水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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青春18きっぷで巡る山陰・四国の旅 2

第二日目 豊岡~高松 
 
 朝五時起床。日頃から早起きに慣れてしまっているのでこの時間には自然と目が覚めてしまう。テレビの天気予報は「曇り後晴れ、暖かい一日になりそうです」と言っている。今日は餘部鉄橋に行って写真を撮るのだが、この分ならいい写真が撮れそうだ。
 
 六時にホテルを出発。まだ辺りは真っ暗である。霧がかかっていて遠くが見渡せない。ひょっとしたら餘部鉄橋も霧の中にあって遠くから見えないのではないかと心配になる。六時三八分発浜坂行の普通列車に乗る予定である。幸運にも駅の横にある喫茶店が営業していた。早速、モーニングコーヒーを注文する。トーストが一枚付いてきた。発車の時間が近づいたので、キオスクでお茶とおにぎりを買いホームへ行く。二両編成の列車はもう停まっている。結構たくさんの人が乗っていた。列車は定刻通り出発した。
 
 霧に包まれた山の中を列車は走って行く。もうすぐ夜明けなのか周りは明るくなって来たが、景色は霧のためにほとんど見えない。城崎駅に到着する辺りで日が昇ったようである。大きな川があるのか川面から霧が立ち上り、その霧が金色に輝き幻想的な風景が広がっている。降りて写真を撮りに行こうかという気持ちになる。しかし、今降りるとこれからの予定が大幅に変わってしまう。また、どこかでチャンスがあることを期待してあきらめることにした。

 深くかかっていた霧も日が高く昇るにつれて晴れ上がり、遠くの景色もはっきり見えてくるようになった。険しい岩場が続き、景色が美しい香住海岸も過ぎ、列車は鎧駅に停まった。いよいよ次は餘部駅である。

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 餘部駅に着く直前に餘部鉄橋がある。今から七年ほど前に一度鉄橋を渡ったことがあるが、高い所を列車が走っていたという記憶が少し残っている。降りる用意をして、餘部鉄橋を渡る瞬間を待ち構えた。「わっすごい」隣りの座席から歓声が上がった。高い鉄橋を走る列車から餘部の町が一望できる。今この列車が本当に高い所を通過しているのだという実感が伝わって来る。乗客のほとんどが立ち上がって窓から下のほうを覗きこんでいる。「次の駅で降りてこの鉄橋の写真を撮りに行くのですよ」と大声で叫びたくなるような気持ちに私はなっていた。


 鉄橋を渡り終えてすぐに列車は停車した。降りた乗客は私と年配の女性の二人だけだった。ホームは十センチ近い雪に埋もれていて、日陰になっているので雪がガチガチに凍っていた。滑らないように注意しながら鉄橋の方に歩いて行った。遠くを見ると、鉄橋の向こうにトンネルが見えた。トンネルを抜けてきた列車はすぐに鉄橋を渡り始め、渡り終わった所に駅があるという位置関係であることが分かった。駅の端から下の方を覗くと、東側には高い山がそびえ、西側には日本海が広がり、餘部の町は鉄橋の下に、こじんまりと広がっていた。

 まずは、鉄橋を町の中から眺めることにした。細くて急な坂道は、雪が凍っていて滑りやすい。所々に人が滑った後まで付いていた。私は雪が深く積もっている所を選んで下って行った。橋げたの真横を通過した。鉄橋を支えている赤色の橋げたが規則正しく並び、美しい幾何学模様を描いていた。実に壮観である。私は足場を固めてカメラのシャッターを切った。

 坂道を下り終わった所で老人に出会った。今からバイクで仕事に出掛ける様子である。「写真を撮りに来たのですが、鉄橋がうまく写せる場所はどこでしょうか」と尋ねると、老人は親切に幾つかの絶景ポイントを教えてくれた。その中でも一番の場所は今下りてきた駅から更に上へ行った場所だと教えてくれた。私は滑る道をもう一度引き返す気にはとてもなれなかった。帰る時にその場所へは行くことにして、最初は町の東側から鉄橋を見ることにした。

 舗装された細い道を歩いて行くと国道一七八号線に出た。国道を東に歩いていき、橋の袂から鉄橋を見上げた。幅の広い谷を横断するような形で鉄橋が架かっていた。高さ四一.五メートル、橋脚十二本で支えていると言う.生涯物の内田圃の中から鉄橋の全景を写した。今度は鉄橋の西側に行こうと国道を戻っている時に列車がやって来た。あわてて、カメラを構えシャツターを切った。通過時刻を調べていなかったことを悔やんだ。ただですら本数の少ない山陰線なのに、昼までの限られた時間で後何回シャッターチャンスがあるのか時刻表で調べると、三回しかないことが分かった。次の列車の通過までは後一時間。老人に教えてもらったポイントまで急いだ。

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 海岸線の西にある道を上って行ったところにそのポイントはあった。下には荒波の日本海が広がり、遠くには餘部鉄橋が太陽の光を受けて光っていた。その向こうには白い雪を被った高い山がそびえ、パンフレットの写真もこの場所から写したことが分かった。カメラをセットし、豊岡の駅で買ったおにぎりを食べながら列車が通過するのを待っていた。ガラガラドーンという低い音が響いてくる。何か工事をしているのだろうかと思ったのだが、その音は波が海岸に打ち寄せる音であることに気が付いた。さすがに冬の日本海の波はすごいと思った。

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 最初に通過するのは九時四八分の城崎行普通列車である。この撮影のために今回旅行にやって来たのだという気持ちもあってわくわくドキドキする。ぴったり九時四八分に一両編成の赤い列車が餘部駅側から現れた。逆光で全体の色ははっきりしないが、列車が鉄橋を通過する瞬間を三枚カメラに納めることができた。次に通過するのは九時五四分の浜坂行普通列車である。今度はトンネルの中から赤色と緑色の二両編成の列車が現れた。この列車も三枚シャッターを切ることができた。

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 次の列車は、十時四十分で、その次は十時五四分である。老人から最高のポイントだと教えてもらった駅の上のポイントで写すことにして、場所を移動した。鉄橋を見上げながら細い急坂の道を上って行った。駅のホームから細い階段の道があり、それを上って行くと太い松の木が倒れている小さな空き地についた。確かにそこは最高のポイントで、鉄橋とトンネルと日本海が一望できる場所だった。そこには何人もの人がここで写真を撮っていたことが分かる踏み跡が幾つも付いていた。

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 列車通過まで後、三十分。じっと待っているとカメラを担いだ男性がやって来た。その人はもっと上の崖に上って行ってカメラをセットしていた。十時四十分定刻通り赤い二両編成の浜坂行普通列車がトンネルから姿を現した。今回も鉄橋を渡る列車を三枚カメラに納めることができた。何だかいい写真が撮れたような気がした。

 次の城崎行普通列車もすぐ来るが、その後は十一時三十分までない。これから先、どうするのか、山陰線を巡り米子か松江に行こうという気持ちもあったが、写真が撮れた満足感から、とにかく城崎行に乗ってしまおうという気持ちになり、荷物を持って駅に下りて行った。これから先のことは列車の中で考えることにして、到着した城崎行普通列車に乗車した。鉄橋を渡る列車の窓から餘部の町を眺めながら、今度は緑輝く季節にもう一度この鉄橋を撮りに来たいなと思った。

 列車は朝通った線路を逆向きに城崎へ向って走っている。この先どうするのか、城崎で乗り換えて再び餘部を通り米子へ向うこともできるようだ。しかし、米子へ行ってどうするのか、米子へ行かなくてはならない大きな目的は何もない。再びカメラを構えて撮りたいところはないか、そのことだけをずっと考えていた。何年か前に徳島から吉野川に沿って列車を乗り継ぎ高知へ行った時に四国の秘境といわれる大歩危・小歩危を通った時のことを思い出した。あの時は通過しただけだったが、祖谷には蔦でできたつり橋があるという。この機会にそこへ行ったらおもしろいのではないか。さっそく時刻表で調べて見ると、この先の和田山で播但線に乗り換えて媛路に出て、そこから山陽線で岡山に行き、さらに列車を乗り継いで四国に渡れば、明日の朝には大歩危・小歩危に行くことができることが分かった。列車が城崎に到着する頃には、もう気持ちは、明日は大歩危で下車し、つり橋の写真を撮りに行く気持ちになっていた。本当にきままな一人旅はこれだからおもしろいと思った。

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 城崎駅で二十分の待ち時間があるので駅前をぶらぶらする。朝見た美しい霧に輝いていた丸山川は、明るい光の中ではどこにでもありそうな川で、美しいと思える景色はどこにもなかった。

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 城崎の駅前はみやげ物店の並ぶ温泉街までつながり、観光客でごったがえしていた。駅前広場には休憩所があり、温泉が噴出していた。柄杓が置かれて観光客がその湯を飲んでいた。私も飲んで見たが、妙な味のするまずい湯だった。京都方面からこの城崎まで特急列車が1時間に一本は走り、賑わっているようだった。

 十一時五十二分城崎発の普通列車で和田山に向う。今晩は四国の琴平か高松に泊まることになりそうだと時刻表を確認しながら思った。十二時三十八分和田山に到着。和田山発播但線、寺前行普通電車は十三時四十分である。約一時間あるので駅前で食事にすることにした。駅前には残念ながら一軒しか食堂がなく、そこへ入る。中に入ると、太ったおかみさんが一人で店を切り回していた。「牛肉弁当がありますが、これにしますか」と進められたが、値段が千三百五十円と高いので断わる。メニューの中からヤキソバ定食を頼む。しばらくして定食が出来あがってきたが、何だかまずそうな感じのする雰囲気が伝わってきた。食べて見るとやはり予想した通りのヤキソバだった。
 
 駅の待合室で時間をつぶし後、ホームに下りて行く。すでに列車が入っていて車内はほぼ満席状態になっていた。なんとか座席を見つけて座ることができた。列車は二両編成である。列車が発車した。暖かい日差しを受けて車内は春のような温度になっている。山深い中を単調に走る列車の心地よい振動でぐっすり眠ってしまい終点の寺前にはあっという間に着いた。ここで姫路行の普通列車に乗り換えた。ここから姫路までは四十分。電車も四両編成になり町並も広がりこの辺りは姫路の通勤圏になっているのだろう。遠くに姫路城の美しい姿が見えてきた。間もなく姫路である。

 十五時三十分姫路に到着。十六時四分発三原行普通列車に乗車。山深い山陽路を列車は走って行く。落葉樹が多いこの辺りの山は、秋には紅葉が美しいのではないだろうかと思った。時刻は午後五時を過ぎ、真っ赤な夕日が山の間に沈んで行く景色は実に美しかった。十七時二八分岡山に到着。岡山で瀬戸大橋線高松行マリンライナーに乗り換える。幸運にも待ち時間が三分しかない十七時三一分発に乗車することができた。暗くなった瀬戸大橋を渡りながら、今晩はこの列車の終点高松で宿泊することに決めた。途中大きな音がして停電するハプニングが起こり、臨時停車した。車内放送で「パンタグラフがスパークしたために起きた停電です」と説明があった。運行には支障がないことが分かり再び発車した。

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 列車は四国に入り坂出を過ぎ、間もなく高松である。何だか朝ホテルを出る時には全く考えてもいなかった四国に自分がいることが、とても不思議に思えた。青春十八切符を使った普通列車を乗り継ぐ旅でも結構おもしろい旅行ができるものだと感心した。

 十八時三一分高松に到着。駅前に出るとすぐ目の前にビジネスホテルや旅館が幾つも建っている。一番近くにある小奇麗なビジネスホテル清恵に宿泊しようとフロントへ行く。「空いてますよ。一泊四千五百円です。部屋に風呂はありませんがこの一階の風呂はあります。和室の部屋でいいですね」と感じのいいおかみさんが案内してくれた。まだ建ったばかりのホテルのようで調度品も新しく、落ち着いた和室であった。「食事をしてから風呂に入りますから」と声を掛け、外へ食事に出掛けた。周りには中華料理店や飲み屋や焼肉屋などが幾つもあった。やきとり屋でビールとやきとりで乾杯し、隣りの中華屋でチャーハンを食べ、最後は駅のホームにあるうどん屋でさぬきうどんを食べた。旅行をするどうしても食べ過ぎや飲み過ぎになってしまうのはどうしようもない。いつもならしっかり歩いているので、それほど体重は増えないのだが、今回はじっと列車に乗ったままでいるので体重がかなり増えてしまうのではないだろうか。家に帰ってからかみさんに何と言われるのか予想ができそうだ。宿に戻り、風呂に入ってから、明日の列車を調べた。高松五時五八分発琴平行に乗車しなければならない。天気予報では明日もよい天気になるそうだ。明日はどんな一日になるのだろうか。きっとまた、破茶滅茶な一日になるのだろうか。



 

[ 2012/12/18 08:48 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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