北陸路の旅
11月18日(火) 富山~金沢~加賀温泉
午後2時出発。午前中は部屋を掃除したり、地区公民館の仕事をしたりして出発が遅くなってしまったのだ。行く先は、日本海沿岸を九州まで南下するコースである。冬の荒れる日本海を眺めながらの旅は魅力的である。4年前の冬、普通列車を乗り継いで山陰を旅したことがある。列車の窓から、荒れる日本海を眺めながら旅した時のことが思い出される。雪が降りしきる中、余部鉄橋をカメラのファインダーから覗いていた時のこと、夜が遅くて宿が見つからなくて、城之崎駅前で途方にくれていた時のことなどが、まだ昨日のように思い出される。今回はどんなことが起きるのだろうか。
富山県から倶利伽羅峠を越えて石川県に入る。ここはもう何度も走った道だ。その昔、木曾義仲が平家を撃ち破った所だ。峠越えの道や、戦場の跡が今も残されている。旅人は、若かりし頃、この近くにある小さな小学校に勤めていたのだ。
車は、その昔、教員だった旅人がバスに乗って小学校へ通った道を、走って行く。当時と比べると、道は国道に昇格して格段に広くなり、曲がりくねったカーブも直線に改修されていた。自家用車やトラックがビュンビュン走り、地域は近代化されたように見える。
残念なことに、勤めていた小学校は廃校となり、ここに住んでいた教え子たちもほとんどがこの土地を離れ、今では数えるほどの家しか残っていなかった。立派になった道が、ここに住んでいた人たちを町へ連れて去ってしまっていた。ワイワイ、ガヤガヤと地域の青年たちと過ごした時のことが頭の中に浮かぶ。みな懐かしい思い出だった。過ぎ去った昔を思い出しながら、旅人はアクセルを踏み続けた。
午後4時、金沢の市街地に入り、ひどい渋滞に巻き込まれた。都会の道を走るのは、旅人は大の苦手だった。道路が何車線もあるのだ。「何車線もある道路は、真中の車線を前だけを気にして走れば安全だよ」と友達から教えてもらったことを、この日も忠実に守っていた。それでも、右から左から大きなトラックが割り込んで来た。しかも太陽が西に大きく傾き、ちょうど太陽に向かって走っているのだから、まぶしくて信号もはっきり見えない。大きな不安の中で、緊張しているのが分かる。手の平に汗が滲んでいるようだ。「歩道のない国道の路側帯を歩いて旅する時と少しも変わらない。ひょっとして事故に巻き込まれて命を落とすことになるかも」という思いが頭を掠めた。やはり、今回の旅は、冒険旅行だと旅人は思った。
午後5時、太陽が沈み、辺りは薄暗くなり始めた。市街地の渋滞した道路から無事抜け出し、国道8号線のバイパスを順調に走っていた。小松を過ぎ、そろそろこの日の寝場所を探さなくてはいけない時刻になった。「道の駅」があれば都合がよいのだが、この辺りにはそういう駅はなさそうだった。「どうしようか。コンビニの駐車場という手もありそうだ」とも思った。そこで思い付いたのが、「JRの駅」だった。ここからだと加賀温泉駅が近そうだった。しばらく走ると予想した通り「加賀温泉駅」の道路標識が見えてきた。道路標識に従って国道から離れ、しばらく走ると加賀温泉駅前に到着した。駅前には「平和堂」の巨大なビルが建っていた。広い駐車場もあり、第1日目の宿泊地はここに決めた。
夕食を買いに出掛けた。時刻は午後6時を過ぎていたので惣菜売り場ではバーゲンセールをしていた。3割引とか5割引とか格安の値段だった。弁当と刺身とビールを買った。それでも値段は千円を超えている。ケチケチ旅行をするならもっと工夫しなくてはいけないと思った。この巨大なショッピングセンターの隣が加賀温泉駅だった。駅のすぐ前に広い駐車場はあるが、有料になっていた。
「夕食にしよう」と車へ戻ることにした。ショッピングセンターの駐車場にはタクシー乗り場もあり、タクシーが3台ほど停車していた。1人の運転手が車の横で体操をしていた。「今晩は。ここは、大きなショッピングセンターですね」と声を掛けた。「街から少し離れているけど、これが出来たおかげで駅前が賑やかになったよ」と運転手は答えた。「今晩ここへ、車を止めようと思っているのだけど」と私が言うと「それりゃあ止めといた方がいいよ。ここの駐車場は時間になると、入口にチェーンを掛けて、車が出入りできなくなるようにしてしまうよ」運転手は真顔で私に教えてくれた。「そりゃあ困った。どこかこの辺りで駐車できるところはありませんか」と私は運転手に聞いた。「そうかい、車で旅行しているのかい。駅前の駐車場はお金がいるし、そうだ、この近くに『ジャスコ』がある。あそこは24時間営業だから駐車場が使えるよ。そこへ行くといいよ」と詳しく道順を教えてくれた。親切な運転手さんだった。
夕食を後回しにして、急遽、車を走らせ「ジャスコ」に移動した。ここも「平和堂」に負けないほどの大きな建物だった。「食料品売り場は24時間営業」という大きな看板が輝いていた。加賀温泉の町には巨大なショッピングセンターが二つもある。きっと熾烈な競争をしているのだろう。「ジャスコ」は24時間営業で対抗しているのだろうか。
薄暗い明かりの下での夕食が始まった。トビウオの刺身に醤油を掛け過ぎ、醤油付けになってしまった。暗いのは何とかしなければいけない。弁当とビールで腹が一杯になってしまった。少々食べ過ぎの感じだった。
腹ごなしに散歩に出掛けた。空を見上げると満天星空だった。天の川も見えるようだった。
午後10時、椅子を倒し、寝床を作る。敷布団代わりの座布団を敷き、寝袋を広げ潜り込んだ。駐車場は真っ暗。少々不安を感じるが、内側からドアをロックした。無事明日が迎えられますように。