水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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中山道を歩く

第2日 横川~碓氷峠~軽井沢

 8月5日(火),天気予報は昼頃から雨になるという。大雨にはならないようなので出発することにした。手早く朝食を済ませ,午前7時ホテルを出る。駅までの3.5kmを歩いて行く。空には雲がたくさんあるが,雨は落ちていない。すぐ近くに浅間山が見える。上の方には雲がかかっていて浅間山の全景は見えなかった。吹く風は爽やかで,緑一杯の山を見ながら歩く気分はなかなか気持ちがよい。

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 プリンス通りと呼ばれる所を通過する。なぜプリンス通りというのか歩く中で分かったことであるが,西部が軽井沢駅の南の広大な土地を確保し,そこにゴルフ場やプリンスホテルやブランド品を売る店を幾つも建て,手広く商売をしているところから名前が付いているようだった。

45分かかって軽井沢駅に到着。駅前のコンビニで昼の弁当を買って列車に乗り込む。8時発高崎行き普通列車は出発した。碓氷トンネルは勾配が急なので機関車2両を連結しないと越せないとある。特急列車だろうと普通列車だろうと横川までかかる時間は30分と変わらない。私の乗った普通列車にも2両の機関車が連結されているようだ。列車はゆっくりとしたスピードでトンネルの中を進んで行く。その難所の峠を今日は歩いて越えるのだから気持ちが引き締まる。

列車がトンネルを抜けた所で,たくさんのカメラマンがこの列車を写真に撮ろうとしている姿を見つけた。その時は「どうしてかな?」と不思議に思ったが,この横川と軽井沢間は,北陸新幹線が長野まで開通するのを機会に,10月1日をもって廃線になってしまうとのことだった。それで,鉄道愛好家が記録にと撮影しているのだ。
再び列車はトンネルへ入り,次にトンネルから出た所に大きなゴルフ場があった。ゴルフ好きの人には最高のゴルフ場ではないだろうか。

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 30分近くかかって、列車は横川駅に到着した。横川駅には、やはりカメラマンがたくさんいて,列車を撮っていた。いよいよ碓氷峠越えである。天気はどんよりと曇り、今にも雨が降ってきそうである。

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 しばらく街道を進んで碓氷峠関所跡に着いた。関所の東門が復元されていた。そこを左に曲がって,線路を越えると、しばらくは国道の歩道を歩くことになった。この先旧碓氷峠は工事のため通行止めの看板が出ていたが、私が歩く旧中山道の碓氷峠のことではないので安心した。緩やかな上り道を1時間ほど歩いて坂本宿に着いた。街道の町並みが少し残っていた。

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 旧国道から離れいよいよ碓氷峠への登り道に入った。草が生い茂り,「えっこんな道を歩くの?」と思わず声が出そうになってしまうほどひどい道である。来たからには歩かなくてはと覚悟を決めて歩き出す。「安政遠足」という標識が立っている。どういう意味なのかよく分からないがとにかくこの標識に従って歩いて行けば碓氷峠に出ることが分かった。薮のような暗い道を通り抜け,再び国道を渡ったところに旧中山道の道標が立っていた。そこからの道はよく整備されていて,自然歩道のようになっていた。 

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 ぐんぐん道は上っていく。傾斜が急になり,やがて汗が吹き出した。落石注意という標識がやたら目につくようになった。周りを見ると岩が割れ,道の上の方にせり出している。地図で確認するとこの辺りは、はね石坂という碓氷峠の難所であることが分かった。落石に注意しながら上っていくと,見事な柱状節理が岩肌にできている場所に来た。こんな見事な柱状摂理を私は初めて見た。

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 そこからしばらくして,坂本宿が覗ける場所に出た。もやに煙る坂本の町がずっと下の方に見える。やっと行程の4分の1くらいが終了したことになる。少し休憩して再び歩き出す。尾根に到着したようで道がなだらかになる。平坦な道を「安政遠足」の標識を見ながら歩いていく。いやなことにとうとう雨が降り出したが、幸いにも杉木立の中の道なので傘をささなくても歩ける。

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 1時間ほど歩いて「山中」というところに出た。ここは茶屋本陣があったところで,明治の頃は小学校もあったという。ここに住んでいた人たちは、どんな仕事で生計をたてていたのだろうか。山の尾根という大変不便なところで生活していた人がいたことに驚いてしまう。そこからしばらく行ったところに1台、車が放置されている。どうしてこんな所に車が放置されているのかとても不思議に思った。とても車が通れるような道はない。ひょっとすると空から落ちてきたのか思ったほどである。後で聞いた話だが,車で軽井沢から碓氷峠に来た人がこのまま行けるものと勘違いしてこの中山道をどんどん進んでしまい,戻れなくなってしまって,車を放置していったものだということであった。

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  雨は依然降り止まず,服やズボンはかなり濡れてしまった。一ツ家一里塚跡を過ぎて,子持山に着いた。地図によるとここで和の宮道と旧中山道に分かれる。よく見ると小さな看板が木に下がっていて、こちら旧中山道と書いてある。草が生い茂りかなり歩きにくそうだが,人の踏み跡が残っているので進むことにした。小さな沢を渡ると,「笹沢人馬施行所跡」という案内板が立っていた。そこからは道がはっきりしない熊笹の中を上って行く。もう服もズボンもびっしょり濡れてしまった。止めておけばよかったと反省してももう遅い。そのままきつい上り道を上って行くと、やっと広い道に出た。この道は「和の宮道」なのだろうか。地図を見てもよく分からない。左に行くと「この道行き止まり」という看板が出ていて,何か分からなくなってしまった。道に迷ってしまったようだ。

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 しばらくうろうろしていて,この道が最近作られた林道であることに気づき,右へ行くことにした。100mほど行った所で,偲婦石と中山道の道標を見つけ、ほっとした。だれ一人通らない所で道に迷うことは本当に不安な気持ちになるものだ。こんな旅をしていると道に迷うことが度々あり,だいぶ慣れてはきたが,この日に、冷汗をかいた気持ちはこれから先も忘れることがないだろう。やはりあの分かれ道に、「こちら中山道」という表示があれば、このようなことにならなかった。あの場所で道に迷ったのは、私一人ではないような気がした。ここで,昼食を食べる。ほっとした気持ちもあり,おいしいおにぎりであった。

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 12時15分出発。そこから10分くらいで,碓氷峠に到着した。その頃には雨も上がっていた。峠茶屋でカンビールを頼み,一気に飲み干した。無事,峠まで来れたこともあり、ビールの味は格別だった。店の女主人といろいろ話をしたが,途中あった「安政遠足」の案内板は,5月に坂本からこの碓氷峠までのマラソンがあり,その案内板であることが分かった。江戸時代安政年間に,同じコースを走った記録が残っていて,それを復活させているとのことだった。「あんせいえんそく」と読むのではなくて「あんせいとおあし」と読むことも分かった。とにかく,あの案内板のお陰で、道に迷う事なく安心して進めたことを伝えた。
それと同時に,旧街道を出た所で道に迷ったことも伝え,ぜひ案内板を設置してもらえるよう頼んだ。女主人は「あの道を歩く人はほとんどいませんよ」と私の話を聞いてびっくりしていた。
途中で自動車が何台も放置してあることについても、その訳を教えてもらったのだが,つい先日も戻れなくなってしまった車があって,夜中に助けを求めて来たとのことだった。これもしっかりした案内板が出ていればそのようなことにはならない。もっと町が力を入れて欲しいものだと思った。

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 峠茶屋の向い側は神社になっていた。熊野権現社である。峠の見晴台から見た妙義山はすばらしい景色であった。碓氷峠への道は確かに険しい道であった。和田峠と並ぶ難所であったことがよく分かる。これで中山道にあるほとんどの峠を越えたことになるが,各峠の標高を調べてみると,鳥居峠1197m,塩尻峠1055m,和田峠1600m,碓氷峠1180mであった。中山道はこうした難所があったにもかかわらず,江戸時代には東海道と同じくらい交通が盛んであったというから、旅先で死んでしまった旅人もたくさんいたのではないだろうか。
 
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 ここからは1時間の下り道である。後少しで軽井沢の町である。下りは、車の多い中山道を止めて,大正時代に作られたという遊歩道を下って行くことにした。道は遊歩道というよりは自然歩道であり,とても歩き易い。下から峠に上る何人もの観光客とすれちがった。

 午後2時,予定していた軽井沢の町に到着した。町の中は昨日と同じく人でごった返していた。 その後は,朝通ったプリンス通りの西部館へ寄った。西部館はブランド商品を求める観光客でかなり混んでいた。
ホテルに帰り,その日は近くのラーメン屋で夕食をとり,1日は終わった。念願の碓氷峠を越えることができたことで,今回の旅の大きな目的の一つは終わった。 明日からは長久保までの約50kmの道のりを2日かけて歩き通す予定である。


[ 2012/08/16 08:57 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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