1 はじめに 「どこへ行くって・・・まだ行く先が決まっているわけではないが、とにかく買い換えた新しい車であちこち放浪してみようと思っているのだ」旅人は、久しぶりに感じるワクワク気分で上さんに旅の話をしていた。
今まで旅人が乗っていたのは、スズキの「アルト」である。軽自動車なので燃費が安い。北海道1周に出掛けたのもこの車だ。結構走る車だった。しかし、2WDなので雪道や悪路に弱い。特に困るのは、冬にエンジンの掛かりが悪いのだ。エンジンが温まるまでは発進できない。それを無視して発進しようものなら、エンストしてしまうのだ。国道でエンストして交通渋滞を起こしたことが何度もある。修理店で見てもらったら、「お客さん、これは、寒冷地対策がしてない車ですから、仕方がありませんよ」とあきらめるしかない返事だった。冬には滅法弱いのだ。そのいやな冬が今年も近づきつつあった。「そんな危ない車はやめて、思い切って新しい車を買ったら!援助してあげるから」と上さんからも勧められ、思い切って買い換えることにした。

近くの中古車店に頼んでおいたら、すぐに新しい車が見つかった。スズキの「ワゴンR」である。これも軽自動車だが、今、流行のボックス型である。スピードも出るし、運転席も少し高くて見晴らしがいい。もちろん4WDで、冬にも強い。旅人が何よりも気に入ったのは、座席を倒すと、寝台が出来て、体を伸ばして寝ることができるのだ。「車の中で寝られたら、どんなに旅が楽しくなるだろう」と前から憧れていたのだが、それが実現したのだ。
新しい車が来て、数日後、さっそく旅人は、予行演習と称して、能登半島へ2泊3日の旅に出掛けた。雨降りで大変な日だったが、終日、車を走らせ、七尾で夜になった。七尾駅近くにある「道の駅」を寝場所と決め、夕食を近くのスーパーで買い込み、車の中で食べた。薄暗い明かりの下で食べる夕食は、あまり美味しいものではなかったが、腹は満腹になった。
アルコールも入り、しばらくすると眠気が襲ってきた。さっそく寝る準備に入った。座席を倒し、小さな寝台を作った。簡易の敷布団として座布団を三枚敷き、寝袋と毛布を広げた。午後8時、寝袋に入る。降り続く雨の音をしばらくは聞いていたが、いつの間にか眠ってしまい、目が覚めたのは次の日の早朝だった。起きた時に腰が少し痛かった。これは、椅子の寝台が凸凹しているためだ。厚手の座布団にすれば解決できそうに思った。天候にも左右されることなく、車の中で十分に寝ることが出来たのだ。
次の日は、輪島港の駐車場で寝た。ここでも十分に寝ることが出来た。ただ、就寝場所としては、トイレや水飲み場、自販機などがある「道の駅」の方が、適しているということが分かった。輪島では、日帰り入浴をしている温泉も見つけ旅の汗も流した。車で寝泊りする旅も結構面白い。予行演習も終わり、いよいよ放浪の旅が始まる。