水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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春間近な九州路 放浪の旅 9

2月16日(月)天草(熊本)~枕崎(鹿児島)

 午前4時、物音で目が覚めた。まだ辺りは真っ暗だ。寝袋から這い出し、目を凝らして見ると、人が車の近くで動いていた。おじいさんだった。軽トラの荷台から、箱を下ろしているのだ。どうやら今から漁に出るようだ。すぐ前の小さな船には明かりが点いている。よく見ると、もう一人動く人がいた。おばあさんだった。ロープを一生懸命引っ張っている。今から船に乗ろうというのだ。老夫婦で仲良く仕事をしている。やがて、2人を乗せた小さな船は港を出て行った。漁師の仕事は早いのだ。

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 午前6時過ぎ、老夫婦の船が帰って来た。短時間で漁は終わったようだ。どんな魚が獲れたのだろう。見に行くと、二人は手ぶらで下りて来たのだ。獲物らしいものは何も持っていなかった。「何も獲れなかったのですか」と声を掛けると、「獲物は向かいの漁協へ置いてきたよ」とおじいさんが教えてくれた。「魚が見たけりゃ、漁協へ行くといいよ。市は7時からだよ。しかし、大した魚はいないけどね。」とおばあさんは笑っていた。

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 午前7時過ぎ、対岸にある漁協の魚市場へ行った。たくさん魚が見られると期待していたのだが、フロアには白い箱が10箱ほどしか並んでいなかった。箱の中を覗いてさらにがっかりした。どの箱にも魚が2、3匹しか入っていないのだ。「大した魚はいないけどね」と、おばあさんが笑っていた通りだった。しかし、大きなヒラメやタイも何匹かいた。この中のどれかが、あの老夫婦の獲物なのだろう。

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 大きな水槽がある。中を覗くと、面白い形のエビがいた。アミエビというのだろうか。その他イセエビやアワビなどもいたが、数は少なかった。やがて取引が始まった。立会人は僅かに5人。寂しい魚市場だった。これでは、漁師は食っていけないなあと思った。
大江漁港から少し行った所に崎津天主堂という教会があるので見に行くことにした。海から見た教会の風景が素晴らしいという。

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 崎津の町へ入る所で素晴らしい風景に出会った。港の海面から霧が立ち上っているのだ。その霧は風に吹かれてゆっくりと流れ、港に浮かぶ漁船がその霧の中に浮いているように見えた。幻想的な風景だった。

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 小さな駐車場に車を停め、狭い路地を歩いて行った。路地の突き当たりにゴシック様式で建てられたという崎津天主堂が聳えていた。昨日見た大江天主堂は白が基調で、明るい感じのする教会だったが、崎津天主堂は、全体が灰色で、重々しい感じのする教会である。広場に遊具が並んでいる。教会の隣に幼稚園が併設されているようだ。
「自由にどうぞ」という案内が、扉に貼ってあるので、教会の中を見学させてもらうことにした。室内はひっそりしていた。礼拝は毎日行われるのだろうが、まだ時刻が早過ぎるのだ。正面に祭壇があり、その上にキリスト像が奉られている。ステンドグラスの窓からは柔らかな光が差し込んでいた。旅人は、椅子に座って案内のパンフレットに目を通した。そこには、キリシタンの歴史が紹介してあった。

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 「フランシスコ・ザビエルが日本にキリスト教を伝えてから17年経った1566年、ルイス・デ・アルメイダが、天草に来て布教を始めたのが、天草でのキリスト教の始まりである。江戸幕府が成立し、徳川家康はキリシタン禁止令を出した。幕府は、この地で起こった天草・島原の乱をキリシタンの政治的反乱として宣伝し、キリシタン禁制を強化し、鎖国を強行した。その後250年間、キリスト教信者は厳しい統制下に置かれることになった。」と説明があり、さらに「崎津教会は、江戸時代に、信仰弾圧の場所であった庄屋屋敷跡に建てられたもので、祭壇のところが、踏絵の置かれていた所である」と書いてあった。歴史的にも由緒ある場所に、この教会が建てられているのだった。この崎津にもたくさんの信者がいるのだろう。

 「チャペルの鐘展望公園」という見晴らしのいい場所があるというので行ってみることにした。お宮さんを通り抜けると、急な階段が、丘の上に向って延びていた。公園は丘の上にあるようだ。上っていくと、途中の階段で、一生懸命掃除をしているおじいさんに出会った。「おはようございます」と声を掛けられた。「清掃奉仕ですか。ご苦労様」と挨拶を返すと「これをやらないと気持ちがさっぱりしませんわ」とおじいさんは汗をぬぐいながら言った。階段の上にもお宮さんがあり、そこまで、掃除をしていくのだという。「ここは漁師の町だから、お宮さんには海神様が奉ってあるよ。階段は全部で520段だから、頑張って上っていきなさい」とおじいさんから励まされた旅人だった。

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 きつい階段を上り詰め、ようやく展望公園に到着した。公園には、巨大な十字架のモニュメントが建てられている。崎津天主堂というシンボルからイメージしたのだろう。コンサートができるようなステージも作られ、椅子が並んでいる。ここへ来てコンサートを聞くには、階段でだいぶ汗を流さないといけないだろうなあと思った。景色は抜群だった。眼下には青い海が広がっていた。崎津の町並みや港が小さく見え、その中に、先ほど行った天主堂の屋根が高く聳えていた。天主堂はこの町のシンボルだと思った。

 「崎津天主堂とその周辺の渚の風景は素晴らしい」とパンフレットに紹介があり、港の対岸から写した写真が載っている。対岸へ行ってみることにした。朝方見た港の霧は消え失せていた。埠頭の端の方で、おばさんが魚を網に並べている。アジの干物を作っているようだった。大江漁港ではアジの姿を一匹も見なかったのに、この崎津漁港には、アジが上がったようだ。

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 小さな公園があるので、そこに車を停めた。パンフレットに紹介のあった写真は、この公園から写したものだった。町並みの中に教会の屋根がひときわ高く聳えていた。美しい風景だった。
 この公園で、朝食を食べることにした。といっても、朝食は今から作るのだ。ガスコンロを引っ張り出し、小さな鍋に水を入れ、点火した。献立は、卵、ネギ入りインスタントラーメン。手馴れた手つきで調理した。通る人は、「ホーレスのおっさんが、食事をしている」という風景に見えただろう。

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 ラーメンを食べていると、そこへおばあさんが、リヤカーを引いて通りかかった。リヤカーには魚を積んでいる。魚を行商して歩いているようだ。物珍しさもあって旅人は覗きに行った。

 箱の中には、魚がぎっしり詰まっていた。アジが多いが、カワハギやタイもいる。「美味しそうなアジですね」と声を掛けた。「そうでしょう。今朝獲れたものだから、生きがいいよ。お兄さん買わないかい。安くしとくよ。アジ8匹で500円だよ」おばあさんは元気な声で言った。富山弁で言うと「キトキトのアジ」ということになるのだ。「昼か、夜に調理して食べればいいかな」と旅人は思った。「旅をしてるから、そんなにたくさんはいらないよ。2匹ぐらいならいいかな」と言うと「じゃあ、200円だね」と2匹を袋に入れてくれた。少し計算が合わない感じがしたが、お金を払った。

 そこへ箒を持ったおばあさんがやって来た。公園の掃除にやって来た人のようだ。「美味しそうな魚がいるかい」と、そのおばあさんも魚を覗きに来た。行商のおばあさんとは顔馴染のようだった。「アジが8匹で500円だよ」とアジを勧めている。掃除のおばあさんは、アジを8匹買った。そこへ、また別のおばあさんが通りかかり、やがて、リヤカーの周りで井戸端会議が始まった。のどかな漁師町の朝の風景だった。

 朝食を終え、食器を片付けていると、そこへ1人のおじいさんが近づいて来た。「朝食は美味しかったかい」とおじいさんが声を掛けて来た。「インスタントラーメンですから、知れてますわ」と旅人は笑っている。「車で旅行しているのかい。富山ナンバーだから、富山から来たのかい」おじいさんは旅人に興味がある様子だ。「九州を一周しようかと思っているのですが」と旅人が話す。「気ままな旅をしているのだね。うらやましい。わしも若い頃、10年近く神奈川に住んでいたことがある。休みの日はあちこち見て周ったが、今は息子夫婦とここで生活しているよ。ここはのんびりしていて、いい所だよ」とおじいさんは言った。

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 おじいさんは年齢が82才、今も現役の漁師だった。「魚が獲れなくなってねえ。港に停まっている船が多いだろう。油代も出ないから、皆、休業状態さ。隣の大江漁港は大きな定置網を持っているけど、この崎津は、海岸に漁業権がないから、定置網がないのだ。みんな一本釣りが中心さ。魚が少なくなって困っている。若者も漁師では生活できないから、どんどん離れて、都会へ行ってしまった。老人ばかりが多くなってね」おじいさんの話は深刻だった。「私の楽しみはやっぱり魚釣りさ。今日もこれから船を出そうと思っているよ。そういえば富山はブリの名産地だったね。去年、私はブリを10本ほど釣ったよ。」おじいさんは、去年釣ったブリの大きさを手で表しながら、自慢そうに言った。魚釣りが好きで堪らないおじいさんだった。おじいさんの元気は、魚たちから貰っているのだろう。

 「この先の牛深の町に温泉があるから、入って行くといい。その後、牛深港からフェリーが出ている。それに乗って長島へ渡り、一気に鹿児島まで走れば、夕方には着けるよ。枕崎から開聞岳を見て、指宿を周るコースは素晴らしい」おじいさんから、旅のアドバイスも貰い、手を振るおじいさんを後に、崎津港を出発した。いろんな人との出会いがあり、楽しい思い出になった。これだから旅はやめられないのだ。

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 牛深市温泉センターで風呂に入った。大きな風呂は旅人が独り占めだった。休憩室で市民絵画展を開催していた。牛深港にある橋がテーマになっていて、どの絵にも大きな白い橋が描かれていた。牛深港には立派な橋があるようだ。展示されていた作品は、水彩画が多く、精密に描いた作品が上位に入選していた。確かに上手な絵だった。しかし、味わいはあまり感じられない。絵画は上手だけではいけないのだ。旅人も絵を描き始めて3年が過ぎた。少し風景が描けるようになってきたが、味わいのある絵はまだまだだった。最高賞の作品は、牛深港の橋を背景にして、大きなイカが干してある作品だった。筆遣いも大胆で、ユーモアを感じさせる作品だった。やはり大賞になる作品だと思った。

 牛深港に到着。フェリーは1時間に1本はある。午後1時半発のフェリーに乗ることにした。近くのコンビニで昼食を買い、港が見えるところで食事にした。港にはたくさんの漁船が停まっていた。漁船だけでなくフェリーや観光船の出入りもあり、活気が感じられる港だった。巨大な白い橋が前方にある。大きくカーブしたラインが白く輝いている。牛深ハイヤ大橋という全長833mのアカデミックな橋だった。

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 午後1時半、フェリーに乗船した。料金は1830円。近い距離を結ぶフェリーの料金としては手ごろな値段だった。牛深港からは10台ほどの車が乗船しただけで、船内はガラガラだった。フェリーは静かな海ゆっくり進んで行った。 地図を開いて、この先のことを考えた。蔵之元港から枕崎まで距離にして100kmほどだった。九州南端、枕崎まで、おじいさんのアドバイス通り、行ってしまおうと思った。今晩は、枕崎辺りで野宿することになりそうだ。

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 蔵之元港に到着。鹿児島県に入った。夕方には枕崎に到着したいものだ。鹿児島という標識を目印に出発した。しばらく走ると、道の駅「長島」に到着した。道の駅には、巨大なザボンが置いてあった。一つ500円。鹿児島は巨大なザボンができるのだ。

 長島町を出た所で、国道3号線と合流した。北九州から鹿児島へ九州を縦断する1級国道である。さすがに車が多い。それからは大型トラックやトレーラーに挟まれて走ることになった。阿久根市、川内市、初めて名前を聞く地域を過ぎ、串木野市へ入った。峠に差しかかる所で、突然前の大型トラックが狭い道路を、右に行ったり左に行ったりして、蛇行し始めた。「居眠り運転!」と思った。やがて、トラックは次第にスピードを落とし、停車した。「何が起こったのだろう?」と思っていると、トラックの横で子犬がよちよち歩いているのだ。トラックの運転手が、国道を歩く子犬を避けようと奮闘していたのだ。子犬は、無事安全な歩道に上り、トラックは、走り出した。トラックが子犬を無視して走れば、轢殺されていただろう。運転手の優しさが伝わって来る光景だった。

 午後4時、道路標識に「鹿児島」という名前が、頻繁に見えるようになった。鹿児島市まであと20kmほどだ。枕崎へは、ここで国道3号線と別れ、国道270号線を走ることになる。ガソリンが少なくなってきたので、スタンドに寄る。「お客さんは、富山から来たのですか。富山の薬売りですか」と店員は笑いながら言った。「富山」と聞いたら「薬売り」を連想する人が多いようだ。「枕崎までは1時間半ほどですね。開聞岳や指宿へ行かれると景色がいいですよ。知覧も見られたらどうですか」と店員は観光コースを教えてくれた。

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 午後5時半過ぎ、枕崎の突端「火之神公園」に到着した。夕暮れ時を迎えていた。空は次第に青色から紫色に変わりつつある。紺碧の海と紫色の空と、海岸近くにそそり立つ巨大な黒い岩礁が素晴らしい風景を造っていた。遥かかなたの水平線には、富士山のような形をした山が薄っすらと見えている。開聞岳だった。日が沈むまで、その景色の美しさに見とれていた。枕崎は美しかった。

 今夜の野宿の場所は、枕崎港にした。最近の旅人は、港で野宿することが多いようだ。海の風景が好きなのだろう。

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 枕崎港は全国でも有数の遠洋漁業の基地である。港には大きな魚市場、魚の荷揚げ埠頭、冷蔵施設や加工工場などの施設があった。公園も幾つかある。さすがに全国有数の漁港に相応しく巨大だった。それだけたくさんのカツオやマグロが水揚げされているということだ。

 旅人の車は、荷揚げ埠頭の片隅に停車している。周りには、大きな鉄の籠やベルトコンベアー、フォークリフトなどが置いてある。屋根のある倉庫という感じの場所だ。隣に駐車場もあるが、寝場所としてはこちらの方がよい。もうすっかり日は沈み、辺りは真っ暗である。枕崎の海岸で、海の美しさに見とれていて、この時間になってしまったのだ。懐中電灯の明かりを頼りに、魚の調理を始めた。天草で仕入れたアジだ。旅に出ることはしばしばあるが、旅先で魚を料理するのは初めてだった。暗闇で包丁を取り出し、魚を切り始めたのだが、包丁が切れないのだ。この包丁は、以前、苫小牧のスーパーで、100円で買ったものだった。やっぱり100円の品物だった。それでも何とか魚を切り開いた。鍋を取り出し、醤油とみりんで味付けをし、魚を煮た。やがていい臭いが漂い始めた。アジの煮付けは完成した。

 暗闇の中での夕食が始まった。献立はアジの煮付けとコンビニ弁当。アンバランスな献立だ。ビールを飲みながら食べたアジの煮付けは、今一だった。アジのウロコがきちんと取れていなかったのだ。やはり、切れない包丁で、しかも暗闇での調理はよくないようだ。それに比べ、コンビニ弁当の美味しかったこと。片付けは明日に回し、寝床を作った。空には数え切れないほどの星が輝いていた。枕崎の夜は静かに更けていった。


[ 2013/02/01 06:44 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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