水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

団塊世代の親父のブログです。
水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記 TOP  >  神通峡かいわいの昔ばなし >  神通峡かいわいの昔ばなし その22   七人衆の墓  富山市猪谷

神通峡かいわいの昔ばなし その22   七人衆の墓  富山市猪谷

11205589_1485740001716004_854818112709102490_n.jpg

その22   七人衆の墓  富山市猪谷

今から四百二十年前、永禄年間の頃、武田信玄と上杉謙信の争いがここ、細入谷にも広がり、飛越の武士たちも
七、八年前まで、猪谷の国道線、池内さんの近くに小さなお墓が七つならんでいました。しかし、国道拡張のため、どこか(お寺へ)に移されたそうですが、不明です。
これは戦国の頃、落武者が手きずをうけ、ここまで逃れてきましたが、とうとう七人ともここ猪谷で死んでしまったので、この墓がたてられたのだと言い伝えられています。何という武士かわかりませんが、「白屋筑前守秋貞」と、これにしたがう武士ではないかと言われています。
(猪谷小学校長 丸山 博) 「官報ほそいり 昭和四八年九月五日号」より
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム