水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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「青春18きっぷ」で冬の東北から北海道納沙布岬へ 6

第5日 北海道襟裳岬~北海道釧路   (JRバス日勝線・十勝バス・根室本線)
 
 1月11日(木曜日)午前6時起床。窓のカーテンを開けるとガラス戸に付いた露結がカチカチに凍り付いている。外はかなりの寒さのようだ。東の空はまだ薄暗いが、海岸に押し寄せる波が見える。昨日荒れていた海は穏やかなようだ。丘の灯台の明かりもくるくる回転している。今日は日の出が見られそうだ。
 
 テレビを付けると天気予報が流れている。北海道東部の都市の気温が表示されている。帯広マイナス14℃、釧路マイナス13℃、信じられない気温だ。マイナス10℃を超える気温に驚いた。厳しい自然を体験しにやってきたのだが、この地域に住む人たちはこの厳しい自然の中で生活していることに頭が下がる思いがした。
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 6時半を過ぎ、東の空がだんだん紫色に変わり出した。美しい朝焼けだ。カメラを取り出してシャッターを切った。真っ赤な太陽が顔を出した。海岸に押し寄せる大きな波と真っ赤な太陽が入った画面をつくってシャッターを切った。

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 7時に奥さんが部屋へ食事を運んで来た。定番の朝ご飯だった。食事を終え、窓から海岸を見ると、浜辺に人が集まっている。黒い服を着た人が30人はいるだろうか。「何をやっているのだろう」じっと見ていた。やろうとしていることが分かって来た。浜辺にたくさんの昆布が山のようになっている。それを分けようと相談しているようだ。あの昆布は昨日の大波で打ち上げられたようだ。そんな場所がかなり離れた所にも一箇所あり、そこにも人が集まっていた。やがて相談が終わったようで、人が一斉に動き出した。走っている人が多い。海にどんどん入っていく人もいる。この寒さの中、海に入って昆布を拾いに行くとは驚きである。もっと近くで見たくなり、海岸へ行くことにした。バスが出るまでに3時間近くある。海岸の昆布拾いを見た後、そのまま灯台まで行って来ることにした。

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 ホテルは丘の中腹にあり、海岸へ降りなければいけない。海岸へ降りる道が分からないで困っていると、老人が歩いて来る。「海岸まで行きたいのですが」と聞くと「それなら、そこの庭先に細い道があるから、気をつけて降りて行きなさい」と親切に教えてくれた。道は厚い氷が張りつるつるになっていた。氷のない草の上を恐る恐る歩いて海岸に着いた。おばあさんが竿に昆布を干していた。海岸から運んで来た昆布だ。これが日高昆布として売られるのだ。「写真を撮らしてもらっていいですか」と言うと、「いや、そらあ困るわ」と恥ずかしそうな仕草で断わられてしまった。

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 波打際でたくさんの人たちが昆布を拾っていた。老人の姿が多い。黒いウエットスーツやカッパを着ている。大きな波が押し寄せる海の中で昆布を拾っている人もいる。「何時から働いているのですか」昆布をたくさん抱えたおじいさんに話し掛けた。「朝の8時からだよ。3時までが漁をしていい時間と組合で決められているのだ。冬の間は昆布を拾って生活しているんだ。海が荒れると昆布がたくさん拾えるから。昨日は荒れたからね」と嬉しそうな顔で話をしてくれた。やがて、おじいさんは海に入って行った。冬の厳しい自然の中で逞しく生きる老人たちのパワーに圧倒された。

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 海岸から凍った道を上って広い道路に出た。黄金道路と呼ばれて、建設のために多額の費用がかかったことからその名前が付いたとパンフレットに説明がある。振り返ると遠くに雪を被った日高山脈が美しい姿を見せていた。真っ青な海と白い山々の姿が素晴らしい景色を作っていた。

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 丘を上り切った所に灯台があった。灯台の周りは広い公園になり、売店や見学施設が作られていた。しかし、この寒い中、売店や施設は閉まり人の姿を見ることが出来なかった。岩礁が見える岬の突端まで歩いて行くと、一人の青年がビデオカメラを持って撮影していた。こんな寒い中私と同じように馬鹿している人がいる。「どこから来たのですか」と声を掛ける。「私は韓国から来ました」思い掛けない答えが返って来た。日本を観光しているという。昨日はすぐ近くのユースホステルに宿泊し、今日は札幌に帰るという話をしてくれた。青年と別れ、ホテルに帰った。

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 ホテルの玄関口にカヌーが何本も立ててある。「夏には岬の岩場をカヌーで廻ったり、釧路川を下ったりする取り組みをしています」と奥さんが話してくれた。夏はこのホテルも北海道を巡る若者たちでごった返しているのだろうが、冬場は、ひっそりとしている。今日は朝から調理場は大忙しのようだ。近くへ届けるパックに入った弁当が山積みにされている。寒さが厳しい冬場を生活していくのは大変だなあと思った。

 11時8分発広尾行バスにホテル前から乗車。何とバスにあの韓国の青年が乗っている。札幌へ行くと言っていたのにどうしてこのバスに乗っているのだろうか。バスを間違えたのではないかと思っていた。バスは美しい海岸を走り、しばらくして百人浜という広大な草原に出た。人がだれもいない草原のバス停で青年は降りて行った。「いい旅を」と声を掛けた時に、彼の返した笑顔が心に焼き付いている。どんな景色を持って彼は韓国へ帰ったのだろうか。

 バスは海岸道路を走って行く。出発する時は天気がよかったのに次第に雪模様になり、今は風も吹き出し大荒れの天気になって来た。やたら道路工事で停車することが多くなった。旗を持って交通整理をしている人の姿が目に付く。道路を広げるための工事のようだ。この辺りの冬場の仕事は昆布拾いか道路工事くらいしかないのかもしれない。公共事業の見直しが言われているが、雇用を確保するための道路工事は必要なのだろうか。
 
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 12時過ぎ雪が激しくなった広尾駅にバスは到着した。ここから十勝バスに乗換え帯広に向かう。襟裳岬から広尾までのバス代が1510円、広尾から帯広までが1830円、今日は青春きっぷが使えないので出費が大きい。
広尾駅は昭和62年までは帯広から列車が走っていたのだが、広尾線が廃線になり、現在は十勝バスの営業所として使われている。構内には鉄道記念館が併設され、記念写真や当時鉄道で使用されていた品々が展示されていた。
 
 バスが出るまでに40分近くある。近くの食堂で食事を取ることにした。駅から少し離れた所に暖簾のかかった店がある。ガラス戸を開けて中に入った。中は真っ暗である。暖簾が掛かっていたのにやっていないのだろうか。「ごめんください」と声を掛けると毛糸の帽子を被ったおばさんが出て来た。「ああ、ごめんなさい。今すぐストーブを付けますから」とおばさんは、店の蛍光灯を付け、ストーブを付けた。灯りは点いたが、店の中はあまり明るくならなかった。「51分のバスに乗りますので簡単なものでいいです」「それなら」おばさんは少し考えてから、「じゃあラーメンを作ります」と言って奥の調理場へ入って行った。店の中には何かの大会に出場した時の写真が何枚も張ってあり、夜はスナックとして営業しているのかボトルが並んでいた。
 
 その時である、何か黒い者が目の前を横切った。「何だろう」薄暗い店の中をじっと目を凝らして見つめた。再び黒い者が横切った。何と小さな虫だった。「まさか、ハエじゃないだろう」と思ったが、それはハエだった。目が慣れるに連れ、ハエの数は増し、何と5匹近くのハエが店の中を飛び交っているのが分かった。外は零下10℃を超える寒さなのにどうしてハエが店の中を飛び交っているのか。「ハエたちはこの店の中でずっと快適な生活をしているからこの寒さにも生き残っているのだろう」としか考えようがなかった。しばらくしておばさんが、ラーメンを運んで来た。こってりしたラーメンだったが、ハエのことを考えると箸が進まなかった。

 12時51分広尾駅発帯広駅前行バスに乗車した。ここから帯広までは約82キロ、2時間近く掛かる。雪が激しくふる国道をバスはかなりのスピードで走って行く。周りは50センチ近い積雪になっているが、国道は除雪がされて道路の表面が見える。バスは快調に走って行った。「忠類村」という標識が立っている。不思議な名前の村だ。字を少し変えたら「は虫類村」になりそうだ。「ナウマン温泉」という標識が目に入る。「やはり化石に関係していようだ」と馬鹿なことを考えていた。

 雪が激しくなり、バスのスピードが落ちて来た。見ると子どもが小学校の運動場をスケートで気持ちよさそうに滑っている。「運動場がスケートリンクになっているのか」と驚いた。帯広駅までにもう1つ小学校を見つけたが、やはり運動場がスケートリンクになっていて子どもがスケートを楽しんでいた。寒い所ならではの楽しみ方があるものだ。 

 愛国・昭和・幸福という懐かしい駅名を過ぎ、午後3時過ぎバスは帯広駅に到着した。
バス停から駅まで行く途中で何と超ミニスカートの顔グロの女の子が歩いている。この寒さの中、よくもあのような格好で歩けるものだ。寒さを感じない体の構造になっているのだろうか。  

 16時16分発釧路行普通列車に乗車する予定だ。1時間以上待ち時間がある。釧路駅にある売店をうろついた後、喫茶店で過ごすことにした。この喫茶店には駅のアナウンスも入る。新聞を見ながらボッとしていると「普通列車釧路行…」とアナウンスが入った。時計はまだ3時半。そのままボッと新聞を見ていた。「普通列車釧路行が発車します」と再びアナウンスが入る。「何、発車するって」あわてて時刻表を開いて調べると、釧路行は15時34分発になっていた。時刻表を見間違えたのだ。列車は発車してしまった。「これからどうしよう」このまま帯広で泊まることも考えたが、明日は根室から納沙布岬まで行くことにしていた。どうしても今日は釧路までは行きたかった。次の普通列車は17時26分発だった。これから2時間も待つ気力は残っていなかった。青春18きっぷで旅を続けるのを中断し、特急列車に乗車することにした。
 
 釧路まで4170円だった。15時48分発釧路行スーパーおおぞら5号に乗車。車内はほぼ満席だったが、席は確保できた。座ると椅子の背もたれにJR宣伝の冊子が入っていた。車内販売もあり、特急はサービス満点だと思った。池田で先に出発した普通列車を追い抜いた。時刻表をもっとしっかり調べていたら、ここで下車しあの列車に乗換えていたのに、それにも気がつかなかった。今日はかなり疲れているようだ。

 午後5時30分過ぎ、列車は少し遅れて雪が激しく降る釧路駅に到着した。宿泊する駅を探そうと駅前に出る。大きな町だ。駅前を歩いて「ホテルあだち」に部屋を確保した。感じのよいホテルだ。

 午後7時夕食に出掛ける。ホテルのすぐ近くに居酒屋を見つける。中に入ると5、6人の客が酒を飲んでいた。角の席に座り、焼酎を注文する。入ってすぐにトイレに行った。トイレに入って驚いた。立派な手洗いとトイレが付いていたのだ。一流レストランにもないような立派なもので、感激してしまった。おでんやホッケの焼き物を注文した。隣りに座って飲んでいる青年たちに「驚きました。ここのトイレは立派ですね」と話し掛けた。旅は不思議なもので、この一言が青年たちとの楽しい会話の切っ掛けになり、会話が続いて行く。店のママさんも加わり、旅の話で店の中は盛り上がっていった。釧路で料金の安いホテルの話、凍結した道でも滑らない靴の話、丹頂鶴の舞う釧路湿原の話、襟裳岬で見た昆布拾いの話…・話題は次から次へと続き、時刻は何時の間にか10時を回っていた。帰りにママさんから名刺を貰った。「炉暖かわむら」と店の名前が印刷されていた。外は雪が止やんでいた。楽しい時間を過して気持ちは舞い上がっているようだった。いよいよ明日は今回の旅行の最終目的地、納沙布岬だ。



[ 2013/01/07 08:08 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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