水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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「青春18きっぷ」で冬の東北から北海道納沙布岬へ 3

第2日山形県酒田~青森県弘前  (羽越本線・奥羽本線)
 
 1月8日(月曜日)5時半起床。窓を開けると酒田駅のホームがすぐ目の前に見える。灯りの点いた列車が停まっている。一番列車だろうか。今日は秋田まで行く予定にはしているが、もう少し先の青森まで行って、早く北海道へ入りたいという気持ちもある。どこまで行くかは、その時の気分で決めようと思った。
 
 トイレを済ます。少し下痢気味である。旅をしていて体調が悪くなった時が一番不安だ。カゼ薬や腹薬などは一応持って来ている。酷くなれば医者に行かなくてはと、保険証も携帯して旅行をしているが、今まで旅先で医者に行った経験はない。とにかく、腹薬を飲む。

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 9時42分発秋田行普通列車に乗る予定だ。7時半過ぎフロントで精算をし、荷物を預けて酒田市内の見学に出掛けることにした。酒田は庄内平野最大の商業都市として最上川の河口に開けた町。江戸時代から栄え、日本一の大地主本間家や北国一の米商人旧鐙屋などの豪商が輩出したとパンフレットに説明がある。昭和51年に大火があったことは記憶にある。「おしん」の撮影場所になった山居倉庫(さんきょそうこ)へ行って見ることにした。
 
 積雪は50センチを超えている。道路は凍結しているが、昨夜の新雪で歩き易い。今日は成人の日。祝日なので人通りは少ない。コンビニでデジタルカメラの乾電池を買う。朝飯のおにぎりを買おうかとも思ったが、腹の具合を考えて止めた。
 
 商店街を歩いて行くと「土門拳生誕地」という石の道標が立っている。有名な写真家で数年前亡くなったが、彼の生誕地をこんな形で紹介している。有名人になるとはこういうことになるのだろうか。この町には土門拳美術館がある。酒田の町が誇るべき芸術家だから生誕地まで紹介しているのだろうが、私には何か行き過ぎのように思えた。

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 駅前から20分近く歩いた所に山居倉庫が建っていた。川の渕に沿って大きな黒い倉庫が並び、白い雪に黒い色が映えていた。庄内米歴史資料館というのが今の名前で、庄内米の歴史や米の作り方などを紹介したり、JAの農業倉庫として現在も使われていると説明がある。9時の開業時間にまだ早く、人はだれもいない。倉庫の屋根から1メートルもある大きなツララが何本も下がり、いっそう寒さを感じさせる風景だった。
 
 ホテルに戻る途中で、本間家旧本邸の前を通った。年末年始は見学が休止と表示してある。高い土塀の中からは立派な松の木が生えていた。
 
 9時少し前、列車がきちんと動いているか見に酒田駅に立ち寄った。列車に遅れはなかった。

 腹が空いているので思い切って駅前の蕎麦や入る。親父さんが2人で店番をしている。セルフサービスになっている。メニューの中からもずく蕎麦を注文する。すぐに注文した品が出来上がった。何のことはない、普通のかけ蕎麦にもずくが載っているものだった。食べている時に、店の親父さん同士が大きな声で話を始めた。何を言っているのかさっぱり分からない。昨日入った赤提灯でもホテルでも東北弁らしい訛りは少しあったが、本格的な東北弁を聞いたのはここが初めてだった。とにかくこれが日本語かと思われるようなアクセントとイントネーションで、しかも早口で、いくら耳を傾けてもほとんど意味が分からなかった。電話が掛かり、一人の親父さんが電話に出たが、その会話も東北弁だった。蕎麦の注文をしているようだったが、意味は全く分からなかった。「幾らですか」と聞くと「はい、460円です」と今まで東北弁で話していた親父さんが標準語に近い言葉で答えた。その見事な変身振りに凄さを感じた。東北の人はみんなこんな変身が出来るのだろうか。
 
 ホテルに荷物を取りに戻る。何だか腹の具合が変だ。慌ててトイレに駆け込む。やっぱり蕎麦を食べたのがよくなかったようだ。今日はこんな調子で旅行をするのだろうか。不安な気持ちでホテルを出発。
 
 9時42分酒田発秋田行普通列車に乗車。ボックスシートはすでに満席で対面型シートしか空いていない。車内は帰省客が多い。私の方は腹の具合を気にしながら座っている。このままの調子だといいのだが。駅に停まる毎に列車は込んでくる。立つ人も多くなった。 
 
 遊佐でおばあさんと小さな男の子を連れた娘さんの3人連れが乗車した。前の席が空き、そこへ娘さんと子どもが座り、私の隣りにおばあさんが座った。おばあさんと娘さんの話から、秋田から新幹線で東京に帰ることが分かった。子どもを連れた長旅は大変である。私も子どもが小さい時に旅行に連れて行ったが、途中で子どもが飽きてしまい回りに迷惑をかけて困った時のことを思い出していた。
 
 男の子は2才くらいで、目が大きくてかわいい顔をしている。お母さんに似ていた。男の子は退屈したのか少しわがままを言い始めた。それで、お母さんは困って、バッグの中に入っていたお菓子を取り出した。機関車の形をしたケースに入ったお菓子だった。男の子は、最初は機関車を触って喜んでいたが、しばらくして飽きてしまった。ついにお母さんは、ケースの袋を破って蓋を開け、中のお菓子を「一つだけね」と言いながらその子に与えた。男の子はとても美味しそうに食べた。「もう一つちょうだい」と男の子はおねだりを始め、とうとうお母さんは男の子に負けて、もう一つ与えてしまった。そして、次から次へとお母さんはお菓子を与えることになってしったのだ。見る間にお菓子が少なくなって行くのが分かる。お母さんも止めさせようと努力しているのだが、男の子の欲望をもう押さえることが出来なくなっていた。
 
 隣りに座っていたおばあさんが、見兼ねて「こちらへいらっしゃい」と男の子を膝の上へ座らせた。どうするのかなと見ていると、娘さんに、曇った窓をハンカチで拭くように指示した。「もうすぐね、海が見えるから」と男の子に話し掛けている。やがて窓の外に海が見え始めた。男の子は興味深げに窓の外を見ている。おばあさんは、「今度は川が見えよ」とか「この歌知ってるかな」と童謡を歌ったりして、とうとう男の子の脳裏からお菓子への欲求を消し去ってしまった。叱ることなく、見事に男の子をあやしてしまったおばあさんの技術には感心させられた。秋田までの1時間近くを男の子はおばあさんの膝の上で楽しく過ごしていた。
 
 11時33分秋田に到着。体調が悪いので雪の秋田を見学するのは止め、そのまま列車を乗換えることにした。11時50分発青森行2両編成の普通列車に乗車。何とボックスシートがない対面型シートの列車だった。こういう列車に乗るのは本当に疲れる。一番乗りたくない列車だ。前の列車も対面型シートに座っていたので連続になる。体調が悪いのに、更に疲れる列車でダブルパンチを貰ったようだ。
 
 天気が良ければきっと美しい山が見えるのだろうが、雪が降り続き、列車は白一色の景色の中を走って行く。最初は車掌が乗車していたが、大館からはワンマンカーになった。大鰐温泉を過ぎる。NHKで温泉紹介の番組があり、以前紹介していたように思った。東北の鄙びた温泉郷なのだろうか。
 
 14時34分弘前に到着。青森まで行ってもよいが、古い町という印象のある地名に惹かれて下車する。今晩はここで宿泊することにした。大きな建物が並ぶ大きな町である。駅の横にあるプリンスホテルに部屋を確保した。一泊5600円だった。昼ご飯を抜いたので腹の具合もかなり回復して来たようだ。
 
 部屋で1時間ほど休憩し、午後4時少し前に弘前城を見に行くことにした。「弘前は、江戸時代は津軽藩10万石の城下町であった。武家屋敷や古い寺院が建ち並び当時の様子を今も伝えている。そのシンボルが弘前城で、3層の天守閣や隅櫓、城門がそのまま残り、弘前公園として市民に残され、憩いの場になっている」とパンフレットに説明がある。

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 駅前からバスに乗り、市役所前で下車。50センチを超える積雪で、しかも凍結していて滑りやすい道を案内標識に従って歩いて行く。弘前市民会館の前に出る。入口に「弘前市成人式会場」の立看が出ている。式は午前中に行なわれたのだろうが、弘前の成人式はどうだったのだろうか。若者の態度が年々悪くなり、ひどい式典なって来ている。「今年はもっと驚くことがたくさん起こったのだろう」と思いながら歩いて行った。

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 城への道は踏み固められていて歩き易い。サラサラした雪道を、道標を探しながら歩いて行く。こんな雪でもウオーキングを楽しんでいる人が何人もいる。大きな松や杉の木に雪が積もり美しい景色である。何枚も写真を撮る。空を見上げると何百もカラスが舞っている。ここを根城にしているのだろうか。それにしてもたくさんのカラスたちである。白い雪の中の黒いカラスという構図は不気味だった。弘前城は説明にあった通りの歴史を感じさせるお城だった。お城の前には大きな枝垂れ桜が何本もあって、春の開花時期は美しいだろうなあと思った。

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 薄暗くなりかけた道を歩いてホテルまで戻ることにした。20分ほど歩くと大通りに出た。弘前市のメインストリートのようだ。飲食店やブティック、銀行、ホテル、デパートなどが並びたくさんの人で賑わっていた。成人式を終えた若者たちの姿も見られた。
 
 午後6時過ぎホテルが見える所まで戻って来た。体調も回復したようなので夕食を近くの一杯飲み屋で取ることにした。店に入ると、おばあさんが座敷でテレビを見ていた。「あっ、いらっしゃい」とおばあさんはあわてて、カウンターに移動した。店のすぐ横が大きな通りで、トラックが通ると店全体がガタガタ震動した。おでんと焼酎を注文した。冷たい身体に熱いおでんが染みて行くようだった。地の魚がないか聞くと、「ミガキ鰊ならあります」というので、ミガキ鰊を焼いてもらった。酢醤油で食べた。素朴な味だった。
 
 そこへ3人の家族連れが入って来た。「帰省するんですか」とおばあさんが聞いた。「10時のバスで東京へ帰るんだ」と親父さんが答えた。「何にしましょう」とおばあさんが聞く。「お父さんは熱燗とおでんがいいかね。あんたは何にする」と奥さんが20歳を過ぎている息子に注文を聞いていた。無口な青年はほとんど口を開かずに、じっとしていた。「在所は大鰐温泉かね。いいところだね」とおばあさんは、親父さんとの会話を進めたが、東北弁がたくさん交じるようになり、私にはとても理解できなくなった。「これ、遅くなったけど突き出しだ」とおばあさんは漬け物を出してくれた。鰊と大根の漬け物だった。これも素朴な味だった。弘前の一杯飲み屋でおばあさんと東京へ帰る家族連れとの会話を聞きながら、2日目の夜は更けて行った。

[ 2013/01/04 09:42 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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