水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

団塊世代の親父のブログです。
水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記 TOP  >  スポンサー広告 >  神通峡かいわいの昔ばなし >  神通峡かいわいの昔ばなし  その65   腹痛をおこず水  富山市黒瀬谷

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

神通峡かいわいの昔ばなし  その65   腹痛をおこず水  富山市黒瀬谷

合戦

その65   腹痛をおこず水  富山市黒瀬谷

 戦国のころ、八尾町にある城生城は、代々斉藤氏が守っていた。この城は飛騨勢の越中侵攻に対しては、地の利もよく、善戦健闘し連戦連勝していたが、天正十年(一五八二)から翌年にかけて、佐々成政の軍勢に、越中側から攻められたため遂に落城した。
 しかし、この合戦での斉藤勢の戦いぶりはめざましく、一時は佐々の大軍が敗退して、富山で軍勢のたてなおしをせねばならぬほどであった。従って、城生城のまわりには激戦地のあとが多く、中でも葛原の井戸山は、佐々勢が飲料水を得た場所であるが、これが斉藤勢に襲撃され、最大の激戦地となり、佐々・斉藤両軍の戦死者がうらみをのんで数多く倒れた。そのため、その血が今もしみこんでいるといわれ、このあたりの清水を午前十時依然に飲むと、腹痛がおこるといわれている。
大沢野町誌
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。