水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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春間近な九州路 放浪の旅 5

2月14日(土) その1 福吉(福岡)~唐津(佐賀)
 
 午前5時半過ぎ目が覚めた。まだ辺りは真っ暗である。昨夜、ピカピカ光っていた道路工事の標識はきれいに片付けられていた。作業はいつ終わったのか、ぐっすり寝込んでいた旅人に、その時刻がわかる訳はない。
遠くに駅の明かりが見える。まだ一番列車は走っていないようだった。外へ出ると、強い風が吹いていた。今日は大荒れの天気になるのだろうか。
  
 午前6時、まだ辺りは真っ暗である。駅に向かって人が歩いて行く。一番列車に乗るようだ。しばらくして駅のアナウンスが聞こえ、列車がやって来た。博多方面へ向かう列車だった。車内には数人の人影が見える。大都会の朝がようやく始まろうとしているようだ。
 
 用を足しに駅のトイレまで行った。その帰り、駐車場の端に、この辺りを紹介する案内板を見つけた。昨夜は暗くて気が付かなかったのだ。見ると、この近くに大きな漁港があるようだ。そこには公園もある。朝食はその港で食べることにした。寝袋を片付け、座席を直して、車を発車させた。

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 細い街中の道を走って行くと、やがて大きな漁港へ出た。地図にあった福吉漁港というのだろう。埠頭の近くに車を停めた。まだ明けやらない薄明かりの中に、漁港全体の風景がぼんやり見える。たくさんの漁船が停泊しているようだ。海は強風が吹き荒れ、白波が立っている。この風では今日は漁に出ることはできないようだ。その時、すぐ近くに軽トラックが停まった。そして1人の親父さんが降りて来て、小さな漁船の方へ走って行った。「何をするのかな」と見ていると、船を手繰り寄せていた。強風で船が流されないように点検に来たのだ。それからしばらくの間は、軽トラックがやって来て、人が下り、船を点検して帰って行くという光景が続いた。本当に驚くような強い風が吹いていたのだ。ポットの湯を注いで、インスタント味噌汁を作り、昨日買ったお握りを食べた。簡単な朝食だった。

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 午前7時過ぎ、ようやく空が明るくなり始めた。辺りの景色がはっきりするに連れて、福吉港が大きな漁港だということが分かった。漁船の数も百隻を軽く超えているようだ。埠頭には、カニ漁の網が山のように積み上げられている。ラジオからは、「日本海側は強風が吹き、大荒れです」という天気予報が流れている。海上暴風警報も発令されていた。「これが、昨日だったら、フェリーの旅は大変なことになっていたなあ」と、天候の荒れが1日ずれたことを喜んだ。その時一隻の小さな漁船が外海に向かって進んで行くのが見えた。こんな高波の中を漁に出るなんて、死に行くようなものだと旅人は思った。漁師の中にも無謀な人がいるのだ。
 
 午前8時、出発。最初の目的地は唐津。国道202号線を走る。車の右手には美しい日本海が広がっていた。この辺りの海は玄界灘と呼ばれている所だ。海には大きな白波が立ち、大荒れである。

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 小さなサービスエリアを見つけて車を停めた。「姉子の浜」という案内が出ている。海岸には白い砂浜が続いていた。夏には海水浴客で一杯になりそうだ。「この海岸は、天然記念物に指定され、保護されています」と説明がある。「砂浜は、歩くと音がする鳴き砂でできています」というのだ。

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 さっそく、砂浜を歩いてみた。強風で聞き取り難いのだが、確かに足元でキュッキュッと音がする。不思議な現象だった。砂の粒に音を出す仕組みがあるのだろう。後で分かったのだが、この砂浜は、一度は音が失われてしまったのだが、町が砂の汚染を取り除いて復活させたものだという。強風で砂浜には美しい風紋ができていた。僅かだったが、吸殻や空き缶が転がっていたのが残念だった。
 
 車は「佐賀県」に入った。昨年ブームを作った「元気な佐賀県」である。「はなわ」というタレントが「佐賀県」という題名の歌を歌い、一躍有名になり、紅白にまで出場したのだ。佐賀県のことをぼろぼろに歌っているのだが、あの歌で佐賀県人が元気になり、佐賀県が全国区になりつつあるという話である。今まで、佐賀県を訪れたことのない旅人は、その佐賀県のことを少しは知りたいというのも旅の目的の一つに入れていた。
 
 もうすぐ唐津という辺りで、道の両側に松林が広がり出した。みごとな松林である。ずっと松林が続いている。駐車できる場所があれば、見学したいと思った。古い旅館の前に小さな駐車場があるので車を停めた。

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 「虹の松原」という案内板がある。「17世紀初め初代唐津藩主寺沢広高が、防風・防潮のため、海岸線の砂丘にクロマツを植林させたのが始まりで、長さ5kmに渡って約100万本のクロマツが群生している。天橋立、美保の松原と並んで、日本三大松原の一つに数えられている」と説明がある。佐賀にこんなすごい松林があることを、旅人は今まで全く知らなかったのだ。

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 松林の中を歩いて海岸まで行ってみた。

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 砂浜の海岸がずっと続き、その先の小高い山の上に立派なお城が白く輝いていた。唐津城のようだ。唐津といえば真っ先に唐津焼を連想した旅人だが、立派な松林やお城に出会い、早くも佐賀県にパンチを見舞われた感じがした。唐津の街中にも古い史跡がたくさん残っているのだろう。

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 唐津城の駐車場に車を停め、街中を散策する。唐津城は江戸時代に建てられたが、明治時代に入って廃城になり、1966年に再建されたものだった。天守閣を鶴の頭に、東西に広がる松原を翼に見立てたところから「舞鶴城」とも呼ばれているという。城のすぐ横を流れる松浦川に掛かる舞鶴橋を渡った。対岸から見た唐津城は猛々しい姿だった。海岸に聳える城は全国的にも珍しいのではないだろうか。おばあさんがリヤカーを引いて行く。荷台には色取り取りの花が積まれていた。町へ売りに行くのだろうか。城下町の路地を「花はいらんか」と声を掛けながら、歩く姿が目に浮かぶようだ。

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 唐津城のお堀に掛かる城内橋を渡る。古い石垣に囲まれたお堀には屋形船が浮かび、散策路には桜も植わっていた。春には花見客で一杯になるのだろう。

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 お堀の周りには旅館も並んでいる。朽ちた石垣と鄙びた旅館の建物が趣のある風景を作っていた。街中を少し歩いた。町のあちらこちらに歴史を感じさせる建物が残っていた。落ち着いた町だった。今ごろ、どこかの路地で、あのおばあさんが、リヤカーを引きながら、花を売り歩いているのだろう。時間があればゆっくり見学したい町だった。



[ 2013/01/23 08:27 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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