水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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「JR北海道フリーきっぷ」で行く「道東」冬の旅 3

第2日 2月15日(金) 札幌~網走 

 午前6時起床。カーテンを開けたが、ビルに視界を遮られて眺めが悪い。空に雲はなく、今日はいい天気になりそうだ。洗面を終え、荷物を整理した。今日は網走まで行く予定だ。ホテル出発を8時30分とした。

 午前7時過ぎホテルの食堂へ行く。バイキング方式の朝食だ。和食の料理を中心に選んで行ったが、品数が少ないように感じた。大きなテーブルの端の席で食べ始めた。たくさんの人が食事をしていたが、若い人たちが多いようだ。しばらくして聞きなれない声が耳に飛び込んできた。振り返ると、3人の子どもを連れた家族がテーブルへ付く所だった。中国語で話しているように感じた。周りに座っている人たちも、よく見ると外国人が多いことに気がついた。中国や韓国から旅行に来て、このホテルに泊っているようだ。このホテルが日本航空と提携していることと関係があるように思った。

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 午前8時過ぎホテルを出発し、凍った道を歩いて札幌駅へ行った。札幌駅は朝の通勤時間帯で混んでいた。「みどりの窓口」で「JR北海道フリーきっぷ」を購入した。今までは「青春18きっぷ」を利用して北海道は旅をしていた。この切符を使うのは初めてだ。北海道を走るJR列車とJRバスならどこでもフリーで乗れ、特急列車の指定席にも乗車できるというものだ。使用期間が7日間で値段は23750円だった。列車でしっかり旅行すれば安い切符のように思った。

 9時発旭川行特急「スーパーホワイトアロー号」に乗車した。自由席が臨時に2両増結されたおかげで、座席をゆったりと確保することができた。今日はツイテいるようだ。

 列車は札幌駅を出発した。ビルが建ち並ぶ車窓の景色は、しばらくして雪の平原に変わった。線路に積った粉雪を舞い上げながら列車は快調に走って行く。広大な平原が広がり、北海道へやって来たと実感した。

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 岩見沢を過ぎた辺りで左手に高い山が見えて来た。雪を真っ白に被った美しい山並みが続いている。通りかかった車掌さんに山の名前を尋ねたが、「あまり山には詳しくありません。すいませんと」と残念な答えが返って来た。美唄を過ぎた辺りで山並みはいっそう美しくなった。きっと、あの山を越えた所に以前行った増毛の町や雄冬の海岸があるのだろう。

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 家の軒下に1メートル近いツララが何本も下がっているのが見えた。厳しい寒さが伝わって来る。家の造りもその土地でいろいろ違う。北海道の家は全く瓦を使わず、カラフルなトタン屋根である。その理由は、瓦は厳しい寒さに耐えられず割れてしまうからだそうだ。本州でも寒さの厳しい信州や飛騨ではトタン屋根が多いが、本当に瓦は低温に耐えられないのだろうか。家の形もおもしろい。五角形や六角形などの形をしている。屋根から煙突が突き出ているのも特徴だ。寒い冬には暖炉で火が焚けるようになっているのだろう。車窓の雪景色に見とれていたら、列車は旭川に到着した。
 
 網走行の列車が発車するまで、1時間あるので、駅前をブラブラした。旭川は、日本で一番寒い町として有名だ。防寒対策をしっかりして来たこともあるが、この日の旭川はそれほど寒さは感じなかった。客待ちをしているタクシーの運転手に「今の気温はどのくらいですか」と尋ねると「そうだね、マイナス5℃くらいかね。今朝はマイナス15℃くらいだったからシバレタよ」と答えが返って来た。

 駅前に幟を掲げている人たちがいる。どこかの旅行社だろうと思って近づいて行くと、「大雪山断酒会」という文字が幟に染めぬいてある。断酒会とは不思議な団体だ。少し興味が涌いて来たので、幟を持っている人に聞いてみることにした。
「断酒会って酒を止める会のことですか」
「ええ、そうですよ。たくさんの人が全国からやって来ます」と髭を生やした親父さんが話してくれた。
「断食みたいにして、酒を断つのだから辛い会なんでしょうね」
「いいや、そんなことはしません。とても楽しい会ですよ。2泊3日を楽しく過ごします」と親父さんはにこにこ笑っている。机の上に名簿表が置いてある。みると100名近い名前が並んでいた。
 そこへ年輩の夫婦連れがやって来た。「久しぶりです。元気にやっています」と旦那さんが髭を生やした親父さんに話掛けた。「また、よろしくお願いします」と奥さんもにこにこ笑いながら挨拶をしていた。夫婦連れで参加することにびっくりした。断酒会に参加する人が次々に訪れ始めたので、そこから離れることにしたが、みんな顔見知りの様子だった。私も酒好きだが、今の所、断酒しなければいけない状態にはないと思っている。今度の旅でも、美味しい酒を飲むことが目的の1つになっているのだ。

 断酒会について、少し調べてみた。
 「全国組織として全日本断酒連盟があり、会員は5万人を超している。断酒会では、酒害体験と自分自身を率直に語り、共通の悩みを持った者同士が互いに理解し合い、支え合うことによって問題を解決しようとしている。家族ぐるみで取組まないと酒を断ち切ることができないので、家族の人も参加するように呼びかけている。ますます、ストレスの多い社会になり、昔よりもアルコール依存症者が増えている。そのため、酒の悩みを抱える人も多くなり、断酒会もいろいろな地域に作られ、ボランティアの力も借りて取組みが広がっている」とホームページに紹介されていた。「酒は百薬の長」であるが、「酒は百毒の長」でもある。「あんたは、きっと酒で失敗するから本当に気を付けないかんよ」と上さんからいつも言われている私である。「酒は飲むべし飲まるるな」を心に銘していくことが大切だと思っている。

 まだ列車の発車まで時間がある。旭川駅構内にある旅行センターで、今晩の網走の宿を紹介してもらうことにした。受付の女性がパンフレットを開き、宿泊予算に合った宿を幾つか紹介してくれた。その中から、駅前にある「網走ロイヤルホテル」を選んだ。1泊朝食付きで7400円だった。気ままな旅では、宿を確保するのにいつも苦労するのだが、駅の旅行センターを利用するようになってから、その苦労が少なくなった。これからも旅行センターを頼りにすることが多くなりそうだ。

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 「みどりの窓口」で網走行特急「オホーツク3号」の指定席券を手に入れた。「北海道フリーきっぷ」はこういう利点があるのだから、嬉しくなってしまう。日頃乗らない指定席に、今回はしっかり座って旅をしようと思った。列車の到着時刻が近づいたのでホームへ出た。ホームで駅弁の立ち売りをしている親父さんがいるので買うことにした。「美味しい駅弁を紹介してください」と話し掛けると、「どれも美味しいですが、北海道といったらこれかなあ」とイクラとカニの入った弁当を指差した。「イクラはあまり食べたくないから」と言うと「それでは、鴨弁当はどうですか。脂がのっていて美味しいですよ」と勧めてくれた。それで、鴨弁当にした。920円という値段が付いていた。北海道の大きな駅では、駅弁の立ち売りは、まだ普通に見られる風景のようだ。

 特急「オホーツク3号」に乗車した。結構たくさんの人が乗車していた。流氷を見に行く人たちだろうか。11時20分列車は旭川を発車した。さっそく駅弁を食べることにした。包みを開けると、薄く切った鴨肉がご飯の上に並んでいた。甘くて上品な味付けだった。食べていて北京ダックを思い出した。

 列車は雪けむりを立てながら雪の原野を走って行った。ボーッと雪景色に見とれていた。北海道の冬景色は本当に美しいと思った。

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 15時過ぎ列車は網走駅へ到着した。網走もそれほど寒いとは感じなかった。駅の観光案内所でパンフレットや地図を手に入れ、紹介されたホテルへ歩いて行った。網走川に架かる大きな橋を渡った所に網走ロイヤルホテルはあった。こじんまりとした小奇麗なホテルだった。

 パンフレットを見たり、地図を調べたりしてこれからのことを考えた。今回は、「流氷を見たい」と思ってこの網走へやって来た。網走の町でのんびり過したら流氷のことがいろいろ分かりそうな気がする。何日になるか分からないが、網走の町で何泊かしようと思った。

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 スケッチブックを持って散歩に出掛けた。流氷が見えるという網走港へ歩いて行った。さすがに夕方近くになり、寒さは厳しく、耳や顔がピリピリする。こういうのをシバレルというのだろう。今回は防寒長靴を履いて来たので、足の冷たさは感じない。滑ることだけを気を付けながら歩いて行った。その凍った道を車がすごいスピードで走って行く。ブレーキを踏むと車がズルズル滑っている。北海道のドライバーはそれでも平気で車を運転しているのだからすごいと思った。
 
 網走川の堤防に沿って20分ほど雪道を歩いて行くと、河口が見えてきた。岸壁に漁船がたくさん停泊していた。流氷があって今は海へ出られないのだろう。そこから少し行った所が網走港だった。港は薄い氷に蓋われていた。これは流氷ではないようだ。遠くに灯台の明かりが2つ見えた。近くの桟橋に人影が見える。よく見ると、釣り竿を持っている。この寒い中、釣りをしているのだろうか。予想もしていなかった光景に驚きながら、人影に近づいて行った。「何が釣れるのですか」と釣りをしている老人に話掛けた。「ソイが釣れるんだよ」と老人から答えが返って来た。見ると、老人の足下に小さな魚が何十匹も転がっていた。これがソイという魚なのだろう。釣り糸は氷の割れ目から海の中へ差込まれていた。アタリがあったようで、老人の釣り竿に、ソイが2匹つながって上がって来た。餌は付けないサビキ釣りだった。それからも、ソイが面白いように釣れた。「この魚どうやって食べるのですか」と聞いた。「天ぷらか、カラ揚げかな」と老人は笑いながら答えた。「欲しければあげようか」と言ってくれたが、「旅の者ですから、残念ですが」と私は断わった。それにしても寒さが厳しい真冬に網走の人たちが海釣りを楽しんでいることには本当に驚いた。

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 「灯台のある所まで行けば、沖合いに流氷が見えるよ。オーロラ号という流氷見物の船もその桟橋から発着しているから、見物して行くといい」と老人に言われ、桟橋を後にした。防波堤のすぐ横の道を歩いて行くと、大きな氷の塊が道の横に山のように積んであった。この氷は流氷なのだろうか。流氷を見たことのない私にはすべてが流氷に見えるのだった。5分ほど歩いた所に流氷観光砕氷船「オーロラ号」乗船場があった。大きな駐車場にバスが10台以上も停車していた。乗船場にはお土産屋や飲食店などがあったが、人の姿はほとんどなくガランとしていた。バスに乗って来た人たちは、皆、船に乗って流氷を見に行ったのだろう。

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 乗船場のすぐ近くに高い堤防があり、展望台のようになっているので上ってみることにした。凍った階段を上がって行くと、目の前にオホーツクの海が広がり始めた。沖合いに白い氷の台地が見えた。それが流氷だった。ドンと厚い氷の板が海全体を蓋っているという感じだった。その氷の板の中にサーチライトを照らした大きな船が2隻見えた。「オーロラ号」のようだった。辺りはすっかり暗くなり、「オーロラ号」のブルーやオレンジ色のサーチライトで、氷の台地が美しく光っていた。明日は、あの「オーロラ号」に乗船して、流氷の中を進んでみようと思った。

 時刻は5時半を過ぎている。これからどこかで食事をしてから、ホテルへ帰ることにした。賑やかな町の中心まではここからかなり距離があるので、乗船場で客待ちをしているタクシーに乗った。「これから食事に行きたいのだけど、美味しい魚料理を食べさせてくれる店はありませんか」と運転手に尋ねた。運転手は少し考えていたが、「私の行きつけの店ですが、郷土料理を食べさせてくれる店を紹介しましょう」とタクシーを発車させた。賑やかな通りの中でタクシーは停車し、「お客さん少し待っていてください」と運転手は言って、車から降りて行った。しばらくして、運転手が帰って来た。「しっかり頼んでおきましたから、どうぞゆっくり飲んで行ってください」と運転手は言った。親切な運転手だった。

 運転手が案内してくれた店は「かじか」という居酒屋だった。照明の明るい店だった。まだ時間が早いのだろうか、客は一人もいなかった。カウンターの席に座ると、お絞りを持ってお上さんがやって来た。「美味しい魚料理を食べさせてくれると言われてやって来ました」と言うと、「さっき、顔なじみの運転手さんから、美味しい料理を食べさせてやってくれと言われました」とお上さんは笑顔になっていた。「メニューはどうしましょうか。おまかせコースで3000円というのがありますから、それでよろしいでしょうか」と勧められたのでそれを注文した。
 
 ビールを頼んだ。どんな料理が出てくるのだろうか。三陸海岸を旅した時にふらっと入った「石巻の居酒屋」を思い出した。「ドンコのタタキ」と「ドンコ汁」は今でもはっきり味を覚えている美味しい料理だった。

 ビールと突出しが出て来た。突出しは、初めて目にするものだった。「これはサケの軟骨の酢漬けです。サケの鼻先の所を薄切りにして、甘酢に漬けたものです」とお上さんが説明した。コリッとした歯触りで、甘酸っぱい味が口の中に広がった。続いて出て来たのが、タラバガニの内子だった。ショウガと味噌で和えてあり、薄紫色をしていた。これも初めて食べるものだった。

 「これは鮭のメフンと呼ばれる物です」と小皿が差し出された。食べると、塩からのような味がした。「オス鮭の血合を塩漬けにしたものです。塩辛と同じような要領で作ります」とお上さんは作り方を教えてくれた。私は、去年、生鮭を何本ももらい、鮭の解体を初体験した。切り身を作ろうと、頭を切り落した瞬間、真っ赤な血が背骨の中から大量に流れ出て驚いた。鮭の体の中に大量の血が流れていることをその時初めて知ったのだが、オス鮭の血合を塩漬けにして食べているとは驚いた。「鮭は一つも捨てるところがないのですよ」とお上さんは胸を張って答えた。鮭が大量に遡上する北海道ならではの料理だ。所変われば食べ方も違うのだ。今の所すべてが初めての料理だった。酒の肴としては最高のものばかりなのだろう。ビールから日本酒に切り替えた。

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 カウンターの後ろにある柱に、恐い顔をした大きな魚の燻製が飾ってある。この店に入って来た時から、目に付いていた魚だった。「お上さん、その柱に飾ってある魚はどういう名前ですか」と聞いた。「これですか。オオカミウオといって、この辺りの海で獲れるものです。鋭い牙が生えていて、顔がオオカミのように恐いのでそういう名前が付いたそうです。内のマスターが去年釣ったものです」と笑いながら言った。ここからは見えないが、奥の調理室でこの店の主人が包丁を振るっているのだということが分かった。それにしても恐い顔の魚がいるものだ。オオカミウオとは本当にピッタリの名前だと思った。

 「ホッケのいずしです」と小皿が出て来た。薄く切ったダイコンにホッケを挟んで、こうじ漬けにして作るそうだ。金沢名物の「カブラ寿し」や「ブリダイコン」と作り方は全く同じのようだ。ブリの替わりにホッケを使っている所が面白いと思った。味は、「カブラ寿し」とよく似ていた。

 メインは刺身だった。ホタテ、ボタンエビ、ボラ、ウニが小鉢に盛られて出て来た。どれも新鮮で甘い味がした。「これもどうぞ、熱いうち食べてください」とお上さんが言った。テーブルの上にある小さな七輪でタラバガニの味噌煮が湯気を立てていた。寒い季節には持って来いの料理だと思った。

 料理の最後は、「マスノスケ」のアラ汁だった。「マスノスケ」とは不思議な名前だった。「キングサーモンのことをこの辺りではマスノスケと言います。鮭の中でも王様です。漁師料理としては最高の魚です」とお上さんは言った。刺身を除けばどれも初めて味わう料理ばかりだった。満足して店を後にした。

 このままホテルへ帰ればいいものを、いつもの癖が出て、2軒目に入った。そこは焼肉屋だった。この店も時間が早いのか、客はだれもいなかった。ビールとホルモンを注文した。テーブルの上のガス台に火が入り、ホルモンが載せられた。「これは牛ですか」とマスターに聞いた。「いや、私の店はすべて豚しか扱っていません」とマスターは強い口調で言った。狂牛病騒動で北海道産の牛は大変なことになっている。その風をこの店もまともに受けているように思った。

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「今日はホテルに泊っていますが、あと2日ほど網走に泊ろうと思っています。いい民宿があれば紹介してくれませんか」とマスターに尋ねた。「駅前にある『ランプ』という民宿はなかなか評判がいいですよ」とマスターは言った。「駅前ですか」と私は気のない返事をした。「網走市内から少し離れていますが、網走湖畔に『もとよし』という旅館があります。眺めはいいし、温泉もありますよ。そこの主人は結構ユニークな人ですよ」とマスターが言った。そこへ奥の部屋からお上さんが現れた。お上さんも話に加わり、民宿探しは盛り上がって行った。「能取岬の入口に『あら鷲』という民宿があるわ。美味しい料理を出すということで評判よ。でもそこは交通が不便だから、タクシーでないと行けないわね」とお上さんは言った。まだ、幾つか紹介してくれたが、網走湖畔にある「もとよし」へ電話することにした。「ええ、いいですよ。お待ちしています」と快い返事があり、明日からの宿は無事確保できた。こういう形で宿を紹介してもらうのは初体験だった。

 「網走市内を走る定期観光バスがあるから乗ってみてはどうですか。網走の観光地はほとんど周ることができますよ」とお上さんが言った。パンフレットを見ると、駅前からそのバスが出ている。発車時刻は8時半と13時になっていた。明日は「オーロラ号」に乗る予定だが、定期観光バスに乗って網走市内を見物してみるのも面白いと思った。
 
 「先日NHKテレビを見ていたら、この網走で棒ダラを作っている所を紹介していました。ずらっと棒ダラが干してあるのです。そんな所がこの近くにあるのですか」とマスターに聞いた。「棒ダラですか。それは、網走ではなく斜里町の浜だと思います。それは壮観ですよ。せっかくここへ来られたのなら、ぜひ見に行かれるといいですよ。冬の風物詩の一つでしょうね。斜里へは列車で1時間くらいです」とマスターは言うと、知り合いの人に電話を掛けて、その場所まで聞いてくれた。時間があれば、それも見たいと思った。

 午後10時過ぎ、かなりいい気分になってホテルへ戻った。旅に出るとついつい飲み過ぎてしまう。自制心がだんだん効かなくなっているのだろう。旭川で出会った断酒会はそのうち、人事でなくなるのかも知れない。




[ 2013/01/12 05:13 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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