水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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北海道最北端から歩く

第6日 豊富から幌延

 午前五時に目が覚める。昨夜は、あまりぐっすり眠むれなかった。一日四十キロも歩いて、疲れがたまり過ぎていたことや、連日の日焼けで、身体が火照っていたこともある。しかし、それよりも、向いのガソリンスタンドから、一晩中、音楽が流れていたことが、最大の原因だった。夢の中に音楽が流れ、気が付くと、それはガソリンスタンドから流れている音楽だった。そんなことが、二、三度あったからだ。ガソリンスタンドの周りには、このホテルしかないから、だれも苦情を言わないのかもしないが、私には大変迷惑な音だった。
 
 朝食まで時間はある。重い身体を引きずって、洗面所まで行った。顔を洗って少しすっきりした。荷物を整理する。昨日の夕方洗った下着や靴下は、まだ、半乾きで湿っていた。
 歩き旅では、たくさん着替えを持つことはできない。リュックには、折りたたみ傘、カッパ、カメラ、フィルム、常備薬、手帳、財布、洗面用具、懐中電灯、携帯電話、水筒、地図、パンフレットなど必需品が入っている。それに着替えということで、今回は、下着とTシャツの着替えを二日分、厚手の靴下を二足、それに長袖の上着を二日分、短パンを一つ入れた。宿に着くと、すぐに着替えをし、その日に着た物は、全部洗濯をした。宿にランドリーがあれば、それを利用するようにした。洗濯の費用は、一回二百円くらいだった。このホテルのランドリーが故障しているということで、利用できなかったのが、乾かなかった最大の原因だった。そのままビニル袋に入れたが、靴下からは、悪臭が漂っていた。

 午前七時、食堂へ行く。卵焼きに海苔、納豆等、どこにでもありそうなメニューだった。味噌汁にシジミが入っている。今まで見たことのない、大粒のシジミだった。「天塩で採れるシジミです」と、奥さんは言った。美味しい味噌汁だった。

  午前八時、出発。天気は快晴。今日も、暑くなりそうな一日だ。コンビニで、お茶とおにぎりを買う。今日は、「幌延」という十六キロほど南にある町まで行く。昨日しっかり歩いたので、骨休めの日にしたかった。地図で見ると、国道四十号線を歩くより、県道を歩いて、豊富温泉を回った方がだいぶ近いようだ。昨日、バスの中から見た豊富温泉までの道は、歩き易い道に見えた。 
 
 豊富の街中を抜け、七キロ先の温泉に向って、歩いて行った。道路には、「自転車運転安全都市」と、大きな標識が立っていた。自転車道を快適に歩いて、午前九時三十分、豊富温泉に着いた。ふれあいセンター前の広場では、昨夜開かれた、盆踊り大会の後片付けが行われていた。昨日、ここの旅館もホテルも満員だった理由が、それで理解できた。広場で十五分ほど休憩し、幌延の町へ向った。
 
 ところが、豊富温泉から少し行った所で、いきなり道が狭くなり、歩道はおろか、路側帯もなくなってしまったのだ。ダンプやトラックが、すごい勢いで走って行く道なのに、路側帯がないというのは、どういうことなのだ! このまま進むべきか、それとも引き返して別の道を歩くべきか、決断しなければならなかった。
 町と町との境の所では、道路事情が、大きく変わる時がある。ここもそうなのだ。「自転車運転安全都市」は豊富町のことで、隣の幌延町は、そうではないようだ。私は、「冒険よりも安全」を選んで、豊富の町まで引き返し、路側帯や歩道のある、国道四十号線を歩くことにした。これから先、「冒険より安全」は、私が道を歩く一つの基準になった。

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 豊富温泉のバス停まで歩いて、ちょうどあった豊富駅に向うバスに乗車した。午前十時三十分、豊富の街中にある、国道四十号線に到着した。今度は、四十号線を幌延に向って歩き始める。昨日よりも、国道を走る車の量ははるかに多くなっていた。今日は、八月十二日、お盆で里帰りする人や、旅行する人の車が、増えたのだろう。団子状態で走っている車を、猛スピードで追い越して行く車がいる。スピードは、百数十キロなのだろう。追い抜いて行く車の風圧を受けて、身体がグラッとする時がある。そうした中を、自転車に乗った若者が、次々と通り過ぎる。昨日よりも、その数も多くなったようだ。手前に山が見えて来た。この先は、峠になっているようだ。

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 十二時、幌延町に入り、峠にある名山台展望公園に着く。広い公園になっていて、食堂やトイレも完備されている。売店でラーメンを注文し、持って来たおにぎりも食べる。
 
 三十分ほど休憩し、出発。幌延の街中までは、後十キロほどである。日差しはますます強くなる。木陰があれば休憩したいが、道の両サイドは、牧場が延々と広がり、はるか彼方まで真っ直ぐに延びる道に、木陰を作るものはない。直射日光と道路からの熱気で、砂漠の中の道を歩いているようだ。
 単調な道を、黙々と歩いて行く。昨日貰った大きなペットボトルには、お茶がかなり入っていたから、水分については、心配はなかったが、疲労感だけが重くのしかかって来た。そんな時、走ってくるバイクから、「やあ」と、手を上げて挨拶を交わされた。お陰で、元気が沸いてきた。有難いライダーだった。

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 午後二時、「こちら幌延市街」という道標を見つけた。ここからは、その道を歩いて行くことにした。きちんと舗装された農道だった。ぽつんぽつんと農家が遠くに見えるが、三十分近く歩いても、車には一台も会っていない。こういう時は、「また、道を間違えたのではないのだろうか?」と、不安な気持ちになるものだ。近くに線路が見えてきた。この道が、宗谷本線に沿っていることが分かった。道は間違っていないようだ。
 遠くに、人の姿を見つけた。何頭もの牛を追い立てている。牛と、散歩でもしているのだろうか。その人の所に駆け寄り、「この道を歩いて行くと、幌延の町がありますか」と尋ねると、おばさんは、「すぐそこですよ」と教えてくれた。疲れが一気に吹き飛んだ。
 
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 午後二時四十分、幌延駅前に到着した。今日はもっと早く、この町に来る予定だったのに、結局、二十四キロも歩いてしまい、大変な一日になった。早速、今日の宿を探すことにした。駅前には何軒か旅館があり、どこかで泊まれそうな雰囲気がする。最初に入った広栄荘というビジネス旅館で「いいですよ。部屋は空いていますよ」と言われた。こうして、今日の宿泊は、すんなり決まった。一泊二食付きで、五千五百円だった。

 洗濯を終え、午後五時、近くの薬屋へ行く。鏡で見た私の顔は、酷いものになっていた。それに、痛みもかなり出ていたからだ。「顔が痛くてたまらないのだけど、何か塗る薬はありませんか」と言うと、薬屋の奥さんが、「まあ、酷い日焼けをしていますね。どうしたのですか」と聞いてきた。「道をずっと歩き続けているのです。今日は、豊富温泉からの道が怖くて、大回りをしてしまいました」と話すと、「北海道の道を歩くのに、そんなことを気にしていたら、歩けませんよ。多少の危険は、覚悟して歩いてくればよかったのに。それに、豊富温泉からなら、山の中を通る道があったのですよ。温泉で聞けば、教えてもらえたかも知れないね」と叱られた。私は、まだ、肝っ玉が据わっていないようだ。「明日は、手塩まで行くつもりです」と、言うと、「海側の道は景色がいいから。頑張って歩きなさいよ」と、今度は激励された。日焼け止めの化粧水を買って、薬屋を出たが、「北海道の道を歩くのなら、多少の危険は覚悟して歩きなさい」と言われた言葉が、頭の中をぐるぐる駆け巡っていた。

 午後七時、食堂で夕食が始まった。今日の泊り客は、全部で八人。ほとんどが、この地域で建設工事をしている人たちだった。「この旅館は、普段は、工事関係の人で満室ですよ。今日は、お盆で帰った人が多いから泊まれたけど、いつもなら、絶対に泊まれなかったよ」と女将さんが言った。「へぇー、道を歩いているのですか」と、一緒に食事をしていた中年の男性が、話し掛けてきた。「私は、北海道電力の下請け会社で働いています。今は、この近くの天塩川の所で、風力発電の風車を建てる基礎工事をしています」と、自分のことをいろいろ話してくれた。「風力発電は、以前はコストが高くて、一基作るのに、三億円近くかかっていたのですが、今は、一億円くらいで作れるようになってきました」と教えてくれた。私は、稚内の丘の上で、ぐるぐる回っていた大きな風車を思い出した。「明日は、七時には出発し、天塩の町まで歩く予定です」と話すと、「じゃあ、明日は、私が工事している所を通るから、見送ってあげるよ」と励まされた。化粧水の効き目があったのか、顔の痛みも弱くなり、その夜は、ぐっすり眠ることができた。



[ 2012/07/28 08:20 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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