水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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旧東海道を歩く

関宿から鈴鹿峠を越えて土山宿へ

 8時39分金山乗車。名古屋発8時50分発の急行かすがに間に合いそうだ。

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 8時45分名古屋着。関西線のホームに急ぐ。今時もう特急列車しか走っていないと思っていたのだが,関西線にはまだ急行列車が走っているようだ。8時50分,列車は奈良に向けて出発した。列車内はかなり混んでいる。奈良へ行く客が多いのかもしれない。四日市で外国人連れの若い女性客が乗り込んで来て隣の席に座った。旅行雑誌るるぶの京都・奈良特集のページを見ているのが目に入った。奈良は世界文化遺産に立候補している。貴重な文化遺産が世界遺産に認められれば開発行政にストップがかけられるのではないだろうか。

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 9時45分亀山へ到着。ここで普通列車に乗り換える。ここからの普通列車は1両のワンマンカーである。列車は多気行きになっている。のどかな田園を走るJR列車が1両の車両で間に合うと言うのは,よほど乗降客が少ないのであろう。

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 10時1分亀山を発車。10時7分関に着いた。ほとんど降りる客はいなかった。駅の売店に「パンフレットあります」という案内が出ていたので,申し出ると関宿を案内したパンフレットをくれた。関駅は関宿の西の外れにあり,ここからずっと関宿の中を見学しながら歩いて行ける。3年前にこの宿へ初めてやって来た時には,古い町並みが保存されていのを見るのが初めてだったので本当に感動した記憶が今でもはっきり残っている。それから何度もこの関へはやって来ている。今回は4回目である。以前と比べるとなんだか町の中が明るくなったように感じた。どうしてかなとあちこち見る中で道路の舗装が新しくなったことに気づいた。また電柱も撤去されたことに気づいた。店の数も以前より増えていて町を発展させる取り組みが本格的に始まっていきているようだ。資料館の公開や旅籠の公開も行われて いた。やはり,観光客がが増えているようだ。今後さらに古い町並みを生かして町が発展することを願った。

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 10時30分,東の追分に到着。ここからは国道1号線をしばらく歩くことになる。車が激しく行き交う道の歩道を歩くと15分位で旧道が現れた。旧道に入ると静かな山村風景が広がっていた。川の流れも美しく,しばらくぼっと景色を眺めていた。少し離れた国道の風景は殺伐たる現代を象徴しているし,この山村ののどかな風景は今から300年前と少しも違っていない風景そのもので両方が同時に存在していることに本当に不思議さを感じた。少し歩いて国道を横切り,古い町並みの残る村を歩く。再び国道と合流してゆるい坂を上り沓掛村に向かう。

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 1里塚の目印の所を右に曲がり,旧道が現れた。ここからはずっと旧道を歩いて行くことになった。車はほとんど通らない。人にもほとんど会わない道である。人家が見え始める。沓掛村である。素朴で質素な家並である。道はしだいに上って行く。東海道53次の広重の絵に坂下宿があるが,ひょっとするとこの辺りの風景がかかれいるのかもしれないと思った。

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 12時,坂下宿に到着。自動販売機を見つけ,お茶を買い休憩。昼食は鈴鹿峠の頂上で食べる予定である。あと1時間もかからないでも到着できるのではないだろうか。10分程休憩していよいよ鈴鹿峠への道を上り詰めて行く。3年前にこの鈴鹿峠をこえた時にはこの辺りで旧道を見失い,国道を歩いて鈴鹿トンネルを越えた。今回は旧道を歩いて鈴鹿峠を越える。道標が出ていて,こちら鈴鹿峠というのが見える。東海自然歩道の一部に鈴鹿峠が組み入れられているようだ。

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 片山神社を過ぎてから急に上りがきつくなった。

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 道はかなり荒れていて,一部は崩れていた。上から鈴の音が聞こえてきた。老人3人連れが険しい道を降りてきた。この道を歩く人がいることにびっくりした。30分程上って頂上に着く。関から2時間程で峠を越えることができた。ここから1時間半程で次宿である土山に着ける。鈴鹿峠は東海道の難所の一つになっているが,中山道の和田峠に比べるとかなり安全な峠道であったと考える。

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 鈴鹿峠万人講常夜灯は巨大である。説明書きによると3000人もの人たちの努力でできたものであるという。今は公園になっていてトイレもきちんと整備されていた。登山者が1人食事をしていた。私もそこで昼食をとる。挨拶をするとその人は高畑山へ登予定であることを教えてくれた。
30分程休憩の後,土山宿へ出発。1号線をどんどん下って行く。歩道はかなりきちんと整備されている。三重県側とはだいぶ整備状況が違うことが分かる。途中から旧道が現れ,そこを歩く。

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 1時間半程で田村神社前に到着。

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 ここで思わぬイベントに出会う。なんとやたら飾り付けたトラックやダンプが集まっている。その台数は数百台はあるだろうか。ナンバープレートを見ると,関西や東海,関東のもある。全国から集まってきているようだ。運転手の一人に話を聞くと「今日ここに集まろうと仲間同士で決めたらこんなに多くなってしまった」ということだった。1号線を歩いているときに何だかおかしな車が走っているなあと思っていたのだが,こんなことになっていたとは驚いた。頭を丸刈にした青年やら茶髪の青年が目立つ。トラックの前で記念撮影をしている。舞台も設置され,すごいボリュームでがなりたてていた。

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  イベント会場を後にして,土山宿へ向かう。田村神社から5分ほどで土山宿入口の標識を見つける。
 
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 土山の街道を愛する会の看板が家々の軒に下がっている。ここは昔○○旅篭だったとか○○屋だったとか表示されている。表示は街道に面するほとんどの家についていた。土山町は古い家並を守るために力を入れていることが分かる。20分くらい歩いても宿場の家並は続いている。土山宿はかなり大きな宿場だったようだ。

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 15時土山西口のバス停に到着。ここで今日の旅は終了となる。国道でバスを待っていると飾りのついたトラックや車が走って行った。イベント会場の催し物もそろそろ終了のようだ。

15時28分発三雲行きのバスに乗車。16時三雲着。三雲で草津線に乗り換え,柘植まで向い,柘植で関西線に乗り換え,名古屋に帰った。四日市で名古屋に向かう急行かすがに追い越された。急行かすがは名古屋・奈良間を1日に1往復しているようだ。偶然とはいえ,帰りに行きに乗車した急行かすが出会ったことに何か旅の不思議さを感じた。



[ 2012/08/20 15:01 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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