水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

団塊世代の親父のブログです。
水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記 TOP  >  神通峡かいわいの昔ばなし >  神通峡かいわいの昔ばなし  その76  猿倉城あとにのこるとんち話   富山市猿倉

神通峡かいわいの昔ばなし  その76  猿倉城あとにのこるとんち話   富山市猿倉

10389237_1502667383356599_7964202805910651837_n.jpg

その76  猿倉城あとにのこるとんち話   富山市猿倉

むかしむかしのはなしや。
となりの国のとのさまが、たくさんの家来をつれて猿倉の城をせめてきたと。
とのさまは「こんな小さな城はひょうろうぜめにしたがよかろう。みなのもの、まわりをとりかこんでひょうろうはこびをとりおさえ」と命令したと。
しかし、いくにちたってもいくにちたっても、小さな城はこうさんするけはいがなかったと。
それは、この城はいっぽうはだんがいぜっぺきで、みおろすと、底には大きくて深い川がながれていたし、川のよこては、高い高い山にかこまれていたと。高い山のつづきには、低い山がいくつもかさなっていて、ひとびとは道にまよって、なかなか高い山にのぼれなかったと。
ところがこの山のとどころにほらあながあって・お城にいく秘密のつうろが、いくつもあったと。
敵がせめてきても、この秘密の通路から、水やお米をはこんでいたと。
しびれをきらしてまっていたとのさまや家来たちは、じっと城をみていると、お城のてっぺんから「ゴー。ゴー」とてっぽう水がながれだしたと。家来たちは、「大水だ。大水だ」といって、いっせいにたいさんしたと。とのさまも「あんなに水がほうふにあるのなら、ひょうろうぜめはできないぞ」といって、となりのお城にかえったと。
この小さなお城には、もうひょうろうがわずかしかのこっていなかったと。みんなでいい知恵はないものかと相談したと。そしたら、めしたきのばあさまが「みずいろの長い長いきれをするするとたらして、その上からのこった米をながしたらどうかの」
みんなはさんせいしたと。
みずいろのきれは、おりからの風にふかれていかにも滝のように見えたと。
また、ながされたお米は「ゴー。ゴー 」と、大きくひびき、まるで、てっぽう水のようだったと。

話 横内友次郎 再話 吉田律子
「たずねあるいた民話 大沢野」
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム