水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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中山道を歩く

第3日 軽井沢~岩村田

8月6日(水)朝7時ホテルを出発。今日は薄曇りながら雨の心配はないようだ。軽井沢宿へ向かって北へ歩いて行く。軽井沢の町の北にある離山がかなりはっきりと見える。浅間山もその西に見える。実に景色のよいところである。樹林の中には別荘が数多く建てられている。私たち庶民にはお呼びのない世界である。

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  朝早いためか車はほとんど走っていない。ゴルフ場,乗馬クラブ,テニスコートなどを横目で見ながらプリンス通りを歩いて行く。中山道は離山の麓を巻くように通っている。午前8時、旧中山道に到着。道路の左右には別荘が立ち並ぶ。沓掛宿までは1時間くらいである。カラマツに囲まれた狭い歩道を進む。

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 やがて,道は、国道18号線に吸収されてしまった。地図を見ると中山道は国道と信越線を越えて反対側にあるようだ。道に迷ったようだ。踏切を見つけて反対側に渡ると,今までとは違ったひっそりした中山道が残っていた。実に静かである。車もほとんど通らない舗装された道路を下って行く。古い道標が立っていた。やがて,道は西軽井沢駅のすぐ手前の線路をくぐって、中軽井沢の町の中に伸びていた。

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時間は午前9時,沓掛宿は開発が進み,古い町並みはあまり残っていなかった。軽井沢という地名の付く避暑地として発展しているように見えた。ここから追分宿まで1時間。気持ちのよい風を受けながら歩いて行く。
 
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 コンビニを見つけ,おにぎり2つを買って少し遅い朝食にする。道路の脇に座って食べる。歩く時はいつもこういった不規則な朝食になることが多い。朝の出発が早いので,ホテルや旅館の朝食の時間まで待っていることができないからだ。インスタント食品を買ったりして食べることも多い。昔の旅人はどのように朝食をとっていたのだろうか。朝4時には出発していたという記録が残されている。そんなに早く宿で朝食を用意していたのだろうか。ひょっとすると私がコンビニで朝食を買ったように,次の宿場や途中の茶屋で簡単な食事をしていたのではないだろうか。

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  再び旧中山道は、国道18号線と別れた。交通量が少なくなりとても歩き易くなる。地図を見ると古宿とある。女街道という案内表示も立っていた。「碓氷関所を避けて裏街道を通る女性が多かったから」と説明がある。
 道は再び国道18号線といっしょになった。車が激しく行き交う中,歩道を歩いて行く。日差しがかなり強くなってきた。今日は暑い中を歩かなければならないようだ。やがて,国道の壁の上部に追分の1里塚の標識を見つけた。もうすぐ追分宿である。

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 時間は午前10時。追分宿の案内板を見つけて道を下って行くと大きな灯廊が立っていた。奥に追分宿郷土館があり,さっそく入ることにした。入館料300円也。

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 最近ではこのような資料館が多くなった。町起こしに宿場を利用しているのだと思うが,いろいろ貴重な資料が保存されていることはとても喜ばしいことだ。しかし,町によっては全くそのような取り組みがなく,貴重な財産や町並みが失われてしまっている姿もこれまでの旅の中でたくさん見てきた。心ある人たちの努力で細々と資料館を作っているところも数多くあった。この追分宿はかなり力を入れていることが資料館の様子から伺えた。

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 30分くらい見学して資料館を出発した。隣に浅間神社があった。神社の境内に鉄棒が設置されていて,鉄棒教室のようなものが開かれている。女生徒が実にみごとに蹴上がりを演じていた。小学生でもこんなに上手に鉄棒ができるものかと感心し,しばらくその練習を眺めていた。

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  先へ進むと古民家を使って美術品の商売をしている店があった。焼き物や織物,葛の蔦で編んだ篭などが並べてある。お客さんもたくさん来ている様子であった。古い町並みを生かして上手に商売をしているところが最近増えてきている。その典型が馬篭や妻篭の町ではないだろうか。古い町並みを守っていく上では、貴重な方法である。
 
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 そこから少し行った所が追分宿の分別れだった。北国街道と中山道との分岐点である。資料館で見た通りの景色であった。
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  追分宿からはゆるやかな下り道である。車もあまり通らずペースを上げて小田井宿まで歩ける道だった。ただ強烈な日差しが上から照りつける。こういう時は水分を補給しながら歩くことに注意しないと大変なことになる。以前同じ真夏に東海道を歩いていて,水分を補給しなかったので、なんだか自分の体がふらふらして真っすぐ歩けなかったことがあった。どうやら軽い日射病にかかっていたことが後で分かった。それ以来、水分補給には注意して歩くようになった。

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 時刻は午前11時。予定より30分も早く小田井の町に到着した。信越線の御代田駅の地下道をくぐって中山道は真っすぐに伸びている。小田井宿には古い町並みがかなり残されていた。小田井宿祭りのポスターが至るところに貼ってある。宿場を町起こしの原動力にしようと頑張っている人たちがたくさんいるようだ。

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 小田井から今日の最終目的地,岩村田へあと1時間。中山道はこの先で国道と合体していた。歩道がなく路側帯を歩かなければならないところも一部あったが,岩村田の町へ近づくに連れて,歩道が現れた。国道なのだから歩道があって当然だと思うのだが,日本の道路事情はそのようになっていない。国の政治の貧困さがよく分かる。車にお金は使っても,歩行者や自転車にはお金は使わない。せいぜい路側帯の白い線である。それで人の命を守ろうというのだから本当におかしな話である。

  長聖という字が目に飛び込んで来た。何年か前に甲子園を沸かした佐久長聖高校があったことを思い出した。岩村田は佐久長聖高校のある所なのかと初めて知った。町の名前は佐久市に変わっていた。町の中央に近づくに連れて建物が多くなり,ビルも目立つようになってきた。岩村田という町がこんなに大きな町だと知り本当にびっくりした。 

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 12時,岩村田駅前に到着。今日の予定はここまでなので,中山道を歩くことはここで打ち切る。駅前の食堂でチャーハンとビールを頼む。小海線岩村田発12時55分の小諸行きの電車に乗って今日の宿泊地小諸へ向かった。明日はここ岩村田から長久保までの約25キロを歩く。いよいよ明日でこの旅も終わる。



[ 2012/08/17 08:24 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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