その8 「手品師の関所破り」 富山市猪谷 むかし、飛騨(ひだ)と 越中(えっちゅう)の 国ざかいに 猪谷(いのたに)の せきしょが あった。すぐそばを ながれる 神通川(じんずうがわ)には、はしが なかったので、川の むこうへ 行く時は、かごのわたしに のっていった。
ある時、飛騨から おおぜいの 人が かごのわたしを のりあって、この せきしょへ あつまって来た。その中に、おやこ 三人の 手じなしが いた。
せきしょの やくにんは、三人の ようすを じろじろ見て、「そこへ 来た おやこ 三人、おまえらは、手じなしでは ないか。こっちへ 来い。」と よんだ。
「人の目を くらまして、金を むさぼりとるような 手じなしなら、この せきしょを とおすわけには いかん。」
手じなしは、「なんという おやくにんさま、わたしらは、ほかの 手じなしの ような おきゃくさまの 目を ごまかすような、そんな ことは いたしません。ただ、ありのままの げいを いたします。」
やくにんは、「そりゃ、どんなことを するのじゃ。ひとつ 見せてもらうか。」
手じなしは、「それでは…一しょう入りほどの すずを 一本 かしてください。わたしども おやこ 三人が その すずの 中へ 入って ごらんにいれます…。」
やくにんは けらいに 木魚より 大きい すずを よういさせて、手じなを する 台までならべた。
いよいよ 手じなしは、「これから お見せする 手じなは、たいへん むずかしいもので、みなさん 十歩ほど さがって くだされ…。」と いうて、黒い 大ぶろしきを 上から かぶせて、「たねも しかけも ない。」と いう 話をして、ふろしきを すずの上に かぶせた。
そして、「まずは 子どもから。」と いって、子どもを その すずの中へ おしこみ、つぎに 母親を 入れた。つぎに、自分が すずの中へ 入って、すがたを けして しまった。
やくにんは たがいに 顔を 見あわせて、これは ふしぎな 手じなだと いっているが、どれだけ たっても、手じなしは その中から 出てきません。
やくにんは、すずの中を のぞくだけでなく、しまいには、すずの中へ 火ばしを 入れたり、すずを こわしたりするが、かげも 形もない。
ふしぎなことも あるものと、話しあいを しておるところへ、あきんど(しょう人)が 入ってきた。役人は、「これ これ、もしかすると お前は、かくかくの 男と 母親と 子どもの 三人の すがたを 見なかったかい。」と 言うと、あきんどは、「そうそう、たしか 三人づれの 親子なら、楡原(にれはら)の村の 近くで おうたことい。」と 言った。やくにんは、「あー 手じなしに いっぱい くわされた。」と、みな あきれた話を しておった という。これが 手じなしの せきしょやぶりとして つたえられているということだ。
民話出典「細入村史」