野井から岩村 2日間の休みの内,土曜日はワープロ打ちで1日が終わってしまい,おまけにコンピュータの印刷機の調子が悪くて仕事を終了できずに,日曜日の早朝から悪戦苦闘。やっと印刷機の調子が戻り,9時過ぎになって予定していた仕事は終わった。考えてみれば12時間以上コンピュータに向かっていたことになる。
「どこかへ行って気分転換したら」という妻の声に,悶々とした気分を一掃するために街道歩きに出かけることにした。とは言っても,もうすぐ10時。この時間ではあまり歩くことはできない。とにかく中央線沿いのどこかの駅で降りて,そこから3時間くらいの道のりを歩くことにした。リュックにカメラと水筒と中山道の地図を入れて出発した。JR金山駅までの道を急ぐ。
10時5分金山駅に到着。構内の売店でおにぎり3個を買い,駅の時刻表を見ると,10時22分発快速中津川行きがある。中津川で下車し,中津川から落合宿まで歩き,時間があれば,そのまま馬篭宿まで行ってみてはどうかと行き先が頭に浮かんだ。
列車がホームに入って来た。車内はほぼ満席状態である。名古屋市内を抜けると緑が多くなってきた。緑の色を見て,疲れがスーと抜けて行くように感じた。遠くに山も見え始めた。心が何だか惑々してきた。定光寺駅に近づく辺りで窓の外はすっかり緑に囲まれた。所々に黄や赤に薄く色づいた木々が見える。多治見を過ぎ釜戸に近づく辺りでは黄や赤に色づいた木々が一面に広がっている山が見えた。
どの駅で降りるのか迷う。冬に歩いた中津川から落合までの中山道をもう一度歩いてみるのもいいのではないだろうか。そう言えばあの時にカメラで撮った落合宿を望む風景は,それまでに私が写したことのない素晴らしい写真であった。その場所にこの秋に立ってみるのもおもしろいのでないか。そんなことを考えながら窓の外を見ていた。列車は恵那に近づいた。山の紅葉は一層すすんでいる。ふと,夏に歩いた野井から岩村までの大名街道のことが頭に浮かんで来た。あの時は途中で道に迷ってしまい,完全に大名街道を歩くことができなかった。今日歩いてみてもおもしろいのではないか。列車は恵那に到着。急きょ予定変更。今日は野井から岩村までを歩くことに変更し,列車を降りた。
時計を見ると11時25分,駅前のバス停の時刻表を見に行った。野井までは三郷行きのバスに乗ればよい。時刻表を見ると11時55分発三郷行きがある。少し時間があるが,そのバスに乗ることにした。考えてみると今日歩く大名街道の地図を持って来ていなかったので,駅前の観光案内所に行った。案内係の婦人に「東海自然歩道を歩きたいのだか地図はないか」と尋ねると恵那市の詳しい地図を渡してくれた。
11時55分,バスは発車した。乗客は私一人。日曜日ということでバスに乗る乗客はほとんどいない。このバスは2時間に1本しか走っていないので利用するにもなかなか利用できないようになっている。自家用車があればまず乗らない。利用するのは老人と子どもだけになっている。いずれこのバス路線も廃線になるのではないだろうか。そんなことを考えていたら,途中から3人の乗客が乗ってきた。やはり老人と子どもであった。バスはそれでもほぼ貸切り状態であつた。12時20分野井着。降りたのは私一人であった。バス停のすぐ横に武並神社がある。この神社は歴史的にはかなり古いようだ。案内の立て札には由来が説明されていた。

12時30分,東海自然歩道の道標を見つけて歩き始めた。しばらく歩くとトイレが設置してある場所に着いた。夏,来た時に赤い花を付けていたカンナの花が同じように赤い花を付けていた。カンナの花の時期が長いのには驚いてしまった。小さな橋を渡った。夏にこの辺りで道を間違えたので慎重に歩く。道を右に曲がって数10メートル位の行った所に山へ上って行く自然歩道を見つけた。その右角に東海自然歩道の道標が立っていた。どうやら夏には,この道標を見落としてそのまま先に進んでしまったようだ。しかし,この道標は木の陰になっていて,見落とし易いのではないだろうか,道の向かい側に立っていればそのようなことはないだろうにと思った。

ヒノキ林の中を自然歩道はぐんぐん上って行く。曇り空であるためか光はあまり届かず薄暗くなっている。大きな石がごろごろしている道を上り詰めると,林が途切れ道の両側が開けて明るくなっていた。その坂道を上り詰めると大きな池があった。

ここが小ケ沢池だ。灌漑用に作られた溜め池である。池の周りの紅葉が美しい。曇り空なのが残念であった。見晴らしもよく遠く恵那の町が見えた。その池の土手にマウンテンバイクを横に置いて夫婦連れが昼食を取っていた。この道の上から降りて来て,道を下って行くのだろうか。それともここからこの道を上って行くのだろうか。よく分からないが,この道を自転車に乗ってやって来たとは少し信じられない。「こんにちは」と挨拶だけをして,私は再び道を歩き始めた。道はその池からも,上りになっていた。階段が作ってあったが,かなり壊れていて,大きな石がごろごろしていた。とても自転車では走れない道であった。なぜか先ほどの二人連れのことが頭から離れなかった。

厳しい上り道を20分程歩いて,お茶場という休憩地に到着した。ベンチも作ってあり,辺りはなだらかな丘陵になっていた。ベンチに座ってお茶を飲んだ。時間は13時をとっくに過ぎていたが,食事は夕立園地についてから取ることにした。少し休憩してから道を歩き始めた。しばらく行くと右手に牧場が広がっていた。この辺りはなだらかな丘陵になっているので牧場として利用されているようだ。ススキが風に穂をなびかせていた。写真を撮ろうと思ったが,有刺鉄線で柵がしてあり,中に入ることはできなかった。あきらめて背伸びをして写真を撮った。

曇っていた空から明るい日の光が差し込み出した。青い空も見える。道の先を見ると,黄色い木の葉が日の光を浴びて,キラキラ光っているのが見えた。あまりの美しさにカメラを取り出してシャターを切った。近づくとその木はポプラであった。まだ名古屋では黄色に色づいてはいない。ここでポプラの美しい紅葉を見ることができて今日の旅行に来て本当によかったと満足感を覚えた。

右手に牧場を見ながら緩い上り道を歩いて行くと,人の話し声が聞こえてきた。夕立園地に到着したようだ。見上げると赤と白に塗り分けられた美しい鉄塔がそびえていた。夏に読んだ「鉄塔武蔵野線」の内容を思い出した。あの作者は鉄塔を探し求めて冒険旅行をしていた。きっとこのような鉄塔もたくさんあったのだろう。
前を見ると向こうから家族連れがこちらに歩いて来るのが見えた。岩村から自然歩道を歩いて来たのではないだろうか。「こんにちは」と挨拶をすると,女の子が「こんにちは」と挨拶をしてくれた。
13時20分,休憩場所を見つけ昼食とした。金山駅構内で買ったおにぎりを食べた。椅子の上に雑記帳が置いてある。中を見るとここを歩いた人がいろいろ書いていた。横浜からこの道を歩きに来たという人のサインがあった。この道はかなり有名な道のようだ。夕立山への上り口が分かりにくかったということを書いている人がいた。きっとその人も私と同じ様な体験をしたのではないかなと思った。私もその雑記帳に野井の上り口で道に迷ったことと,改善してほしいことを記入した。
30分程休憩して,夕立園地を出発した。なだらかで舗装された下り道が続く。歩き易く,足が自然と前へ進む。しばらく歩いて夜泣き松跡に着いた。夜泣き松とは名ばかりで松はもう枯れてなくなっていた。道標があり,「左 恵那 右 山田村」と刻まれていた。そこからしばらく歩くと道の両サイドに別荘が建っていた。この別荘は山が低いので水の確保が大変なのではないだろうか。

下り道を急ぐ。途中からは自然歩道を歩いて上平の集落を過ぎ,根ノ上の集落に到着した。田圃の向こうに紅葉した山が見え,本当に美しい農村の風景である。神明神社の横に作られた休憩所で休憩した。夏には田圃の緑がこの神社の前に広がっていたが,今日は,稲刈りが終わり,地面がむき出しになった田圃と遠くに見える紅葉した木と山が不思議にマッチして,うら淋しい農村の風景を作り出していた。
そこから10分程のところに希庵塚の五輪石塔がある。その昔,高僧希庵善師が武田信玄の命に背いて刺客に殺されたのを偲んで立てられた物であるという。その塚の近くに不思議な石碑が立っている。三十三体の仏像が彫られている石碑である。いろんなパンフレットに紹介されている。夏に撮した写真を大きくして職場で見せたら,同僚に「一度見てみたい。場所を紹介してほしい」と言われたことがある。今日もこの仏像を見るのを楽しみの一つにして歩いていた。やはり,周りの風景が晩秋になり,また違った雰囲気になっていた。夏よりもよい写真をと念じながらカメラを向けた。写真を撮っていたら,自転車に乗った二人連れが通り過ぎて行った。よく見ると,あの小ケ沢池で会った夫婦連れであった。やはりこの人たちは自然歩道を自転車に乗って旅をしていたようだ。しかし,あのデコボコ道を自転車に乗って進んでいるとは,凄い趣味を持った人たちだなあと感心してしまった。

いよいよ今日の街道 歩きももうすぐ終わり。 緩やかな上りになった山上集落を越えれば岩村駅である。その道を上って行った所で, 赤く色付いた柿の木見つけた。葉の色といい,実の色といい本当に美しい。夕立牧場で見たポプラの木に続いて,今日二番目に見た素晴らしい紅葉の木であった。あまりの美しさに,しばらくその木を眺めていた。再び歩き出し,20分程かかって,14時50分岩村駅に到着した。列車の時刻表を見ると15時5分発恵那行きがある。実にタイミングの良い時間に駅に到着したものである。この分なら17時には名古屋に着けそうである。

今日はフラッと列車に乗り,目的地を定めないで出かけた街道歩きの旅であったが,無事岩村駅に到着し,今は明智線恵那行きの列車に乗っている。

車窓の紅葉した山々は後1週間もすればもっと色づき,美しさを増すのではないだろうか。電車は「日本で一番美しい農村風景」という飯沼田駅の辺りを走っていた。今度はその景色の中を走るこの電車を見てみたいなあと思った。