水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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神通峡かいわいの昔ばなし  その80    柿の実なります、なります   富山市二松

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その80    柿の実なります、なります   富山市二松

むかし、お正月の頃にゃ、大雪になって、どの家もどの家も、すっぽりと雪の中に沈んでおったといね。
それでも、子どんたちは、みんな元気で、かんじきをはいて、雪をかきわけかきわけ、近くの山にかけのぼって、若木を折って、いっぱい束にして、藁でしばって担いできたもんだと。
その若木を焚きもんにして、小豆や餅米を長いことかかって、ぶつぶつと煮たもんだと。
どの家からもどの家からも、わら屋根のすきまから、白い煙が立ち上って、村の通りはこうばしいかざ(におい)で、いっぱいだったそうな。その頃山にはいっぱい珍しいかざのいい木があったと。
それから炊けた小豆ご飯をでかいと桶に詰めて、あんちゃんがそれを持って、その後から弟や妹が、ぞろぞろくっついて、うちのかいにゅうにある大きな柿の木の前に並んだと。
そしてあんちゃんが大きな声で叫んだがやと。
「おい、柿の木よ、実がなるかならんか、返事しろ。返事せにゃ、ぶっ切るぞ、ぶっ切るぞ」
そしたら、後ろにおった弟や妹たちは、いっせいに声をそろえて、
「はい、なります、なります」と、大声でまじめに答えたと。
あんちゃんは「よおしー」といって、腰にあった鉈で、柿の木の皮をはぐって、小豆ご飯をべったりくっつけてあげたがやと。
それから、どの柿の木にも、どの柿の木にも、小豆ご飯をどっさりあげたと。
それで、昔は、あまい、あまい、柿の実がどっさりなったと。
これでおしまい。
話者 西野久一
「船峅のむかしがたり」
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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