水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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JR北海道フリーきっぷ」で行く「道東」冬の旅 4

第3日 2月16日(土) 網走

 午前6時起床。洗面を終え、荷物を整理した。体調はまあまあというところだろうか。今日は8時半の定期観光バスに乗り網走市内を見学し、午後から「オーロラ号」に乗る予定だ。

 午前7時、ホテルのレストランへ行く。朝食はバイキング方式だった。何処でも見掛ける料理が並んでいた。食事を終わり、食後のコーヒーを飲み部屋へ戻る。

 午前8時過ぎ、ホテルに荷物を預け、網走駅へ向った。気温はさすがに低く、顔がピリピリする。道の雪もカチカチに凍っていた。駅の定期観光バス乗り場にはバスを待っている人が10人近くいた。「乗車券は観光案内所で販売しています」と掲示が出ていた。駅の横にある観光案内所で乗車券を購入した。料金は3200円だった。
 
 午前8時30分バスがやって来た。「網走バス」と表示のある観光バスだった。20人近い客を乗せて、バスは発車した。若いガイドさんが一生懸命説明している。まだ新人のような感じに見えた。
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 最初の見学地は能取岬だ。オホーツク海に突出した岬で網走の代表的な景勝地の一つになっているという。険しい断崖の道をバスは走って行った。やがて森の間からオホーツク海が見えて来た。沖合いは一面流氷に蓋われていた。灯台のすぐ横の駐車場でバスは停車した。「ここが能取岬です。20分ほど停車しますから、ゆっくり見学してきてください」とバスガイドが言った。外は強風が吹き、すぐに体が冷え切ってしまった。

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 スケッチブックを持って来たが、手早くスケッチを終え、バスへ引き返した。こういう時はやはり写真に限ると思った。予定よりも早くバスは出発した。寒さで、観光客が皆、早々に引き返して来たのだ。「こういう寒さをシバレルといいます。鼻水は凍りませんでしたか」とバスガイドは笑いながら話していた。

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 次に行ったのが、「網走監獄博物館」だった。昭和59年まで網走刑務所で実際に使用していた牢獄をそのままそっくり移築し、博物館として公開している施設だ。博物館の案内は、キツイ感じのおばさんだった。話し方から以前は婦人警官か刑務官だったような感じがした。説明を聞きながら見学する中で、網走の町の歴史がだんだん分かって来た。網走は、江戸時代に開けた町だが、本格的に開拓されたのは明治時代になってからだという。それも、囚人たちによってだったという。窃盗や詐欺、山林盗伐などの犯罪者もいたが、自由民権運動で捕らえられた政治犯も囚人となり、その人たちの手によって道路が引かれていった。「旭川と網走を結ぶ中央道路の建設では、約1100人の囚人が動員され、200人以上の死者が出た」と案内のおばさんは力説した。「この人たちの人柱のおかげで網走の町は発展したんだね」という話には、実感がこもっていた。

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 たくさんの牢屋を目の当たりにして、牢獄生活がいかに厳しいものか、伝わってくるようだ。この網走には現実に、網走刑務所があり、バスがここへ来る途中で、その刑務所の前を通って来た。刑務所は近代的な建物に建替えられたというが、厳しい牢獄の生活はそれほど昔と変わっていないのだろう。その刑務所を何度も脱獄した男がいたという。網走刑務所もその男は脱獄したという。自分の肩の間接を外して、小さな出入口から抜け出したという話はその男の執念を感じた。小説にもなっている有名な話のようだ。網走刑務所と聞けば「高倉健」の名前がすぐ浮かぶのだが、網走刑務所に関わるいろいろな話が聞けて有意義な見学になった。

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 次にバスが向ったのは、天都山展望台だ。

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 展望台からは、眼下に網走の町や流氷のオホーツク海が広がり、遠く知床半島の山々も望めた。冬の北海道は本当に美しかった。展望台にはオホーツク流氷館が併設され、零下12℃の部屋には流氷が展示されていた。流氷とはカチカチの氷の塊だった。流氷の海へ船が出られなくなってしまう理由がよく分かった。
 
 最後の見学地は、トーフツ湖だ。ハクチョウが来る湖として有名だという。網走市内から少し離れた所にある。鉄道線路に沿うように続いている国道をバスは走って行った。やがてオホーツクの青い海が左手に見え始め、しばらく行くと白い流氷が海岸までびっしり押し寄せて、青い海が見えなくなった。「みなさんは大変幸運です。流氷というのは、風向きが変われば、あっという間に沖へ流れて行ってしまいます。今日、流氷が接岸しているところを見ていただけたこと、たいへん嬉しく思います」とバスガイドはにこにこ笑っていた。網走の人にすれば、普通の景色なのだろうが、間近に流氷を見ることが出来た私も満足した気分だった。

 バスがスピードを落とした。「何かあるのかな」と思っていたら、「左手に見える小さな駅は、無人駅ですが、たいへん有名な駅です」とバスガイドが言った。「北浜駅」と表示が見えた。「昔、網走番外地という映画がありましたが、その映画で網走駅として利用していたのが、この北浜駅です」とバスガイドは説明を加えた。

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 その駅から少し行った所にトーフツ湖があった。バスを降りて建物の裏手へ出ると、湖面が広がり、たくさんのハクチョウが餌をついばんでいた。富山市に田尻池というハクチョウの飛来する池がある。今年の正月にハクチョウを見に行ったが、百羽近いハクチョウが餌をついばんでいた。トーフツ湖は田尻池よりはハクチョウの数が多いように思ったが、大きく違うことがあった。田尻池では、ハクチョウを観光資源ではなく、自然保護の対象としている。しかし、ここはハクチョウを観光資源として利用しているのだ。

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 すぐ横にある売店では、食パンを餌として販売し、観光客はその餌を買ってハクチョウに投げ与えていた。ハクチョウたちも、その餌を頼りにしながらここで生活しているように思った。売店では、お土産が販売されていた。私が湖にいたのは20分ほどだったが、バスが引切り無しに出入りし、トーフツ湖は観光客で賑わっていた。自然保護と観光という新しい提起をしているように感じた。富山の田尻池でもこういう商法が成り立つのだろうか。

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 定期観光バスは網走駅へ引き返した。「オーロラ号」が発着している網走港にも立ち寄るというので、途中下車することした。12時少し前に、バスは網走港へ到着した。昨日来た駐車場には、バスが30台近く停車していた。乗船場へ行くと、広いロビーはたくさんの人でごった返していた。とにかく、切符を買うことが先決だと思い、切符売り場へ行った。「オーロラ号の切符をください」と係の男性に声を掛けた。「予約はしていないのですね。残念ですが、今日のオーロラ号はすべて満席です。キャンセル待ちでよければ、カードを渡します」と驚くような返事が男性から返って来たのだ。「オーロラ号」にすんなり乗船できると思っていた私の考えは、全く愚かだった。「オーロラ号」に乗船するには事前予約が必要だったのだ。とにかく、キャンセル待ちのカードをもらって,その場を離れた。

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 昨日来た堤防道路へ上がって海を眺めた。白い流氷は遥か沖合いに見えていた。あの流氷を、450人の人たちと同じ船に乗って見に行くのかと思うと、少しおかしな気分になってきた。流氷を見に行くのか、雑踏を見に行くのか、どうやら雑踏を見に行くことになりそうだと思った。しかも、その船に確実に乗れる保証はないのだ。キャンセル待ちまでして、見に行く必要が本当にあるのだろうか。流氷をもっと間近に見ることだってできる。接岸している所へ行けばいいのだ。いろんなことをゴチャゴチャ考えていたら、斜里の「棒ダラ」のことを思い出した。オーロラ号に乗るのはあきらめ、これから列車に乗って斜里の「棒ダラ」を見に行くことにした。時刻表で調べると、斜里へ行く列車の発車は13時29分だった。時間がたっぷりあるので、駅まで歩いて帰ることにした。これだから気ままな一人旅は面白い。

 ホテルへ寄ってリュックを受取り、コンビニでサンドイッチを買って網走駅へ行った。知床斜里行普通列車は1両編成だったが、車内は空いていた。乗客の多くは私と同じ旅行客のように見えた。海が見える側の座席を確保した。13時29分、列車は発車した。網走駅の次は「桂台」という駅だった。高校生がたくさん乗車して来て、車内は満員になった。「桂台駅」は網走の中心街に近いようだ。

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 トンネルを抜けると車窓に青い海が広がり、遥か沖合いに白い流氷が見えていた。
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 藻琴駅を過ぎた所で青い海が突然なくなり、流氷が海岸までびっしり押し寄せている景色に変わった。荒涼とした氷の台地が遥か彼方まで続き、自然の脅威を感じさせる風景だった。藻琴駅で高校生がたくさん降りて行った。北浜駅では旅行者らしい人たちが何人も列車を降りた。トーフツ湖へハクチョウを見に行くのだろうか。やがて列車は海岸線から少し離れた所を走るようになり、流氷の海は見えなくなった。浜小清水駅を過ぎた辺りから再び流氷の海が見えるようになった。普通列車に乗って、のんびり流氷を見ながら旅をするのもなかなかいいものだと思った。14時14分列車は終着の知床斜里駅に到着した。

 「棒ダラ」をどの辺りで干しているのだろうか。駅前にタクシーが停車していたので、タクシーの運転手に尋ねた。「そこなら、ここから15分ほど歩いた所だね。とにかくたくさん干してあるから行けば分かるよ」と答えが返って来た。帰りの列車までそれほど時間がないので、タクシーで行くことにした。

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 駅から5分ほど車で行った浜辺に棒ダラが吊るしてあった。丸太を組んで作った櫓に渡した棒にタラが吊るしてある。タラ、タラ、タラ…見渡す限りタラが吊るしてあるのだった。その風景は壮観そのものだった。

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 タラが吊るしてある櫓の間を歩いて行くと、人の話し声が聞こえて来た。その話し声は遠くに停まっているトラックから聞こえて来るようだった。トラックの所へ行くと、男の人が大きな箱の積み込み作業をしていた。その奥の櫓の上では、数人の男の人がタラを吊るす作業をしていた。「すごい数のタラですね」と積み込み作業をしている人話し掛けたが、「うるさいなあ」という顔でじろりと睨み返されてしまった。作業の邪魔を私がしているようだった。櫓の下に置いてある箱には生タラがぎっしり詰まっていた。忙しそうに仕事をしている人たちに声を掛けるのはあきらめて、その場を離れた。

 櫓の間を歩いて行くと、また話し声が聞こえて来た。話し声は櫓の中から聞こえていた。覗くと、足が何本も見えた。タラを吊るす作業をしているようだった。覗いていると奥からお爺さんが出て来た。「こんにちは」と挨拶すると「こんにちは」と挨拶が返って来た。「すごい数のタラですね」と私が言うと、「すごいでしょう。作業は見た通り、単純だけど、数が多いから大変だわ」とお爺さんは笑っている。気さくなお爺さんだった。「テレビで見たことがあったので、本物を見に来ました」と私は話した。その後、お爺さんは、私の質問に答えて、次のような話をしてくれた。「吊るしてある棒ダラの数が正確にどの位なのか、私にも分からないが、1000トンほどタラが吊るしてあると思います。だからその数は、100万匹くらいでしょうか。タラを吊るしてから3ヶ月ほどで製品として収獲できるようになります。朝も夜もずっと吊るしたままです。知床の厳しい気候が棒ダラを干すのに適しているのです。海は見た通り流氷で埋まってしまいますから、タラを獲りに行くことはできません。タラは道南の釧路辺りから運んで来ています。この辺りの冬は棒ダラ作りが重要な産業になっています」

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 サイレンが鳴った。時計を見ると3時を指していた。私に説明していたお爺さんが「おーい、3時だから休憩だ」と大声で叫んだ。しばらくして、奥で働いていた人たちがぞろぞろ出て来た。全員が老人だった。やはり水産業も厳しい現実を抱えているのだと思った。「この人はこの会社の社長さんだよ。話はたくさん聞けたかい」と、その中の一人が、お爺さんを指差して笑っていた。そこへ車がやって来てお爺さんたちは、車に乗って帰って行った。

 数え切れない棒ダラが干してある広い浜辺の風景は、ここだけでしか見ることのできないものなのだろう。しかも、その棒ダラが、厳しい自然条件と老人たちの黙々とした作業の中で作られていたことを知り、ここへ来てよかったと思った。

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 急ぎ足で駅へ戻り、15時20分発網走行普通列車に乗車した。車窓には流氷の海が広がっていた。北浜駅でたくさんの人が乗車した。トーフツ湖は賑わっているようだ。流氷のオホーツク海の見える「網走~斜里」間の景色は最高だと思った。明日、時間があれば、また列車に乗ってこの風景を見に来ようと思った。16時04分列車は網走駅へ到着した。

 駅前からタクシーに乗り、今晩宿泊する旅館「もとよし」へ向った。網走の町を抜け、湖に沿った国道をタクシーは100km近いスピードで走って行った。「北海道の車は冬でもスピードがすごいですね」と運転手に話し掛けると、「国道はほとんど雪がありませんから」と平然とした顔で答えた。網走湖の湖面に小さなテントが幾つも張ってある。「あれは、ワカサギ釣りのテントです。お客さんもやってみたらどうですか」と運転手は言った。「道具がないから」と言うと、「竿から餌からすべて貸してくれますよ」と教えてくれた。明日はワカサギ釣りに挑戦してみようかと思った。旅館は網走湖のすぐ近くにあった。料金は2000円を超えていた。タクシーは、少し贅沢な乗り物だった。

 玄関を入り、フロントのベルを鳴らすと奥からお上さんが出て来た。「昨日電話で予約された人ですね。2泊ということでしたね」と言って、私を部屋へ案内した。小奇麗な和室だった。さっそく風呂へ行った。小さな旅館にしては大きな浴槽だった。透き通ったぬるめの温泉だが、しばらく入っていると肌がすべすべしてきて、体がほかほかしてきた。いい温泉だと思った。
 
 夕食の時間になったので食堂へ行った。テーブルがたくさん並んでいたが、客はいなかった。奥の座敷から賑やかな声が聞こえて来た。団体客が宴会をやっているようだった。カウンター席に料理が並んでいた。私はそこで食べることになっているようだ。ビールを注文し、料理を食べ始めた。特に変わった料理はなかった。そこへ旅館の親父さんがやって来たので、ワカサギ釣りのことについて聞いた。「今がワカサギ釣りの最盛期です。たくさんの人が釣りに来ていますよ」と親父さんは言った。「明日、釣りに行こうと思っているのですが、釣り道具を持っていないのです」と私が言うと「湖で、道具は全部貸してくれますよ。とにかく寒いですからね。特に足下から冷えてきますから、足の防寒だけはしっかりしていってください。子どもにも釣れますから、大丈夫です。釣れたら、天ぷらにしてあげますから、頑張って釣って来て下さい」と励まされた。明日は網走湖で楽しい釣りができそうだ。

 食事を終り、大人しく部屋へ帰った。スケッチブックを開いて、今日描いた絵に筆を入れた。明日は、朝にワカサギ釣りをして、昼から列車に乗って、再び、流氷を見に行くことにした。明日もおもしろい出会いがあるのだろう。これだから気ままな旅はやめられない。



[ 2013/01/13 06:43 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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