水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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熊野古道を歩く 3

第2日目 その2 熊野本宮~三越峠 

 いよいよ出発。本宮への石段を上って行くと、掃除をしている婦人たちに会った。挨拶をかわす。

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 石段を上り詰めた所が本殿である。歴史を感じさせる建物である。拝殿の受付で熊野本宮に関する冊子を買う。それには「熊野本宮大社は熊野三山をはじめと全国熊野神社の首座の位置にあり、悠久の昔から熊野信仰の総本山と仰がれ今日に至っている」と書かれていた。また、「明治22年8月の大洪水で熊野川・音無川・岩田川の合流点にあった旧本殿が流され、その後この地に再建された」とも書かれていた。神社の人にここから熊野古道を歩いて近露まで行くにはどのくらいかかるか訪ねると、「私は歩いたことはありませんが、健脚な人で8時間はかかる。もし途中で歩けなくなったら国道に出て、バスを拾いなさい。手を上げれば止まってくれることになっているから。ただし、1日にそのバスは3本しかないから時間に気を付けるように」と親切に教えてくれた。今から8時間後ということは近露到着は午後4時半ごろになってしまう。今日の街道歩きは冒険旅行になりそうな雰囲気がしてきた。

  熊野古道は本殿の横を通って上り道になっていた。手元に詳しい地図がないのでこの先どうなっているのかよく分からないが、熊野古道と表示された立派な標識が500mごとに立てられているので、道には迷わないとパンフレットには書いてあった。少し行くと最初の道標が見えてきた。とてもしっかりした道標でまだ、最近作られたばかりのようである。数字が書いてある。74熊野古道とある。この数字は道標の番号であるようだ。今回は逆方向に道を辿るので74が始まりである。近露まではここから20kmはあるので道標の番号が30番台になるのを目標に歩き出した。

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最初のポイントは「祓戸王子」である。王子というのはそこに小祠があり熊野詣での祝詞をささげる場所で全行程に九十九王子があり、順々に王子を辿って行けば熊野本宮に行き着けるというものだ。祓戸王子は熊野本宮のすぐ裏手にあり、石造りの小祠がまつられていた。熊野古道を歩くにはこの王子と道標を目印に歩けばよいことが分かった。杉の大木が生い茂る中に、道が続いていて、自然歩道としてよく整備されていて大変歩き易い。緩やかな上り道を進んで行く。矢印の道標も設置されていて道を間違える心配はない。残念なことに雨が降り出した。持ってきたカッパに着替える。今日は雨の中の街道歩きになりそうである。

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 40分程で見通しのきく場所に出る。遠くの山からは雲が立ち上り、眼下には今上ってきた森の濃い緑が広がっている。朝もやにかすみ幻想的な風景である。ここで写真を撮らなくてはと、カメラのシャッターを連続して切った。

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 この地が伏拝王子と呼ばれる場所であることがその場所からすぐ側の所に設置されていた案内版を見て知った。昔、熊野詣でに来た人たちはここから本宮の社殿を伏し拝んだことからその名が付いたのだろうか。展望台も設置され、その脇には和泉式部の供養塔も設置されていた。

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 ここからは平坦な道が続き、やがて舗装道路になり、村の中に入った。雨はほとんど降っていない。上がったようだ。仕事をしている人に会い、挨拶を交わす。「どこまで行くのか」と尋ねられ「近露まで」と答えると、「それは大変だ。気を付けて行きなさい」と励まされた。

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 平坦な道では自然と足が速くなって、500m間隔に立っている道標が、すぐ見えて来る。水呑王子と刻んだ石柱がある。道で掃除をしている人たちに会う。大掃除のようである。挨拶をしながら通り抜けようとすると、一人の婦人が、「ここからしばらく行くと発心門王子があるから、そこを左に曲がり坂を下るんだよ。小広王子までは後4時間位かかるよ」と親切に教えてくれた。そこから少し行った所に、無人の売店があり、熊野詣で記念の手作りの人形やキーホルダー、ペンダント等が並べてあった。記念に私は100円の壁掛けを買った。こういう売店があるということは結構この道を歩く人が多いのだろう。

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 発心門王子に着く。立派なお堂が建っていて、すぐ横には休憩場所も設置されトイレも完備していた。ここから道は左に曲がり、急坂を下っていく。5分程で音無川が流れている所に着く。急に山が深くなったようだ。まだ、ここまでは、歩いている人には会っていない。今日は日曜日なのだが、この師走には歩く人はいないのかもしれない。川に沿って道は延びている。上流へと向かって行くようだ。少し行くと猪鼻王子へ向かう道は崖崩れで通れないとの案内が出ていた。広い道を進むと、後ろから車が来た。こんな山深い所を車が走ることにびっくりした。やがて右側は険しい崖になり、道には岩のかけらがごろごろ落ちている。岩のかけらにあたったらどしようもないなあと危険を感じながら歩く。しばらく行くと先ほど追い越して行った車が止まっていた。神社がある。そこへお参りにきた人たちであった。船玉神社という案内が出ていた。
 
 この神社を過ぎた辺りから道が険しくなってきた。三越峠という峠が今から始まるようだ。先ほどまで止んでいた雨が降り出した。道には階段が設置されているが、しばらく歩くと息が弾んできた。進んでは休み、また進んでは休み、これを何度も繰り返しながら上った。途中で親子連れに会う。道を歩いている人たちには今日最初の出会いである。挨拶を交わし、どこから来たのか聞くと、「何とか茶屋跡」と教えてくれた。一人で歩いている時に人に会うと元気が出る。

 もう一頑張りと歩き始める。30分近くかかってやっとのことで峠に着いた。後で知ったのだが、この峠は熊野古道の中でも最大の難所になっているのだそうだ。本宮から向かう場合は特に大変なのだそうだ。時間は12時。ここで昼食にする。

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 昼食といっても、今日は予定していたおにぎりではなく、おはぎである。日頃甘いものが苦手な私も、今回は我慢して食べた。三つ食べてもう十分腹に一杯になったが、なかなかおいしいおはぎであった。疲れた体を回復させるには、甘いものが一番だが、おはぎはなかなか的を得た食べ物であることが分かった。




[ 2012/12/22 10:01 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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