水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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北海道を歩く Part2 羽幌から札幌へ

第4日 羽幌から小平へ

  午前七時過ぎ、朝食の時間になったので食堂へ行きました。お上さんが一人で食事の用意をしていました。
「歩いているようですね。今日はどこまで行く予定なのですか」
「苫前を越えて、小平の鬼鹿海岸まで行ければと思っていますが」
「天気が良くなるみたいだから、よかったですね。昨日まで、この辺りはずっと雨だったのですよ」
そう言いながら、お上さんは、味噌汁をテーブルへ運んで来ました。メニューは、塩鮭、豆腐とワカメの味噌汁、納豆、海苔、生卵と、どこにでもある朝食でしたが、美味しい朝食でした。

 荷造りをしましたが、テントと寝袋は重いので、送り返すことにしました。最初の計画では、今年はテント生活も予定していましたが、やはり、私の体力では、十五キロ近い重量のリュックを担いで歩くことは無理だと判断し、宿泊は、去年と同じように、先々の町で見つけることにしました。宿で宅急便の手続きを終え、出発しました。

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 薄雲が広がり、心地よい風が吹き、歩き易い天気です。まずは、苫前に向けて歩いて行きました。この道を歩いて行けば、やがて風車が見えてくるはずです。海岸沿いの道は、歩道がきちんと付いています。朝早いので、車もそんなにたくさん走っていません。バイクに乗った若者が手を振って、私の横を通り抜けて行きました。

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 苫前町豊浦に入りました。丘を上った所で、遠くに風車が見えました。大きな風車が二つ、道路沿いに建っています。駆け出したい気持ちになりながら、風車の所へ急ぎました。間近で見る風車は、とても大きくて、風を受けてゆっくり回っています。よく見ると、「とままえ」と風車の回転軸の所に名前が書いてあります。「ウィーン、ウィーン」と羽が回る度に、音がしました。風車が風を切る音を、初めて聞きました。
 風車のすぐ横で、自転車を停めて中年の男性が休んでいました。
「札幌から走っています。昨日は留萌に泊りました。これから宗谷岬を回って網走まで行きます」
男性は、汗を拭きながら語ってくれました。

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 海岸沿いの道を更に進み、丘を上りきった所で、前方にたくさんの風車が見え始めました。ざっと数えただけでも、三十数本あります。風を受けて回転している物や、止まっている物もあります。なかなか壮観です。
しばらく足を止め、風車の回る風景を眺めました。現在、風力発電の計画が少しずつですが、進んでいます。その中では、この苫前町が、全国では群を抜いてたくさんの風車が建設されていると聞いています。二十一世紀に向けて、新しいエネルギーとして注目されている風車の建設が、全国各地で本格的に始まるのでしょうか。

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 午前十時過ぎ、風車群の中を抜け、小平町に入りました。日差しが強くなり、地面からは熱気が立ち上っています。ズボンは汗でぐしょぐしょに濡れています。腰のペットボトルのお茶も残り少なくなり、自動販売機を見つけてお茶を補給しました。自転車に乗った若者が手を振りながら私を追い抜いて行きました。私は、青く広がった海を見ながら、海岸沿いの道をぐんぐん進みました。かなり調子が出てきたようです。

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 十二時少し前、鬼鹿海水浴場に到着しました。予定よりも早い到着です。たくさんの人で賑わう浜のすぐ前に食堂があります。休憩を兼ねて中へ入りました。中は客で席が埋まっています。私はカウンター席に座りました。娘さんが注文をとりにやって来ました。いろいろなメニューが書いてありますが、私は一番早くできそうなビールとカツカレーを注文しました。テーブルを見ると、ほとんどのお客が料理を待っていて、食事をしている人が少ないことに気が付きました。何だか、料理ができるまでに時間がかかりそうな雰囲気です。   
 十分くらいして、私が注文したビールだけがやって来ました。カウンター席の前で、おばあさんが調理をしています。一品一品、実にゆっくりと調理しています。三色海鮮丼とか○○定食とか、豪華な料理を一品一品作るのですから、時間がさらにかかります。
「私が注文した味噌ラーメンはどうなっているの」
子連れのお母さんが大声を出しました。
「ただのラーメンならすぐできますが」
娘さんは、あやまる様子でもなく言いました。
「それなら、ラーメンにして」
お母さんは、怒りながらラーメンに注文を変更しました。さすがに、ただのラーメンは、その後十分ほどで出来上がりました。この料理は、娘さんが作ったのですから、早いのも当然です。私のカツカレーは、何と一時間後にやっと出来あがって、私の前に運ばれて来ました。私が食べていると、お客さんが食堂に入って来ました。その人たちが食事にありつけるには、やはりこれから一時間くらいかかりそうです。
「たいへんな店に入りましたね。この店、チョー遅い店ですから覚悟しときなさい」
そう教えてやりたい気分になりながら、私は、その人たちを見つめていました。

 午後一時過ぎ、海岸沿いの道を再び歩き始めました。日差しはさらに厳しくなり、舗装された道路から、ゆらゆら熱気が上っているのが見えます。灼熱の砂漠を歩いているようです。少しビールの酔いが回ってきたようです。ペースがなかなか上がりません。やはり、昼のビールは止めた方がよいようです。「小平鰊番屋まで二キロ」の表示がありました。もう一頑張りです。

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 午後二時過ぎやっとのことで「鰊番屋」に着きました。この「鰊番屋」のある鬼鹿海岸周辺は、昔、ニシンの大群が押し寄せ、海の色が乳色に変わったと説明があります。資料館に展示されていた写真や新聞は、その当時をよく伝えていました。「鰊番屋」は、旧花田家の建物で、国の重要文化財として保存されていました。この建物は、この町の観光スポットとなり、臨時の郵便局も開設され、観光バスがひっきりなしに到着し、賑わっていました。

 この「鰊番屋」のある富岡から先、小平までは、歩道がなくなり白い路側帯だけになります。昨日バスから見た時に、この間は、バスで移動することに決めていました。午後二時四十八分発留萌行に乗車しました。十分ほどで小平町に到着しました。今日は、ここで泊まる宿を見つけなくてはなりません。
「この辺りに民宿か旅館はありますか」 
立ち話をしているおばさんに聞きました。
「ゆったり館という旅館があるけど、今日は日曜日だし、空いとるかなあ」
この町には、その一軒しか宿泊施設はないとうことでした。
「この先二キロほど行った所に民宿が何軒かあるから、そこまで行ったらどうですか」
二人のおばさんから、そこへ行くように勧められたこともあり、再び歩き始めました。

 三十分ほど歩くと、臼谷海水浴場という道路表示が見えてきました。そして町並みが始まる一番手前の家に、「民宿」という大きな看板が掛かっています。
 入口に、上半身裸の青年がいます。さっそく聞いてみることにしました。
「この店の人ですか。今晩泊れますか」
「家の親父に聞いてくれ。おれには分からん」
青年は面倒臭そうに言いました。
「ごめんください」
入口から中へ入って声を掛けると、奥から度のきつい眼鏡を掛けたおじいさんが出てきました。
「今晩泊れますか」
「泊れることは泊れるよ。でも料理はどうかなあ。ないこともないが…」
後の方は、何と言ったのかよく分かりませんでしたが、部屋は空いているようです。二階の広い部屋に案内されました。
「この広い部屋に、他に泊る人はいるのですか」
「いや、今日はアンタだけだよ」
昨夜は、たくさんの人が泊ったのでしょうが、日曜日の夜は、泊る人はいないようです。シャワーを浴び、ビールを注文しました。つまみにカニの爪が付いてきました。今晩は、どんな料理が出てくるのか楽しみにしながら、冷えたビールを飲み干しました。この後、とんでもない事が起きるのですが・・・・・。

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 午後六時、夕日の写真を撮りに海岸へ出掛けました。今日は、美しい夕日が見られそうです。ひょっとすると、海の中へ沈む夕日が見られるかもしれません。浜辺では、海水浴客が何人かテントを張っていました。小さな川が流れていて、その中で二人の小さな男の子が水遊びをしています。それを父親と母親がじっと見つめていました。
 太陽が、地平線に近づいてきました。浜辺に置き忘れられた瓶が、夕日を浴びて、キラキラ輝いていました。水平線に少し薄雲がかかっていて、夕日が沈む瞬間は、見ることが出来ませんでしたが、美しい夕日が見られたことに満足していました。

 午後七時過ぎ、民宿へ帰りました。部屋でテレビを見ながらしばらく過ごしましたが、「夕食ができました」と、呼掛けがありません。時刻はもうすぐ八時です。これはおかしいと思い、調理場へ行きました。民宿のおじいさんとおばあさんと息子が、夕食の真っ最中でした。
「夕食はないのでしょうか」
「えっ。そんな話聞いていないけど。アンタのは用意しとらんけど・・・・」
息子が再び、ぶっきらぼうに言いました。
「申し訳ないけど、近くで食べてきてください」
おじいさんは、申し訳なさそうに言いました。
「やっぱり、あの時ぐちゃぐちゃ言っていたのは、夕食が作れないということだったのか」
 今さら後悔しても、仕方がありません。私は、あわてて外へ飛び出しました。もう辺りはすっかり暗くなっています。海水浴場も灯りがほとんど消えてしまい、ひっそりとしています。
「この先に店がほんとうにあるのだろうか」
心細くなりながら、道を歩いて行きました。コンビニの明かりが見えてきました。もし、店が見つからなくても、最悪の場合は、コンビニ弁当で何とかなりそうです。

 そこから少し進んだ所で、入口の明かりは消えていましたが、一軒の食堂を見つけました。中では、食事をしている人がいます。思いきって入ってみることにしました。
「すいません。入口の明かりは消えていますが、今から夕食できるでしょうか」
店の中で食事をしていたのは、この店の家族でした。今日の打ち上げをしていた所だったようです。よほど私の言い方が困り果てているように聞こえたのでしょう。太った主人らしい人が言いました。
「おい、何か今から作ってやれや」
「でも、もう何もないけど」
この人の奥さんらしい人が言っています。それを聞いていた、おばあさんが、席を立って冷蔵庫の方へ歩いて行って、中を覗きこんでいました。
「カレイの煮たものが残っているが、それでいいかね」と私に聞いています。おばあさんの助け船で、無事、夕食にありつけることが出来ました。おまけに、塩辛やらタコの刺身やら海苔の佃煮やらもご馳走になり、美味しい夕食になりました。料金の方は、魚定食とビール一本で一二〇〇円と格安でした。今日は食べることでいろいろあった一日になりました。



[ 2012/08/05 05:48 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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