをご馳走してくれた。その味は格別に美味しかった。親切にいろいろ教えてくれたマスターにお礼を言って、店を出た。これから先、どんな旅になるのか分からないが、明日は、豊富まで歩いて行けそうな気持ちになっていた。


[ 2012/07/26 08:33 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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