水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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神通峡をたずねて  片掛かいわい13

伝えたいお話あれこれ   大正時代の頃のお話5

片掛魚道 

 大正七年、日本海電気株式会社は、庵谷第二発電所建設のために片掛の下山地内(現在の神通川第一ダム西側付近)の神通川第二取入口に漁業関係者との約束により、鮎の遡上を容易にするための魚道を設けた。鮎がのぼることができるほどゆるやかな傾斜をもつ、幅二メートルの階段状の通路である。

img9021.jpg  「細入村史」 
 
 昭和九年に婦負郡小学校校長会が発行した作文集には、この魚道についての記述がある。これによれば、毎年、岐阜県水産組合より監視員が出張してきて、乱獲を監視し、鮎の遡上が容易なように常に魚道を整備し、更に、遡上数も調査していた。昭和八年六月十六日の調査によると、最も多く遡上する午後三時から四時までの一時間に約800尾、大きいものは二十センチメートルもあったということである。

img9022.jpg  「郷土研究大沢野町 ふるさと下夕南部」
 
 また、七月一日の鮎の解禁となると、上流では「タモ網」をもって汲み上げ大量に捕獲したことや、このころ村では「鮎の粕漬」を大量につくり、細入の名産の一つとなっていたことも記されている。

img9026.jpg 「郷土研究大沢野町 ふるさと下夕南部」
 
 なお、下り鮎の「簗とり」は、このころ、上流部の岐阜県では七か所において行われていたが、富山県側は産卵鮎保護の立場から、これを堅く禁止していた。      


「細入村史」


吉野の川倉と漁法      松下 政男 
 
 川倉は簡単な流水せき止めの構造物で、長さ三~四米、直径十~十五cm位の雑木をピラミッド型に組み合わせ主としてネソにて縛る。

img9023.jpg「細入村史」
 
 水に浮かないよう中に玉石を入れて沈め、更に上部をワイヤーで引きとめ、固定する。

img9024.jpg 「郷土研究大沢野町 ふるさと下夕南部」 
 
 大洪水等で施設に被害が予想される時はワイヤーを切断して下流へ押し流す。
 
 従って洪水の度毎に新しく作らなければならず、その職人(請負人)として東砺波郡雄神村の村井清太郎なる人が取入口近くに仮宅を建て数人が常駐していた。

img9025.jpg 「細入村史」

 材料の原木を確保する為吉野のクラリ山一帯を買収し多くの人夫で川まで運んだものである。
                   
                      「郷土研究大沢野町 ふるさと下夕南部」 野菊の会編


神通川の鮎 

 じめじめした梅雨が晴れて、お日様がかんかん照り付ける真夏になると、学校が終わるのも待遠く、皆は川端めがけてとんで行きます。
 
 冷たい水に飛び込む者、焼けた川原を跳ね回っている者、川辺は一度に賑やかになります。白く光る若鮎が、濃い緑の景をピチピチと上流さして跳ね上がり、涼しい風が川の上を渡って猪谷の夏も段々深くなってきます。
 
 私達の神通川には、鮎が多くいて、しかも美味しいので日本でも有名だそうです。鮎を捕って暮らす人も川に沿って沢山いるのです。
 
 この鮎は、三月の未だ寒い頃に早一〇㎝程に太って、海から河口を上り始め、岸に沿って、まるで蟻の行列の様に、後から後へと続いて上ります。井田川や熊野川等、小さな川へ上って行くのもあります。
 
 本流へ上がった鮎は、途中で餌を食べ食べ、五月の終り頃には、笹津辺り迄来ています。片掛の魚道へ着くのは、六月の中頃で、この頃にはもう二〇㎝位になっています。鮎が片掛魚道を通ってしまった頃、丁度七月一日から解禁と言って、鮎を捕っても良いという許しが出ます。これからホッソリした若鮎が店先に姿を見せるのです。
 
 この頃の鮎の捕り方は、「タモ網」で汲むのです。両岸の濃く茂った岩間を、幾萬とも知れない子鮎が、大勢の兄弟や仲間とうちつれて上って行くのは、目の覚める程の見事さです。
 
 「赤岩の下の、水がモッコリ、モッコリするどこに、鮎がピチピチと、塊っておったがや。おら、さっき、ちゃんと、見たがやぞ」 こんな事を言って、皆はその頃には、決まって喜ぶでしょう。
 
 八月になると、鮎も二十五㎝以上に大きくなるので、友釣で釣りますが、川原に吹かれて涼しそうに糸をたれる釣り人を見ると、何とも言われぬ良い気持ちです。
 
 猪谷では、鮎は宮川と高原川に分かれて上りますが、高原川では、神岡鉱山の鉱毒が流れるので余り上りません。宮川へ上った鮎は、飛騨の古川辺り迄上って行って、九月初め頃迄、盛んに川の藻を食べて太ります。それからは卵を産むようになった鮎は体が美しくて大きく、食べて一番美味しい時です。卵を産むようになった鮎は、雨が降って川水の少し濁った番などに、頭を上流に向けて泳ぎながら、群れをなして、一度に下ってしまいます。
 
 九月の終りから十月にかけて、富山の連隊橋辺りで小石に卵を産みつけるのですが、コロコロ釣で捕らえられるのも沢山います。卵を産むと、皆死んでしまうそうです。
 
 卵から小さな子供が生まれて、海へ流れて行って、冬の間は海で大きくなるのだそうです。
                  
                      「猪谷尋常小学校 三年教材」 婦負郡小学校校長会刊



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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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