水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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「青春18きっぷ」で山陰・九州を巡る旅 5

第四日目 熊本~鹿児島   鹿児島本線 
 十二月十四日、木曜日。午前六時起床。体調はすっかりよくなったようで腰に痛みはない。窓を開けるが、まだ空は真っ暗である。熊本駅の時計が明るく光っている。天気はよさそうである。カップうどんで朝食を済ませ出発。重いリュックをフロントに預けることも考えたが、気ままな旅なのでどこでどう考えが変わるかもしれないので背負って歩くことにする。家を出発した時から、立ち寄った所で貰うパンフレットが増えた分リュックは重くなっている。ズシリと背中に食い込むが、今日はしっかり背負って歩けるようだ。
 
 午前七時二七分熊本発宮地行普通列車に乗車する。この列車は熊本と大分を結ぶ豊肥本線を走る。昨日乗って驚いた窓の大きな車両と同じ型である。今日はワンマンではなく車掌が乗車している。「俺は九州男児だ」という顔をした眉毛が濃くて眼の大きい車掌だ。車内には高校生がたくさん乗っている。相変らず高校生の態度はよくないが、車掌は生活指導も兼ねていて、床に座りこんでいる生徒に「ちゃんと椅子に座れ」と注意しながら歩いている。恐い顔で睨まれた生徒は、しぶしぶ空いている座席に移動していた。これが九州だと思う風景だった。その後、乗車した列車でも、乗っていた車掌が態度の悪い高校生に対してしっかり生活指導をしているのには感動した。本州では絶対見られない風景だ。
 
 立野で列車はスイッチバックした。いよいよ阿蘇の外輪山を上って行くのだ。急な勾配の線路を列車はゆっくり進んで行く。やがて山並みが切れて列車の左側に褐色の岩肌が見え始めた。阿蘇外輪山の壁だ。列車は大きな平原の中を進んで行く。列車が進む右側には褐色の高い山が見える。木がほとんど生えていない。現在も活動中の火山なのだから木が生えていないのも当然なのかもしれないが、圧倒されそうな景色である。あの山にこれから登るのだろうか。
 
 八時五十分列車は阿蘇に到着した。ここからバスで阿蘇火口に向かう。バス乗り場へ行く。ガランとした待合室におばあさんが一人座っている。乗り場の扉に「今日はガスが発生していて危険なのでロープウエーは動きません」と張り紙がしてある。火口まで行く予定だったので残念に思った。バスはその手前のロープウエー乗り場までは行くようだ。時刻表を見ると、九時五十分の発車だった。切符売り場で「阿蘇山を見るならどこへ行ったらいですか」と聞くと「今日はロープウエーが動かなから、草千里で下車されるといいですよ」と教えてくれた。しばらくして、阿蘇山へ向かう観光客が何人かやって来た。その中に九人の高校生の一団があった。どうやら修学旅行のようだ。最近の修学旅行は自由行動が主体のようで、彼等もグループ行動で九州の中を移動しているようだった。話を聞くと埼玉の高校生だった。だれもがロープウエーが動かないことにがっかりしていた。

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 九時五十分バスは二十人位の客を乗せて出発した。阿蘇パノラマラインと呼ばれる狭い高原道路をバスは上って行く。頂上まで四十分くらいだそうだ。次第に視界が開けて来て、列車の通っていた火口原が眼下に広がり出した。ちょうどお椀を伏せたような形の山が真横に見える。「米塚と呼ばれる山です」と運転手が教えてくれる。大観望と呼ばれる場所でバスは十分間停車した。眼下には火口原が広がり、道路を挟んだ反対側は阿蘇烏帽子岳が望める場所だ。自然の美しさに圧倒される風景だ。高校生たちは記念撮影をしている。風が頬を突き刺し寒い。しかし、素晴らしい景色だ。「今日はここで絵を描くぞ」という気持ちになった。旅に出てからそういう気持ちになったのは初めてだった。

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 大観望を出発して三分ほどで草千里に到着した。草千里は大観望から見ていた場所だった。道路から烏帽子岳の裾野までなだらかな平原が広がっていた。草原の中には池があり、キラキラ輝いていた。氷が張っているようだった。修学旅行生が四人草原を駆けて行く。少し小高くなった丘の上まで見る間に行ってしまった。若いということはエネルギーが満ち溢れていて素晴らしいと思った。

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 リュックを置いて、私も草原を歩いてみることにした。

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 枯れた草原のあちらこちらに牛や馬の糞が転がっていた。つい最近まで牛や馬が放牧されていたようだ。小高い丘に登ると景色が違って見えた。眼前に迫った烏帽子岳のなだらかな稜線がとても美しかった。時間を掛ければ登って行けそうに思った。遠くには噴煙を上げる中岳が見えた。丘を下り、草原を横切って烏帽子岳の稜線の所まで行くと、眼下に火口原が広がっていた。バスの運転手が「阿蘇山は、大昔大きなカルデラ湖だったのですが、立野の所で外輪山が崩れて水が流れ出し、カルデラ湖が消滅したのです」と話していたが、外輪山がなくなっている立野の町が遠くに見え、運転手の説明が納得できた。立野から烏帽子岳に向かって自然歩道がずっと延びているのが見えた。あの道を歩いたらどんなに素晴らしいだろうか思った。

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 リュックの置いてある所へもどり、スケッチブックを持って再び草原を歩き出した。烏帽子岳を描いて見ようと思った。丘の上で二枚、烏帽子岳の稜線の所でも二枚描いた。道路を観光バスがひっきりなしに走って行く。バス停の前にある博物館や売店に観光客は立ち寄っているようだが、草原まで歩きに来る人は全くいなかった。絵を描き終わり、時刻を見たらもうすぐ十二時だった。何と草原に一時間半もいたのだ。その間、寒さはほとんど気にならなかった。雄大な自然に圧倒されていたのだろうか。阿蘇駅へ戻るバスがすぐある。売店で阿蘇の写真を買い、バスに乗った。来る時一緒だった二人連れのおばさんと一緒になった。「あなたのこと覚えていますよ。その青いヤッケが目立っていたもの」と一人のおばさんから言われてしまった。「草千里は素晴らしかったですよ」と言うと、「えっ、あの寒い中、草原にいたのですか」と感心されてしまった。まだまだ私は若いようだ。

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 十二時半過ぎバスは阿蘇駅に到着した。十三時三分発肥後大津行の列車まで二十分近くある。駅の横にある食堂でカレーうどんを食べた。インスタントの薄味でまずいカレーうどんだった。それでも値段は立派な六百円だった。
 
 十三時三分定刻通りに列車は発車した。旧い型の列車だった。火口原を走り、スイッチバックを過ぎ、十三時五一分肥後大津に到着した。十三時五五分発熊本行に乗換える。あの窓の大きな電車だった。十四時二九分熊本到着。十五時〇〇分発八代行普通列車に乗車する。再びあの大きな窓のある列車だった。最初乗った時は、眺めがよくて感動した所もあったが、否応でも真正面を向いて前をしっかり見なさいという座席は、長時間乗り続けるには疲れる電車であることが分かった。長時間乗るなら特急に乗りなさいというのが九州の考え方のようだ。九州を走る特急列車も実に派手派手しい姿と色をしている。真っ黒な色をした弾丸特急のような形で如何にも「俺は走るぞ」というタイプのものと、真っ赤な色をした四角い形をしたタイプと、同じ形だが緑色のタイプの三種類が走っていた。主張がはっきりしているというのが九州の考え方のように思った。   
 
 十五時三四分八代に到着。十五時四九分発西鹿児島行普通列車に乗換える。久しぶりにボックス椅子の列車だ。やはり長距離を乗るにはこのタイプが一番である。しばらく走ると海が見え出した。八代海だ。波も小さく穏やかな海である。山陰と同じ海沿いを走っているのだが、明るさを感じる。反対側に山が迫っているが、斜面を見ると黄色いみかんがたくさん枝に付いているのが見える。気候がとても温暖なのだ。列車は水俣に停車した。水俣と聞いたら水俣病とすぐ反射的に答えてしまうくらい有名になった土地である。今でも病気で苦しんでいる人がたくさんいると昨日見たテレビで報道していた。 
 
 途中で高校生がたくさん乗って来た。高校生の態度はここでも一緒だった。窓を開けてタバコを吸っているグループがいる。携帯電話でメールを送る動作をしている姿があちこちで見られた。女子学生はミニスカートを履き、ルーズソックスを引き摺り、男子学生はだぶだぶズボンを腰まで下げた姿は大都会で見られるものと全く一緒だった。青年のファッションは全国同時進行で進んでいるようだ。
 
 十九時五七分西鹿児島に到着した。駅前は大きなビルが建ち並び賑わっていた。駅の右に商店街があり、ビジネスホテルの看板が見える。一泊四三〇〇円、土、日は三八〇〇円と格安の宿泊料に惹かれ、フロントへ上がって行った。「三〇八号室へどうぞ」と鍵を渡される。トイレと風呂が付いているが狭い。電球が一つ壊れていて、部屋は暗い。旧式のテレビが置いてある。ポットにはお湯が入っていた。不思議に思ったのが、シングルベッドなのにスリッパもタオルも二組用意してあることだった。この狭い部屋に二人で泊まることがあるのだろうか。
 
 荷物を整理し、食事に出掛ける。駅前の商店街には赤提灯や飲食店の看板が並んでいる。どの店も結構客が入っているようだ。昨晩のことを思い出し、一膳飯屋の暖簾を探すことにした。商店街をだいぶ行った所で一膳飯屋を見つけた。今晩はここで食事を取る事にした。ほとんどのテーブルは客で埋まっていた。支払いを終えた客の席が空き、そこへ座る。壁に値札が下がっている。定食物で七百~八百円。品数も多いようだ。定食の中で一番高い上定食千円と焼酎二百五十円を注文する。しばらくして私が注文した上定食が届いた。海老と野菜の天ぷら、まぐろの刺身、塩鮭の焼き物、サトイモの煮物、味噌汁、ごはんと品数が多くてボリュームもたっぷりだ。これで千円とは驚いた。味もまあまあでしめて千二百五十円。豪華で格安の夕食だった。コンビニで朝食のおにぎりとインスタント味噌汁を買いホテルに戻る。風呂に入る。テレビからはブッシュ大統領誕生のニュースが流れていた。



 
[ 2012/12/14 08:57 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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