水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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中山道を歩く

第4日 岩村田から長久保へ

8月7日(木)午前6時30分,宿泊した小諸の懐古園近くのホテルを出発する。今日は快晴である。昨日と同じように朝食抜きである。どこかコンビニを見つけて簡単な朝食をとろうと考えていた。小諸駅初6時40分の小海線小渕沢行き普通電車に乗る。こんなに早い電車には乗客はほとんど乗っていない。旅行客らしい客が数人乗っていた。
 
 小諸から20分の所に岩村田駅がある。岩村田駅のすぐ手前では新幹線佐久平駅の工事をしていた。いよいよ10月1日から新幹線が走る。小諸や岩村田の町も大きく変化して行くのだろう。昨日,岩村田駅前の食堂の主人に聞いた話だが,佐久平駅ができれば岩村田駅は賑やかな町になるのではないかと喜んでいた。でも,本当にそうなるのだろうか。とにかく,大きく町の様子が変わっていくことが予想される。田圃の真ん中に突然出来上がった佐久平駅には,私の乗る電車は止まらないで通過した。

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 午前7時ちょうど岩村田駅に着く。駅から岩村田高校の横を通って旧中山道に入った。ここから最初の宿場町は塩名田宿である。町を抜けるとずっと田んぼの中の道である。国道と離れているためか車もほとんど通らず,とても歩き易い。リンゴ畑も所々にあり,リンゴの実がたくさん枝に付いていた。まだ食べられる様子ではないが,5月の連休にこの長野県に来た時は,リンゴの白い花が満開であったことを思い出した。もう少しすれば赤いリンゴの実がたわわについてまた興味深い景色になるのだろう。空の青さと遠くの山々の緑と田んぼの緑が調和して実に美しい風景である。

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  塩名田の町に近づいて道は国道142号線と合流した。塩名田の町には古い家並も残っていたが,とにかく車が激しく行き交い,しかも,歩道もほとんどない危険な道を歩くことになった。地図で調べても迂回路はなく,あきらめて危険な道を歩く。

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 軒下のすぐ近くまで車道が迫っている。騒音もかなりひどい。間違えて車が家の中に飛び込んで来ることもありそうだ。この町に住んでいる人はこの状態をどう考えているのだろうか。人や自転車が安全に通れる道の確保について声は上がっているとは思うのだが,行政の責任を強く感じた。千曲川を渡る。橋の横に新しい人道橋が付いていた。いくらか改善は進んでいるようだ。

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 塩名田の町を過ぎ八幡宿へ向かう。浅科村に入り,布施百沢という古い町並みが残る町に入る。日差しが強く照りつけ汗が吹き出している。時間を見ると午前9時,自動販売機で栄養ドリンクを買って飲む。地図を見るとここから金山坂という峠になるようだ。道を探すと1本細い道が国道から分かれている。道標は出ていないが,これが中山道ではないかと考えてその道を歩いて行くことにした。

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 道はしだいに上り坂となり,地図と同じ様なカーブで曲がっている。坂を上り詰めたところに望月の1里塚という道標を見つけた。やはり,旧中山道を歩いていたようだ。爪生峠の道祖神を過ぎ,坂を下ると望月宿に着いた。

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 道端には石仏がたくさん並び,古い町並みもたくさん残っていた。町の中心に望月歴史資料館があり,中に入る。2階建てでとても立派であった。休憩を兼ねて中を見学する。入館料300円也。望月町の歴史や自然,中山道の宿場の歴史などがビデオになっていた。かなりお金をかけた施設であった。中山道の歴史についてのビデオを見る。5分間とコンパクトにまとめられていて,町の歴史がとてもよく分かった。

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  午前10時出発。国道を30分程歩き茂田井間の日差しとコントラストをなした白い土塀がずっと続き美しい風景であった。ゆるい上り坂に造り酒屋の白壁が続く。今も営業しているようだ。名古屋の有松と似たところのある町であった。写真を何枚も撮る。

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  時間は午前11時。芦田宿まで後30分。緩やかな下り道を進み芦田宿に着いた。古い町並みが残っている。交差点のところに脇本陣だった家が残っていた。古い旅篭「つちや」も残っていた。時間は午前11時30分。近くに食事の出来る店はないか探すことにした。

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 道を下って行くと役場があった。角の酒屋で食事のできる店はないか尋ねると,親切に教えてくれた。蕎麦屋だった。店に行くと準備中の看板が出ていたが、女主人は快く迎え入れてくれた。「準備ができるまでテレビを見ていてください」とテレビをつけてくれた。
 
 ビールと味噌煮込みうどんを頼む。名古屋の赤味噌ではなく白味噌仕立ての煮込みうどんだった。久しぶりに出会ったおいしいうどんであった。女主人にこの先、長久保までバスが走ってるか聞く。もちろん私は歩くつもりなのだが,女主人はわざわざ電話で役場まで問い合わせてくれた。数年前まではバスが走っていたが,今は廃止されてしまったと教えてくれた。バス路線もだんだん廃止され,ますます不便になってきたようである。新幹線が走るようになり,信越線も第3セクターに移行するという。この流れを食い止めることはもうできないのだろう。

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 昼食を終え,芦田宿を出発。ここから15分位の所に笠取峠の松並木が保存されているという。期待しながら最終目的地長久保宿に向かって歩き出した。旧道と国道が交差した所から松並木が始まっていた。樹齢300年近い松が何百本も生えている。バイパスを新しく作って松並木の保存工事をしたとのことだった。東海道の御由の松並木とはまた異なった趣がある。下は遊歩道になっていて,歩き易い。公園も設置されていて,日曜日にはたくさんの人がこの松を見にやって来るのだろう。

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 いよいよここから笠取峠を越えて長久保まで残り6km。国道脇の広い歩道を歩く。頭上から強烈な日差しが照りつける。日陰が全くないだらだらした上り坂がずっと続く。30分以上歩いてようやく,笠取峠1里塚に着いた。そこから峠まではわずかな距離だった。峠の茶屋を見つけて休憩する。コーヒーを注文すし、長久保までの道を尋ねると、ここから200m下に旧国道が残っているという。
15分ほど休憩して出発。地図を見ると旧中山道はバイバスと旧国道の間に延びているのだが,薮になっていて見つけることができなかった。バイパスができたので,この旧国道を通る車はほとんどないようだ。時代の流れを感じた。

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  旧国道を一気に下って行くと人家が見えるようになってきた。長久保まではすぐそこのようだ。松尾神社の古い鳥居の横の道を下りきった所が長久保宿であった。時計は午後2時10分を指していた。角の雑貨屋で缶ビールを注文し、一人で旅の終了を祝って乾杯した。

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 その店のおばあさんから、この長門町の様子についていろいろ話を聞いた。長門町は古い町並みを大切にしていないとおばあさんはしきりに言っていた。そう言えば、前回、和田村からこの長久保まで歩いた時に,道路に路側帯がついていない所がずっと続き,大変な危険を感じたことを思い出した。「長門町も、子どもや老人が安全に歩けるよう道路の整備を進めてほしい」とおばあさんに話した。おばあさんも「その通りですね」とうなづいてくれた。
今回の旅も無事目的地に到着することが出来た。次回は、いよいよ群馬県の旅になる。時間とお金がかかる旅になるので、いつ挑戦できるのか分からないが,のんびり挑戦したいと思っている。今日は上田市で泊まって,明日、名古屋へ帰る予定である。



[ 2012/08/18 11:16 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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