水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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春間近な九州路 放浪の旅 13

2月20日(金) 由布院(大分)~甘木(福岡)~博多(福岡) 

 午前5時半起床。まだ辺りは真っ暗である。天気はよさそうである。駐車場にはトラックがたくさん停車していた。やはりここは、幹線道路の分岐点なのだ。コンロを引きずり出し、湯を沸かし、インスタントうどんと熱いコーヒーを作った。明るくなり始めた由布院の町を眺めながら、朝食にした。

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 午前7時、博多に向けて出発した。自転車が2台、道の淵を走っていた。昨日会った青年たちだった。クラクションを鳴らして挨拶した。彼らは笑顔だった。国道210号線を日田市に向けて走る。後ろから猛スピードの乗用車が何台も旅人の車を追抜いて行く。時速100kmは出ている。無謀な運転手が多いのに驚く。これで事故はないのだろうか。
 
 午前7時半、道路脇に白装束集団の姿を見つけた。鳥インフルエンザは、大分県九重町で起きていた。由布院からは目と鼻の先の町である。その町へ通じる道路では、今日も封鎖と消毒が続くのだろう。それにしても、鳥インフルエンザを巡って、各地で過剰とも思える措置が取られているようだ。学校のニワトリを隔離してしまったとか、学校から排除したところも出ている。深刻な事態はますます深刻になっているようだ。

  午前8時、日田市に入り渋滞が始まった。歩道を小学生の集団が歩いて行く。交差点では、警察官や母親たちが子どもたちの安全を見守っていた。都会ならどこでも見かける朝の風景である。

  午前8時半、道の駅「うきは」に到着。福岡県に入った。自衛隊の集団がトラックやジープで到着した。トイレが一緒になる。メーサイ服を着た集団に囲まれながら用を足した。妙な気分になった。皆黙って用を足していた。この人たちの中にもイラクへ行く人が出るのかも。

 午前9時、ラジオから、「由布院のインターチェンジで自衛隊の車両が事故に巻き込まれ、重軽傷者が出ています。射撃演習に移動中の事故です」というニュースが流れて来た。まさか先ほどの自衛隊員の事故ではないだろうが、彼等は射撃演習に参加する予定だったのだということが分かった。

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 午前10時、甘木市に入る。筑後川を渡った。大きな川だった。広い川原に下りて散歩した。川岸に釣竿が何本も並んでいる。よく見ると竹薮に人影が見えるので行ってみた。元気なおじいさんが1人、釣をやっていた。「鯉を狙っているのだけど、なかなか釣れないさ。元気の源はのんびり釣をすることよ」と笑っていた。川原に、菜の花が黄色い花を咲かせていた。かわいい花だった。

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 午前11時、福岡市内に入る。道は大渋滞している。大都会の道はこれだから嫌だ。クラクションが鳴り響く道をゆっくり進んで行った。

 午前11時45分、博多港フェリー埠頭に到着した。長い長い九州放浪の旅は、終着点に無事到着した。
 
 フェリー埠頭に車を置き、博多の町へ出掛けることにした。出港までの長い時間は、映画を見て、それから食事をして過ごすことにした。最後の時間は豪勢に過ごそうというのだが・・・。車を停めているのは、九越フェリー埠頭である。ここから市バスが発着しているターミナルまでは、2㌔ほどある。まずは、そこまで歩かなくてはならない。

 しばらく歩くと、韓国行フェリーが発着している国際ターミナルがあった。フェリーは博多と釜山を結んでいる。1日6便あり、釜山まで約3時間、料金が往復24000円というのだから驚く。国際線ロビーは、ハングル語表示も並び、韓国語が飛び交っていた。韓国へ行ってみるのも面白そうだ。その隣に「マリンメッセ福岡」という大きなコンベンションホールがある。コンサートや企画展など、大きな催し物が開かれる建物だ。その建物の横の道に、「弁当500円」という赤い旗が揺れている。車を停めて、弁当を売っているようだ。この辺りで働く港湾労働者を当てにして、弁当を売りに来ているのだ。大都会だからこそ成り立つ商売だ。都合がよいので弁当を買った。これがまた驚くような豪華な弁当だった。献立は、豚肉の酢味噌和えと煮物と漬物と味噌汁である。しかもこれに熱い缶茶まで付いていたのだ。調理が皆手作りで、作った人の心が伝わって来た。これでは大した儲けにはならないと思った。

 そこからしばらく行った所が、中央埠頭である。高いタワーが聳え、レストランや売店、壱岐対馬や近くの島を結ぶ定期船が発着する乗り場がある。桟橋には、テーブルや椅子が並び、コーヒーを飲みながら語らう姿も見える。博多港のメインストリートである。市内へのバスもここから発着している。映画館があるという「キャナルシティ博多」へ行くバスに乗車した。市内の道路は相変わらず大渋滞している。バスは30分ほど掛かって目的地に到着した。

 「キャナルシティ博多」は、ショッピング街、レストラン街、ホテル、ゲームセンター、映画館、劇場などが合体した巨大施設だった。あまりの大きさに圧倒される。この中に映画館があるのだが、人に聞いてもなかなか分からない。見つけるのに苦労した。

 映画「半落ち」を見た。原作をどのように脚色しているのか見るのが楽しみである。主演の寺尾聡は原作にぴったりの演技をしていた。以前「雨上がる」を見て、素晴らしい俳優になったなあと思ったが、落ち着いた演技の中に中年の円熟味を感じんた。物語は、原作通りに展開して行った。しばらくして、少し原作とは違った展開になった。鋭い追及をする新聞記者が、女性なのだ。演じたのは鶴田真由だった。原作では、男性記者だった。これは、原作の「半落ち」は、中年の男たちの物語なのだが、それでは映像としてはおもしろくない。そこで、映像の魅力を高めるに、美人の登場ということになったのだろう。鶴田真由は記者を熱演していた。吉岡秀隆は、アルツハイマーの父親を持つ若い裁判官を演じていた。主人公が犯した殺人に対して、それが本当に妥当だったのか、判事として、苦しんでいる様子がよく伝わって来た。寅さんの光男役から大きく成長しているようだった。物語のテーマである「主人公の2日間の空白」について、それが明らかなっていく過程が原作とは違っていた。鶴田真由を登場させるということで、映画は、原作とは異なる展開になったのだろう。また、権力を告発するという鋭さは、原作の方が勝っているように思えた。主人公を見送る最後の場面は、感動して涙が溢れた。映画「半落ち」も素晴らしかった。今年の日本アカデミー賞候補の一つになりそうな作品だと思った。

 映画を見終わり、余韻に浸りながら港まで歩いて帰る。那珂川土手には博多名物の屋台がずらりと並んでいた。残念ながら、時刻が早くまだどこも準備中だった。味わうのは、またの機会にした。小さな公園のベンチには、ホームレスらしい人が寝転がっていた。昼間から酔っ払って寝ているのだろうか。川原の土手には放置されて壊れた自転車がころがり、ゴミが散らかり、大都会の殺伐とした風景が見られた。そういう旅人も、街中を放浪しているのだから大きなことは言えないが・・・。
午後6時、中央埠頭に到着。時刻はまだ少し早いが、赤提灯で夕食にした。髭を生やした若者が店を切り盛りしていた。串焼きと焼酎を注文した。客は旅人1人だった。いろいろ話すうちに、若者が名古屋で働いたことがあるということが分かった。建築現場で鉄筋を打つ仕事をしていたという。ひたすら働き、夜、飲み屋でパーと遣う生活を繰り返していたという。「これでは、だめだと反省し、生まれ故郷の博多へ戻りました。その後、大きな焼き鳥屋で修行し、ようやく、今の店が出せるようになりました」と若者は話した。頑張り屋の若者だった。

 日もすっかり沈み、薄暗くなった道を歩いて行く。壱岐へ向う高速船が、出航していくが見えた。あと2時間もすれば、旅人も直江津に向けて出航するのだ。旅人は、この旅で出会った人たちや美しかった風景を思い出しながら、フェリー埠頭への道を歩いて行った。(完)



                   
[ 2013/02/14 08:24 ] ふらり きままに | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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