水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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神通峡をたずねて  片掛かいわい3

片掛のお寺や神社  

 片掛が宿場や銀山で賑わっていた頃には、「七寺四社」あったと言われているが、今は、安龍山大渕寺(曹洞宗)、白銀山円龍寺(浄土真宗大谷派)、洞谷山西念寺(浄土真宗本願寺派)の三つのお寺と八坂社、秋葉社の二つの神社がある。

安龍山 大渕寺 

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 曹洞宗のお寺である。山門の両脇には、勇壮な仁王像が立っている。開山は文明元年(一四六九)。船峅坂本(大沢野)に開創し、花崎村の瑞泉寺を講じて開山した。この寺は、永禄年間に、上杉勢の兵火により消失した。その後、加賀藩三代の前田利常の寄進を得た。大渕寺と寺号を改め、再興を願っていたところ、須原の森田氏の保護と寄進があり、享保十年(一七二五)、この片掛に本堂を再建した。その後、大正五年の火災で楼門以外は消失したが、大正十二年、現在の伽藍の復興をみた。


白銀山 円龍寺

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 元は真言宗の寺であったが、承元元年親鸞聖人の化導を受けて浄土真宗に改宗した。その後文明年間に本願寺の蓮如上人の教化を受けた。永正四年(一五〇七)に本願寺実如上人より開祖仏ならびに円龍寺の寺号を許された。「白銀山」という寺の山号は、片掛の地で銀が盛んに掘られたことに由来する。その後本願寺が東西に別れ、東本願寺の末寺になる。明治三十四年に大火にあい、本堂や鐘堂、宝物などの多くを焼失したが、大正八年に現在の本堂が再建された。


洞谷山 西念寺 

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 浄土真宗本願寺派である。源義仲の家臣で片津権左衛門友明が逃れて下山に城を構えていた説がある。親鸞聖人に都の様子を聞きたい一念で富山に忍び上人の化導に合い髪をそり法衣「西念」を受け、庵谷に草庵を設け念仏三昧に入った。その後片掛に移り鉱山奉行所の跡を賜り現在地に堂宇を構えた。明治三十四年の大火にあい、その後本堂、庫裏、経蔵、楼門、梵鐘などを再建した。


片掛 八坂社

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 創建ははっきりしないが、往時、片掛銀山の忍屋新左衛門が守護神として奉斎していた牛頭天王社があった。新左衛門の退転後、同村内の諏訪・春日・神明の各社を合祈し、八坂社と称した。現在の社殿は、昭和十一年九月に改造したものである。


片掛 秋葉社  

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 三百年ほど前には、この地に社があったことが確認されている。現在は八坂社の末寺になっている。



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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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